Case:7 青村 豪

「今回の怪談、人形だったのだが、引き取ってもらえないか?」

およびさんは誰かと電話で話していた。

「そうか。そのあたりだと、××町が近いか?……わかった。四日後に落ち合おう」

そう言って、及さんは通話を終わらせた。

「電話の相手って誰ですか?」

導子どうこだ。詳しい話は本人から訊いてくれ」

導子さんと人形と何か関係があるのだろうか…。


   ◐


「これは、旧Ⅰトンネルの話なんだけど」

画面に映る、正二十面体みたいなアバターが口を開く。HNハンドルネームは"Pil!caピリカ"だ。

「本当にやばいらしくて、トンネル内で幽霊を見たと言っている人が、何人もいるんだって。とある配信者が心霊配信をしたとき、動画に何か白いものが映り込んだこともあるらしいの。」

「知ってる知ってる。××峠の廃トンネルでしょ?」

「そうそう。そして、本当に怖いのはここから」

そう言って、Pil!caは一旦言葉を切った。

「条件はわからないけど、トンネルを通り抜けると、地図に存在しない村に出ることがあるらしい。入ったら最後、村人に殺される。面白半分で入ったカップルが惨殺されたとか。ここで可怪おかしいのは、なぜ殺された話が伝わっているのか」

Pil!caの言葉に、中華なアバターの"R@pthoラプトー"が「どういうこと?」と応える。

「考えてみて。カップルは殺された、つまり話せないのに、死んだとしっている人はいるのか。外から来た人は殺される。だから、これを語ったのは、村人、ということになるよね。躊躇なく殺人を行うような人が、村の外にいる——これが、一番の恐怖なのかもね。…次、I-leenアイリーンちゃんね」

Pil!caに言われ、私、I-leenこと愛理は話し始める。


「これは、私の近所の話なんだけど」

愛理が話し始めると、I-leenのアバター、歯車の嵌った白い球体が連動して動いた。

「うちの近所に、ちょっと変な人が住んでたの。仮に、Aさんって呼ぶけど。Aさんは、よく人形を作っていた。フランス人形とかみたいに凝ったやつじゃなくて、漫画家さんがポージングに使うやつみたいに、簡略化された白いもの。それで、そのAさんが、ある日ふらっといなくなって、一週間くらいで戻ってきたんだけど」

一瞬だけ間を空ける。

「家に入ってからしばらくして、Aさんが、叫びながら家から飛び出たの。その時、彼はこう言っていた。『二体様だ』って。Aさんは精神科で今も入院してるらしいよ」


「さて、夜も深まり、これでお開きとなります。来月も開催しますので、参加する方は事前に報告してください。それでは良い夜を」

幹事であるPil!caの言葉を最後に、繋がりは断たれた。



「ふう」

愛理はヘッドホンを外し、息を吐いた。

椅子の背もたれに体重をかけ、脱力する。

ふと、窓の外を見ると、隣の洋館が目に入った。

かなり古びていて、壁はツタがびっしりと覆い、もはや廃墟のようにも見える。

しかし、この家はつい最近まで人が住んでいた。

Aさんこと名も知らぬ隣人は、奇人と噂されていた。

実際、行動のほとんどは理解できない。

奇行を繰り返した挙句、精神科に入院したものだから、そうとう末期なんだろう。

愛理は隣人の奇行と、表札にある「青村」の2字の他、詳しいことは知らない。

ただ、自分の家の庭でせっせと人形作りに励んでいたのを窓から見ていただけだ。

愛理が参加しているネットクラブ——『電脳百物語』では、ポーズをとる人形と言ったが、実際はポーズなんてとれそうもない。

むしろ、他者の意のままに操られる、マリオネットに近い。

関節の滑りが良すぎるほど良く、部屋の窓からでも、重力に従って手足が揺れていたのがわかった。

あれでは、ポーズを固めるなんて到底無理だ。すぐに崩れる。

青村は、用途もわからないその人形を、何十体も作っていた。

彼が座って作業していた椅子の近くに、白い人形が山を作っていたのを覚えている。

他のことに目もくれず黙々と人形を作っている様は、どこかぞっとするものがあった。

彼が精神科病院に入院したと聞いたときは、やっぱりと納得したものだった。

「二体様だ、二体様ができた」

そう叫びながら街中を走り回ったらしい。

すぐに警察に捕まり、精神に異常をきたしていると判明したとの噂だ。

愛理としては、気味の悪い隣人がいなくなり、清々している。

自分でも酷いと思わないでもないが、話たこともない、ましてや頭のおかしい隣人への感情なんて、そんなものだろう。

しかし、家自体も薄気味悪い。

一定の距離を保ち、街灯が立ち並んでいるのにかかわらず、まるで光を拒んでいるかのように闇に沈んでいる。

どこか沈んだ気分になり、カーテンを閉めた。


   ◑


「もう夜ですね」

「草木も眠る丑三つ時……ってところか」

ところどころに設置された電灯が、白い光をアスファルトに落としている。

このあたりは、廃墟に近いほど古い家や、新築同然に新しい家が混在している。

古くても状態の良い家もちらほら見えるが、空き家のほうがずっと多い。

及さんが言うには、この町にある洋館の一つに、導子さんの同類(?)が住んでいたらしい。

もっとも、最近捕まったらしいが。

法律的にアウトなんだ……。及さんも最近器物損壊してたよね、捕まらないよね?

