Case:6 仲村 冬波

「はぁ…。もう二度と行きたくない」

「まだ言ってるんですか?」

あれから2日ほど。転移陣で元の場所に戻ったはいいものの、怪異のいる場所までが遠かったのだ。しかも間に低いとはいえれっきとした山があった。しかも道中及さんの機嫌が良好とは言えない状態だった。最近発見したが、及さんにとって怪談消去はストレスの発散方法だったようだ。

「もう少しで怪異のある町だ」

下山中だったので、木々の隙間からその町が見えた。僕の住んでいた町も大きくはなかったが、さらに小さい。しかし、古くて大きな家々が目立つ。そして、周りを低い塀に囲まれていた。

「あの塀って…?」

「結界の一種だな。無理矢理壊せないこともない」

いや、壊すって…。駄目だろ。

「安心しろ、私がいれば並大抵の奴は追い払える。それに、この程度ならすぐに修復できるさ」

壊すことは確定なんだ…。

「そういえば、あの…」

「?なんだ?」

「…いえ、また後でも」

「そうか」

うぅん、言える雰囲気じゃないな…。破壊行為を楽しみにしてる人の前って。

「それより、あと1時間ほどで下山できるぞ」

「本当ですか!?」

細心の注意を払って降りるのは神経がすり減るのだ。

「あぁ、こら、そこは落ち葉が溜まって滑りやすくな……あ」

次の瞬間、ずるっと足が滑って、気がついたらかなり下まで落ちていた。

「訂正。10分」

上から振ってきた声のほうを見ると、及さんが木の枝から枝へと跳び移りながら降りてくるのが見えた。

その身体能力を少しでも分けてほしい…。


   ◐


仲村冬波なかむらふなみは家路を急いでいた。

たった今発見した事実を皆に伝えるために。

「お父さんお母さんお姉ちゃんおじいちゃんおばあちゃん、大変だよ!」

冬波は勢い良く玄関の戸を開けて、家中に響く声量の声で叫んだ。すると、仏間からおばあちゃんが顔を覗かせた。

「なんだい、冬波?大声出して」

「おばあちゃん、大変なんだよ!お守りの塀が壊されてる!」

「なんだって!」

おばあちゃんが台所のおじいちゃんに呼びかけるのを尻目に、冬波は2階へと駆け上った。

「冬波ぃ?なんかあったの?」

「お姉ちゃん、お守りの塀が壊されてる!」

「うそ、大変!」

聞こえていたらしいお母さんがお茶を置いててきぱきと指示を出す。

夏波かなみと冬波はご近所に知らせて。私はお寺に行ってくる」

冬波と夏波ことお姉ちゃんは、階段を駆け下りて、家の前で二手に分かれた。冬波は町の北側を、夏波は町の南側を。示し合わせなくてもわかるのだ。

「みんなみんなぁっ!大変てぇへん大変てぇへんだぁっ!お守りの!塀が!壊されてるってよぅっ!」

「瓦版かよ」

「はいご近所さんツッコミありがとう……じゃなくて!」

各家々からぞろぞろと住人が出てくるのに合わせて、冬波は塀の破損箇所、発見時刻等を説明した。

「わたし、他のみんなにも知らせなきゃいけないから!じゃあね!」

「気を付けなね」

冬波がたった今説明をした場所から先は、しばらく廃墟や草原が続く。更に、塀の破損箇所もこの先にあるのだ。

冬波は頷くと、少し先の家が密集した場所を目指して駆け出した。

走ってからしばらくして、荒れ果ててはいるがかなり立派な屋敷が姿を表した。

冬波は少し足を緩めた。

「……聞こえる」

先週くらいから、どういうわけか屋敷から声が聞こえるのだ。

よく聞き取れないが、段々と声が大きくなっているような気がする。

「今はそれどころじゃないか」

冬波は、また次の家々に向かおうと、道の先に目を向けた。

すると、先程はいなかった二人組が道の真ん中にいた。

「なあ、この辺りで、人の声がする空き家があったりしないか?」

「え?」

二人のうち、背の低いほうが言った言葉に、冬波は驚いた。

「そこ…だけど。なんで、人の声がするの…?」

「あぁ、えっと…。犯罪集団が空き家をアジトにする事例があってな…、その調査に」

「ってことは、塀もその人達が?」

すると、二人は揃って微妙な顔つきになり(声をつけるとするなら『あーー』)、

「かもしれないな…」

と答えた。

「君は危ないからあんまり近づかないように。普通に倒壊とかしても大変だし」

「うん」

冬波は今度こそ次の家々に行こうと、走り出した。



「行きましたね。…というか、今回の怪談って何なんですか?」

「話す人形だ。古い家に住んでいた家族が、家に人形を忘れて引っ越し、人形は家族を呼んで話すらしい。声がするだけだから、放っておいても問題はないが、いかんせん気味が悪いからな」

