Case:5 乍雲 榮史

乍雲さくもおじさん!?」

「やぁ、久しぶり、薬間くすま。ちょっと見ない間に随分と成長してるじゃないか。男子三日会わざれば刮目して見よ、とは本当だったね」

「3日どころじゃないしね」

「ちょっと待て」

急におよびさんが割り込む。

「……エイシと知り合いなのか?」

「…あれ?及に言ってなかったっけ。薬間は、私のいとこの息子だよ」

乍雲榮史さくもえいし。僕の母方の祖父の妹の息子。最後に会った時は、怪談師をやっていたはずだ。

そして何故かいつも仮面。

紙がひらひらしたのを頭で結んだだけ…って言ったらわかるだろうか。目元だけ隠れている。

…前、見えてるのだろうか。

「……それで、呼び出した要件は何なんだ?」

及さんが尋ねる。

「そうそう、うっかり忘れていたよ。」

乍雲おじさんがパン、と手を打ってへらっと笑う。いや、忘れちゃ駄目だと思う。

「及にはね、頼みたい仕事があるんだ。それにね…いや、これは後でもいいよ」

そう言いながら、乍雲おじさんは壁の本棚へ向かい、一枚の紙を取り出した。

「昔、たちの悪い妖怪変化に手を出してね。そいつが復讐に襲ってくるんだよ」

そう言って、手に持った紙をこちらに見せた。

そこには、目のある黒い水まんじゅうのようなものが描いてあった。

「これはまた、大物を…。海坊主か?」

「そうだね。その一種…、亜種とも言うかな。海坊主の中でも比較的弱い」

ならなんで返り討ちにしないのだろうか。

「ただね…。そいつはね、海だけではなく、陸にも上がってくるんだよ」

「…エイシ、それは多分海坊主じゃない」

乍雲おじさんは及さんの言葉に、からからと笑った。

「私もそう思ったんだけどね、それにしてはあまりに海坊主に似すぎているんだ。煙草も効くしね」

「天候もか?」

「そうだね」

「これを退治しろってことか?」

「察しがいいね。追い払うだけでいいんだけどね。及は向いてないだろ?」

「否定はしないが」

……駄目だ、二人の会話が全くわからない。えっと、つまり、海坊主もどきを追い払うってことか。

「要約すればそうだな」

「ちょっと打撃を与えればいいから」

それから部屋を出て階段を降りて、何故か水の張ってある桶と塩の瓶を抱えて、入ってきた玄関と逆の方向に歩きだした。

「どこに向かってるの?」

「裏口。中庭に出るんだよ。ここって、コの字型になってるから中庭があるんだ」

廊下の窓から、中庭と思しき空間が見えている。ちょうど1階分くらいくぼんでいて、コンクリで舗装されていて、まはらに木が生えている。

「半年も、何やってたんだ?」

「ちょっとカルト集団に拉致られててね。まぁ、あそこは例の海坊主のお陰で潰滅状態になったんだけどね」

一体何をやったんだろうか…。

「何やらかしたんだよ」

「…………いや、特に何も」

なんか心なしか沈黙があったような。

「そんなことより、あそこが裏口だよ」

廊下の果てには、入口と同じように、ただしそれよりも軽そうな木製のドアがあった。ドアから外に出て、すぐ近くにあったコンクリート製の階段からくぼみに降りる。窪みの真ん中辺りに、乍雲おじさんが桶を置いて、塩の瓶をひっくり返して塩を入れる。そして、どこからともなく小刀を取り出して、自分の指を傷つけて、血を塩水入りの桶の中に垂らした(⁉)。