ともかく、今現在持ち主不在なその家で待ち合わせをしているらしい。

というわけで、僕たちはその家に向かっているのだ。

「っと、ここか」

及さんが足を止めた。

それは、大きな洋館だった。

かなり古く、状態はあまり良くない。

壁面の塗装は一部剥げていて、木の地肌が見えていた。

しかし、窓はきちんと嵌っているし、大きく崩れたところがあるわけでもない。

まだ廃墟と化してはいないと言えるだろう。

と、及さんが何の躊躇も持たずに門から入った。

これ不法侵入じゃないかな?

いや、今に始まったことじゃないか。

荒れて雑草さえまばらにしか生えていない庭を突っ切り、ポーチまでたどり着いた。

玄関のドアを、ぎいいと軋ませながら、及さんは家の中に這入った。

洋館だし、同線じゃなかったらしいところは埃が目立つので、靴は脱がない。

「いるか、導子」

及さんが声をかけるも、返事はない。

と、かたん、とどこかで音がした。

「二階だな。……見てくるが、お前はここで待ってろ。何かあったら呼べ」

それだけ言い残して、及さんは二階へと階段を登った。

及さんは、動くときにあまり音がしないので、板を踏んだ時の鈍い音だけが響く。

登り切ったのか、やがてそれも聞こえなくなった。

音のしない空間に居心地の悪さを感じ、姿勢を変えると、床板が軋んで音を立てた。

暗闇を透かし見ても、ほとんど何も見えない。

天井が、ぎいと軋み、キリキリと音がした。

と、次の瞬間、ガン、と、大きな音が——まるで、硬いものを殴りつけたような音が響いた。

「逃げろッ!」

ただ一言。それだけで、一瞬の硬直を解いた。

洋館の扉を押し開け、外にでて、振り返る。

踊り場を飛び降りた及さんと目が合い、そして——突き飛ばされた。

硬い地面で腰を打って、衝撃が走った。

わけもわからないけど、とりあえず抗議しようとして。

そこには、白く大きながあった。

簡易化された人形のようなもの。

それが、及さんにのしかかって、両手を封じている。

もがいた足が何回も当たっているけれど、決定打にはなっていない。

一旦動きを止めた。

人形が好機とばかりに力を強めたように見えた。

と、前のほうに重心が傾き、腹部の下に開いた空間に足を差し込み、勢いよく蹴り上げた。

重心がずれていたからか、それとも単純に力が強かったのか、人形は大きさの割に簡単に跳ね上げられた。

さっと体を反転させて、立ち上がった。

跳ね上げられた人形は、地面に落ちた後、一瞬フリーズして、また動き始めた。

なんかあれだな、とりあえず体を起こそうとしてブリッジしてて、エクソシストのやつみたい。

「逃げろ、薬間。私が足止めする」

「でも、及さ」

「いられると邪魔だ」

そう言われれば、残れはしない。

敷地から出て、町の外へ向かって走り出した。


   ⦿


「さて、と」

あそこまで言えば退避してくれるだろうと思った。

運よく図に当たったからよかった。

及には、人の心の機微がよくわからないから、多少失敗することはよくある。

目の前の人形に視線を向ける。

さっき、思い切り飛ばしたはずなのに、もう動き始めた。

さすがは人形、というべきか。

人間と違い、痛みや衝撃は動きを止める理由にはならない。

おまけに、押さえつけられていた手首の具合が何かおかしい。

骨でも歪んだかもしれないなと考え——自分の考えに苦笑する。

なんにせよ、十中八九損傷している。

もっとも、それが動きを止める理由にならないのは、こちらも同じだ。

心持ち動きの鈍くなった人形へ駆け出し、胴体に拳をたたき込んだ。


   ◐


とりあえず逃げてはみたものの、これ、あってるか……?

そもそもどこまでかわからないし、そもそも撃破が目的じゃなかったっけ。

なんとなく、何かが間違ってる気がして、そのまま歩きながら塀の角を曲がったとき。

あの人形がいた。

「ええ……」

なんでいるんだろ。

でも、さっきの人形とは別物のようだ。

頭の形が微妙に違う。

気付かれたら面倒なので、とっさに塀の陰に隠れた。

でもこれ、戻ったらもう一体いるし。

まだいるかもしれないし。

突っ切ったらいけるかな?