気味が悪いとか言っておきながら、嬉々としているんだけど…。

「まぁ、大多数の人には聞こえないが…、聞こえる人には段々と声が大きくなるように感じるらしい。あまりに大きくなると健康被害も心配だろう?」

いや…うん、言い訳にしか聞こえない。

それはそうと、と僕は古い家に向き直った。

もとは立派な家だったのだろうが、瓦は剥がれ落ち、地面で何枚も割れている。ガラスはほとんど残っておらず、かろうじて残った破片には、枝のような模様が入っている。壁材の木のいくつかは腐り落ちていた。庭には背の高い雑草が蔓延っていた。荒廃した家の門の奥に、『私有地につき立入禁止』という看板が色褪せていた。

「そんな話はさておき、入るぞ」

「反論の余地のない不法侵入…。」

聞こえたか聞こえてないかはわからないけど、及さんは雑草を搔き分け中に入って行った。

玄関は鍵が閉まっていたらしく、割れた窓のうちの一つから侵入した(そのまま玄関を壊すんじゃないかと思った)。

あとを追って入ると、中は和室のようだった。湿気を吸い込んだ畳がぶよぶよになって、靴裏に嫌な感触を残した。

「聞こえるか?」

及さんに言われて耳をそばだてると、ぼそぼそと誰かの声が聞こえる。…ような気がする。

「なんか、うっすらと聞こえなくもないです」

「どんな声かわかるか?」

「なんか…、高い声です。女の子とか、幼い男の子みたいな」

「上出来だ」

一体、何の確認なんだ?

及さんは、日本家屋特有の急な階段を登って、階段近くの部屋に入った。後に続くと、木の板がぎしみしと軋んだ。

部屋の中には、古くて傷んだ箪笥が、角に逃げるように置いてあり、その上に日本人形が無造作に置かれていた。

声は、その人形から聞こえていた。

「……でね、……し………おい……た」

声は小さくて、何を言っているのかわからなかったけど、及さんにはわかったようだ。

「そうか。それなら、私の友人に、人形師がいるのだが、彼女のところにいかないか?」

及さんに人形は答えたようだが、僕にはよく聞こえなかった。

それから、及さんは懐に人形をしまって、部屋を出た。


「今回の怪談、あれは囮が仕掛けたものじゃない」

村を出て、結界をかけ直して、次の町に行く道中、及さんが言った。

「えっ?じゃあ、囮はこの街には来てないんですか?」

「いや、来たはずだ…。何か別の目的があったのか、それとも人形こいつが原因かはわからないが、来たのは間違いない」

一体、なんのために来たのか。そして怪談を仕掛けたのは誰なのか。

及さんは苦々しい表情をしていた。


   ⦿


及たちが去った数日後。

「久しぶり、冬波」

「久しぶりです。お仲間は見つかったですか?」

「見つかりましたか、だね。…別に、敬語じゃなくてもいいのに」

「いやいや、囮さんはわたしの倍くらい生きてますもん!」

そこまで言われると困るよ、と囮は微苦笑をする。

「はい、これがその人の連絡先。近々ここに観光客として来る予定だって」

「うーん、最初にわたしが人間じゃないって知った時は、それなりに焦ったけど、どうにかなるもんですね。こうしてお仲間も見付かりましたし」

「そうだね。君達、八重呼子鳥は本当に不思議だ。俺は人間と大差ないなら同等に扱ってもいいと思うけど、そうじゃない人々もいる。バレないように気を付けなね。…ところで、最近、どうかな」

「特に何も…。あ、そーいえば、囮さんが絶対中に入るなって言ってたお屋敷、あれについて訊いてきた人がいましたよ」

「その人の風貌は?」

「うーん、男の人の二人組で、かたっぽが和服で、見た目はどっちも中学生くらい、ですかね。もうかたっぽは、右側の前髪だけ長くて、右目が青かったです。あ、背丈は和服のほうが囮さんと同じくらいですよ」

「それだとよくわかんないな…。口調などに特徴はあった?」

「和服のほう、一人称が、私、でどことなく女の子っぽかったです。でも口調は乱暴。片目のほうが、一人称僕で和服のほうが立場が上っぽく感じました」

「君の眼で、何か視えたりしたかな」

「あ」

冬波は呆然とした。

「ごめんなさい、忘れてました」

「あぁ、いや、謝ることじゃない。隠れるためには乱用しないのが一番だからね。悪いのは、そんな簡単なことにも気付かなかった俺だよ」

「囮さんは優しいですね」

囮は一瞬、冬波が何を言っているのかがわからなかった。

「優しい、なんて初めて言われたよ。……でも、いい奴って言われたことは、一度だけあったな。」

「誰に、ですか?」

「俺の、姉。それなりに仲はよかったからね。姉というよりも、友人のような関係だったよ。いろいろあって疎遠になってしまったけれど」

冬波は怪訝に思った。囮の表情は兄妹を懐かしむそれではなく、なにか陰ったものが仄かに現れていた。

「それじゃ、もう行くよ。俺はしばらくここに来ないから。ばれないようにね」

「あっ、囮さ…」

次の瞬間、その存在が夢か幻だったかのように、囮の姿が掻き消えた。

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