「えっ!?ちょっと何やって」

「私は及よりもその手の力が無いからね、こうしないと呼べないんだ」

……最近、物騒な表現多くないか?わら人形に放火したり。というか。

「呼ぶ、ってやっぱり海坊主…?」

「来たよ」

乍雲おじさんが短く言うと、桶から距離を取った。そして、桶の中の塩水が一瞬だけ波打った。

次の瞬間、桶から黒い影のようなものが吹き出した。そんなふうに見えた。影は空に届くほど大きくなって、桶からどんどん水が溢れてきた。

「エイシ、あれはやはり海坊主じゃない」

及さんが呟いた。振り返ると、及さんは砲丸投げの砲丸くらいの大きさの鉄球を持っていた。

「どこに陸に出てくる海坊主がいるんだ」

及さんは鉄球を振りかぶると、海坊主に向かって投げた。

鉄球は海坊主にめり込み、海坊主は砂塵となって消えた。支えがなくなった鉄球は、地面へ真っ直ぐに落ちてきた。

及さんは、鉄球の下に行くと、懐から何か紙を取り出して広げた。あのままでは及さんに直撃する。

「危ないっ!」

「いや」

鉄球が紙に突っ込んだ。

「平気だよ」

そして、そのまま紙の中へと消えていった。


「さっきの、一体何なんですか!?」

書斎に戻った後、2人に問いかけた。

「薬間にはまだ話していなかったか」

及さんはそう言ってさっきの紙を取り出した。紙には、呪い破りの時に使った陣によく似た絵があった。

「この陣の先には亜空間があってな、任意の物を亜空間にしまえるようになっている。例えば」

及さんはどこからともなく小刀を取り出し、トン、と勢いをつけて陣へと投げ込んだ。すると、小刀が陣に。紙の表面が波打って、一瞬後には小刀が消えていた。

「こんなふうにな。いつもこれを懐に仕込んでいるんだ」

それで傘だの何だの、いろいろ出てきたのか。

「及の家系に受け継がれていた陣に、わたりの文様を組み合わせたものなんだよ。及の力と馴染みやすいようになっている」

なんか、理論とかが段々キャパシティを超えそうになってくるな…。

家系って。

渡の文様って。

「ああ、そういえば、一般陣の一覧があるんだけど、見る?」

「結構です!」

……見たら最後、呪われそうで嫌だ。

乍雲おじさんは「そうか」と呟いて、いつの間にか取り出していた分厚い本を本棚にしまった。

ページ数が異様に多いんだけど。一般って一体。

「というか……」

及さんが本棚に置かれている謎の小瓶に視線を向けながら切り出した。

「旅に戻ってもいいか?」

ちなみに、小瓶には卵の中のひよこみたいなのが入っていた。

趣味わるっ。

なんか変な糸みたいなの絡まってるし。

「駄目」

乍雲おじさんが即答する。

「いや、旅自体は再開してもいい。出資もね。けれど」

目元は見えないけど、こちらに視線を向けたような気がする。

「薬間の時みたいに、勝手な行動をされては困るからね。監視役をつけさせてもらう。——まあ、見つかれば、だけれど。多分、しばらくは二人だ」

乍雲おじさんは、及さんに視線を戻した(多分)。

「自分の研究室から出ていきたいと思う者は少ないからね。導子は喜び勇んでいくと思うけど、差支さしつかえがありそうだし」

ああ、うん、わかる気がする。

「身の安全のためにも、今日中にちたいのだが」

「はは、それもそうだ。戻っていいよ」

及さんは、その言葉を聞くと、すぐに部屋から出た。


   ◐


「今までの会話、聞いていたんだろう?」

「御名答、ですわ」

乍雲榮史ただ1人になったはずの書斎に、女性の声が響く。

「糸電話かい?」

「ええ。下の部屋をお借りしていますわ」

榮史は、すっ、と目を細めた。

「それだけじゃあないだろう?」

「ええ。ほんの少しの魔法を」

榮史の目が、紙越しに細い糸を捉える。

「先程の件、わたくしが行ってもよろしくて?」

「聞いていたはずだよ。君が行くと、及の仕事の障害になる」

「わたくしとて、抑えが無いわけではございませんわ。補助も可能です。……それに、『守り鎖』の動作確認も行いたいものですから」

榮史としては本当に抑えが効くのかは甚だ疑問だが、彼女が優秀であることも、また事実なのである。

「そうだね…。まあ、邪魔しないならいいよ」

「感謝致します」

細い糸が床下へとシュルシュルと吸い込まれていく。

「ああ、そうだ、動作確認って、何をする気…」

榮史が声をかけたときには、もう糸はどこにもなかった。

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