第2話 天使と悪魔の幼馴染

 怒りと悲しみに包まれていると、スマホが鳴った。ポケットから取り出し画面を覗くと、相手は『綾乃』だった。



 綾乃:今日は友達の女子と帰るね~



 ……友達の女子?

 違うだろ。男だろうがっ!



 そうか。思えば今までのメッセージも男と遊ぶ口実だったわけか。



「藍、俺はもう帰る……。今日はもう生きる気力すら湧かないんだ」

「ちょ……赤くん、顔色悪いよ? 家まで送るよ」

「ありがとう。頼りになるのは藍だけだよ」

「ううん、いいの。困ったらなんでも言ってね」


 柔らかい笑みを向けてくれる藍。天使に見えて、俺は涙腺が崩壊しそうになった。けど、壊れそうな感情をグッと抑えた。ダサイところを見せるわけにはいかない。


 駅の方へ向かい、自宅を目指す。


 あと少しで家だ。


 無心になって歩いていると、駅から少し外れたところに綾乃らしき女子を見かけた。……い、今のまさか!


 間違いない。あの隣の男は平野だ。


 手を繋いでどこへ行くつもりだ。


 俺は気になって後をつけることにした。



「……」

「ねえ、どうしたの、赤くん」

「綾乃だ」

「え、綾乃ちゃんがいたの?」

「ああ……。綾乃と平野だ。二人とも裏路地へ行ったな」

「マジで?」

「間違いない。尾行するぞ」

「ちょ、赤くん!」


 バレないよう俺は気配を消して、綾乃と平野の後をついていく。

 少しすると二人はネカフェに入っていった。……ネカフェ?

 ここは俺も利用するお店だ。


 綾乃も平野もネカフェを利用して同じ部屋を取ったようだ。


「藍、このままいくぞ」

「ほ、本当に? 綾乃ちゃんに気づかれちゃうかもよ」

「その時はその時だ。二人がなにをするのか確認したい」

「遊ぶだけじゃない?」

「さあ、どうだろう」


 見つからないよう、ついていくと二人は個室に入った。その隣の部屋に俺と藍も。


 五分、十分と経過するも動きはない。


 壁に耳を当ててみると……。



『…………そこ、いい』

『綾乃は感じやすいんだな』

『もっとして……』



 やっぱりそういうことか。綾乃は平野を連れて、こんな場所で行為を!


 学校だけでは飽き足らず、ネカフェでも……。



「え……これ、綾乃ちゃんの声……だよね」



 小声で確認する藍。

 俺はうなずいた。全て事実だからだ。



「俺の言った通りだったろ」

「うん……こんなことになっていたなんて……」

「これが綾乃の正体だ。俺はもう何を言われても信じられないよ」

「酷いね……。赤くん、昔から綾乃ちゃんが好きだったのに」


 その通りだ。すこし前までは俺の気持ちはハッキリと決まっていた。だから、近々綾乃にはきちんと告白しようとさえ思っていた。

 でも、もう手遅れだった。なにもかもが遅かったんだ。


「……帰ろう」


 もう俺の心は完全に折れた。

 綾乃のことを忘れたい。けど、隣の席だ。毎日会う。どうしたらいい……。どうすればいい……。



「ま、待って。赤くん」

「……藍」

「これはいくらなんでも酷過ぎるよ。あたし、綾乃ちゃんが許せないよ!」

「けど、どうすることもできないよ」

「ううん、そんなことはない。赤くん、見ていて……あたしが綾乃ちゃんに問い詰めてあげるから!」


 怒りのまま部屋を飛び出す藍。隣の部屋へノックもせずに乗り込んでいた。……ちょ、ウソだろ!


 むろん、綾乃と平野の着衣は乱れていた。


 俺と藍に気づく綾乃は、顔を真っ赤にして平野から離れていた。また、平野もビックリして呆然となっていた。



「せ、赤くん……どうして!」

「それはこっちのセリフだ、綾乃。これはどういうことだ」

「べ、別に……ただ、ちょっと暑くて」


 苦しい言い訳をしてくる綾乃。そこまでして誤魔化したいのかよ! もうウンザリだ!


「おい、綾乃。お前は平野とヤっていたんだろ! 正直に言え!!」

「ち、違……」

「違わないだろう! お前は俺の気持ちを裏切って……平野と肉体関係をもっていたんだな!」

「そうじゃなくて、これは……たまたまで……」

「嘘をつくな、綾乃! 俺は見ていたんだぞ! 教室でも平野とシていたのをな!」


 ついに言葉に詰まる綾乃。これはもう認めたようなものだ。

 直後、藍が綾乃の頬をビンタしていた。


「綾乃ちゃん、最低だよ」

「…………っ」

「赤くんはね、綾乃ちゃんが大好きだったんだよ」


「……藍、わたし……赤くんの気持ちには気づいていた。でもね、でも……一番ではなかった。ていうか、一番なんてまだいない。二番、三番って彼氏の候補を作っている段階だった。赤くんは幼馴染で関係も深いよ。だから前は特別枠で二番目だった。今は四番目。それだけのことだよ。普通じゃない!?」


 そうか、綾乃の中で俺はその程度だったってことか。気づけなかった俺も悪かったさ。でも、それでもこれは、あまりに酷い仕打ちだ。

 結婚しようねとか好きとか……あの数々の言葉は、なんだったんだ。


「分かったよ、綾乃」

「じゃあ、今まで通りだよね?」

「なわけねぇだろ! いい加減にしろ! 綾乃……悪いが、このことはお前の両親に伝えさせてもらう」

「ちょ、赤くん……そんな酷いよ!」

「どっちが! もういい。藍、行くぞ」


 俺は背を向け、藍の手を引っ張って通路を歩いていく。


「い、いいの……綾乃ちゃん」

「未練がないと言えばウソになる。ずっと好きだったからな。けど、これでスッキリした……」


 ここまでされたからには、俺も反撃しないと気が済まない。せめて綾乃の親に報告してやる。

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