エージェント・キース
てふのフェイリン
1「石油ワームを追え!」 Part1
暗い廊下で9mmパラベラム弾のフラッシュがパッパッと数度またたいた。
冷たい閃光が三度廊下を照らすたび、アサルトライフルを携えた男が一人ずつ血を流して倒れてゆく。
男たちは物陰から弾倉が煮え上がるまで刺客に弾幕を浴びせ続ける。だが黒い影を纏った刺客は朱色の射線をものともせず、狭い廊下で身を翻しながら男たちの前に躍り出た。
BLAM! BLAM! BLAM! BLAM! BLAM! BLAM!
彼が握るグロック17から放たれたパラベラム弾が、氷柱のように3発ずつ男たちに突き刺さった。
舞い上がる埃と沈黙。硝煙の血の臭いが辺りを満たしていた。
埃の中から現れたのは、マットブラックの人工筋肉アシストスーツに身をやつした男。刀のような眼光とアジア系の漆黒の髪を備えていた。
「オールクリアだ、ジェニファー。これよりミハイル博士の救出に向かう」
「了解よ、キース」ジェニファーと呼ばれた女は無線越しに応答した。「それにしても激しい抵抗だったわね」
「想定の範囲内だ。問題ない」
「世紀の発明家だものね、相手が必死なのも分かるわ。博士に取り付けられた発信機の信号はその先の地下倉庫から反応があるわ」
キースは腕に取り付けている腕時計型デバイスのモニターで博士の位置を確認した。
ここはオーストラリアの荒野に佇む製薬会社の廃工場。ミハイル博士はここに囚われている。
ミハイル博士はドイツの遺伝子工学の第一人者である。彼は遺伝子組み換えカイコの研究で知れ渡っていた。
三か月前、ミハイル博士は石油と同じ成分を生成するカイコを発明した。家畜化が容易なカイコから石油が生まれる――それはまさに夢のエネルギー革命であった。
このような発明を狙う組織がいるのは想定済みだった。それを予期して彼が属するヨーロッパ共同研究会の科学者たちにはナノマシン発信機が埋め込まれていた。ジェニファーほどのハッカーならば博士を見つけ出すことなど朝飯前である。
キースは地下倉庫の冷え切った鉄扉を開けた。銃身を胸の前に添え、恐る恐るレーダーの位置へと一歩ずつ踏みしめてゆく。
全方位オールクリア。先ほどと違って敵の陰が一人も見当たらない。このままスムーズに事が運ぶことに越したことはない。あとは祖国でザワークラウトを食べさせてやるだけだ。
そして倉庫の奥で縄に縛られた老人の姿を見つけた。彼がミハイル博士だ。爆弾の類が取り付けられていないことを確認し、キースは博士の縄を解く。
「大丈夫か、博士」
キースが博士に手を差し伸べると、その手がするりと肩から外れた!握っていた手は無機質なセルロイドのものだった。
その時、正面の壁にプロジェクターの光が映し出された。
『ご苦労であった、エージェント・キース君』
「ム……」
そこに映っていたのは本物のミハイル博士だった。
『私を助けようとはるばる遠くから感謝するよ。だが勘違いしないでほしい』
「どういうことだ」キースはプロジェクターの画面に向かって言い放った。
『保護してもらったのだよ。私を正当に評価してくれる者からな』
「あんたを評価する人間なら石を投げても当たるはずだ」
それを聞いたミハイル博士は呆れたような笑みを浮かべた。
『おめでたい男だ。君ならもう少し頭が回ると思ったんだがね、エージェント・キース君』
「……」
『政治屋の連中が私の研究を疎んだのだ。エネルギー外交のバランスだとか、電力会社の利権だとか理由を付けてな。だが『彼ら』は違った。彼らは私の功績を純粋に買って出てくれたのだ。研究者として冥利に尽きることではないか』
キースは黙って彼の話を聞いていた。
『だから君のような追手は消しておく必要があるのだ。そこに私の研究の副産物を仕込んでおいた。冥土の土産にとくと楽しむがよい。アッハハハハハ……!』
干からびた髑髏のような笑い声が地下倉庫に木霊する。そして倉庫は一瞬で眩い光に包まれた。
KABOOOOOOM!!!
地割れの中心にいるような衝撃と共に倉庫が天井から崩れ始める。巨大な瓦礫がキースの頭上に差し迫っていた。崩れゆく棺桶に逃げ場などない。だが――
「トォォォーッ!」
鷹のように突き抜けるシャウトと共に、脚の人工筋肉がバネとなって跳び上がった。右へ左へ、稲妻のような軌跡で瓦礫を蹴って駆け上がってゆく。
そして崩壊する天井から覗く眩い日差しを突き抜け、身を翻して褐色の大地に降り立った。
KRATTOOOOOM!!!
彼の背後で廃工場が沈むように崩落した。
褐色の荒野の地平線から乾いた風が吹いてくる。キースは耳に仕込んだ無線に手を添え、ジェニファーに通信した。
「さっきの映像の発信源を特定してくれ」
「今してる最中よ――見つけた。ハイウェイを北上しているトラックと護衛車両の一団からよ」
「奴は俺たちの敵だ。みすみす見逃すわけにはいかん」
「分かってるわ。博士の確保を急いで」
陽炎でゆらめくハイウェイの向こうから一台の無人バイクが近づいてくる。そのバイクの名はファルコン200S。特殊任務用に製造されたAI搭載の超高速バイクだ。
バイクがピタリとキースの傍で止まる。スポーティな黒色のフォルムがターコイズ色の青空の下、艶やかに輝いていた。
キースはバイクに跨り、スロットルを全開に開ける。後輪が猛烈に白煙を上げながらアスファルトを切り刻む。猛烈なGを伴って僅か数秒で時速320キロに到達する。
エージェント・キース てふのフェイリン @tefmerin
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