さっきのやつ、あんまり速くなかったし。

違う方向の道にいったら平気じゃないかな。

そっと陰から出て。


目が合った。

いや、まあもちろん目なんてないんだけど、感覚的なかんじ。

とりあえず、怖い人と目が合った時の対処法を実行してみる。

会釈して、なるべく音を立てずに退避……失敗!

全力ダッシュで逃げる。

っていうかこいつ、さっきのやつより足速い。

しまった、個体差も考えるべきだった。

というか人形なんだし感情とかないのにさっきの無駄行動なんだったんだ。

ぱっと曲がった先を走って——袋小路だった。

振り返ると、すぐ近くまで人形が迫っていた。

とっさに左手をかざして頭をかばった。

ギン、と硬質な音がして、少し押されたような感触があった。

見ると、細いチェーンが解け、宙に浮いていた。

あ、そっか。

導子さんになんか貰ってたじゃん。

人形が、何回も殴り掛かるが、何かに阻まれたように空中で止まる。

ただ、いかんせん強度がわからないので、空中で固まってる人形の脇をすり抜けた。

袋小路から抜け出し、また町の外に向かって走り始めたのはよかったが。

音からすると、めちゃめちゃ追っかけられてる。

面倒だな、ほんと。

外まで追いかけられたらどうなるかわかんないし、仮に追いつかれたとして、チェーンの耐久性が足りるかもわからない。

どーすっかなー。

ちょっと振り返ったら、なんと丁度腕を振りかぶったところだった。

ふと思いついて、ぱっとしゃがんでみた。

予想通り、人形はつんのめって転んだ。

そのまま地面に倒れたので、背中にあたるところを踏みつけた。

じたばたとしているが、案外力が弱い。

つまり、最初に出てきたのがパワー重視で、こいつがスピード重視ってことかな。

「三体目とかいたら面倒だな」

ふと呟いたら、なんとそれに答えが返ってきた。

「二体までしかいないわ」

振り向くと、金色に渦巻く髪を持つ、手袋をした女性がいた。

「導子さん……!?」

「ふふ、来てしまったの。駄目かしら?」

「いや、えっと、及さんに訊いてください」

導子さんについては、及さんが詳しいんだから、どうにかしてくれるだろう。

「それよりこれ、どうしましょう?」

これ、といいながら這いつくばっている人形を指した。

「無力化ならできるけれど、それでいいかしら?」

「お願いします」

その言葉を待ったあと、導子さんはパチンと指を鳴らした。

すると、あれだけ元気よく動いていた人形が、死んだように動かなくなった。

人形だから、生きるも死ぬもないんだけど。

「では、及ちゃんのところへ行きましょうか」

「そうですね」

及さんのことだから、やっつけてるかもな。


   ◑


最初の人形は及の前で倒れ、蠢いていた。

頭部を矢に貫かれて。

先刻、どこからともなく矢が飛んできて、人形に突き刺さった。

「一体、誰が……」

思い当たる人はいる。

しかし、あいつは——

「及ちゃん!」

「……導子!?」

及の目には、悪夢が走ってくるように見えた。

突き飛ばすわけにもいかず、結果、無抵抗に抱擁を受けてしまった。

ぎゅうぎゅうと締め付けられても、導子の腕力なら問題ないが。

なんというか……、自分にないものを痛感させられるので、止めてほしい。

身長の具合か、ちょうど頭の位置に……。

……いや、これ以上は言うまい。

「導子、こいつの無力化ってできるか?」

「勿論!」

導子は、指を鳴らした。

途端に人形は動かなくなる。

「あの、何で導子さんは人形の無力化とか、できるんですか?」

確か薬間は導子の正体を知らなかったのだったか。

「導子はな、人形遣いの魔女なんだよ」

聞くところによると、弟子を一人とり、その弟子に技術と魔法を継承するらしい。

第23代目くらいだったような覚えがある。

厳密には違うところもあるが、おおむねそのようなことという。

「はあ、魔女……」

そんなことよりも、と及は別のことが気になっていた。

「何かあっただろ、導子」

導子は、気付かれてしまったわ、と言った。

隠す気もなかったくせに。

「わたくし、今日から同行することになったの!」

満面の笑みで、導子はそう続けた。

同行……って、つまり。

「「はああああっ!??」」




◎××村の生存者について

 ■■ ■と名乗っている。

 ××村での事件または事故で、唯一の生存者である。

 何故生存したのかは不明。

 いわゆる虚弱体質で、あの状況下で生き残る確率は0に近い。

 DNA検査の結果、刺殺死体Fと血縁関係にあることが判明した。


 追記 ■■ ■は戸籍謄本に登録されていない。

    どころか、村の全員が登録されていないことが判明した。」

記録:■■ ■■

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