Case:2 菅村 廟裏

菅村すがむらびょうは親に愛されていない。当たり前だ。「廟」は、お墓のことで、誰が嬉しくて子供の名前にそんな字を使うのだ。「裏」もそうだ。なんとなく悪い意味のような気がする、か。」

およびは手帳の文字を読み上げた。及としては、この町にまだ怪談がいたことは驚きだった。普通、怪談がある方が珍しいというのに。及はコートのポケットから何か平べったく丸いものを取り出した。パコン、と音がしてそれの蓋が開く。中には方位磁針のようなものがあって、黒い糸のようなものが絡みついている。しかし、針は北ではなく、まっすぐ町の方を指している。及はそれを確認すると、蓋を閉じてまたポケットにしまった。


   ◐


僕の名前はみなもとくす。13歳。中2。父母と姉がいる。姉は現在行方不明中。僕は目下家出中である。

僕が家出したのは、主に姉のことが原因だ。一昨日、いつまで待っても帰らない姉のことを心配して、父や母に尋ねたら、あろうことか、僕に姉などいないと言うのだ。当然喧嘩になり、一日置いても態度を改めなかったため、家出してきた。しかし、時間が過ぎるにつれて、という考えが頭をもたげてきた。つまり、のかもしれない。まあ考えるだけ無駄なんだけど。僕が今いるのは、近所の児童公園の遊具の陰だ。カラスの声が響く公園を、夕日がオレンジ色に染め上げていた。風情だと思っていたら、近くを女子高生の集団がキャアキャアと騒がしく通り過ぎていった。慌てて見られないように遊具の陰に体を押し込む。全く、コンタクトレンズを忘れてきたのは致命的なミスだった。今の僕をクラスメイトに見られたら、多分厄介なことになる。高確率でなる。いや、絶対になる。女子高生達に絡みついた糸を横目で視ながら、一昨日からの癖を思わずしてしまう。しかし、思った成果は出ず、あまり気分は浮上しない。女子高生を視るのはやめて、郊外の方から来た僕と同じくらいの背丈の子供に目をつける。そいつは丈の短いコートを着ていて、その下には和服っぽいなにかを着ていた。男の子にしては長めの癖毛は暗い黒だ。じっと探るように、目を凝らす。

――ついに視えた! 探し求めていたもの。

遊具の陰から出て、そいつに声をかける。

「おい、あんた」

そいつは少し目を細めた。

「お前、源東のことを知っているのか?」

「ああ、そうだよ。源東は僕の姉さんだ。」

そいつは細めた目はそのままに、薄く笑った。

「ほう、お前、覚えているのか? 面白いな」

「姉さんはどこだ?」

「それは私も知らないよ」

この一言に、忍耐とか堪忍袋の緒とか何かがぷつっと切れたような気がした。

「ふざけるな、 あんたが姉さんをどうかしたんだろ!」

「いや、私は何もやってないぞ? 恐らく、人違いだ。」

「人違いだとしたら誰なんだよ?」

「知らないか? 囮というのだが。私みたいな風貌の奴だ」

そうそう、因みに私はおよびという。とそいつは付け足した。どうやら本当に人違いのようで、怒りで火照った体がすぐに冷える。

「それよりも、私は何故お前が東を覚えているのかを知りたいな。見たところその青目が原因のようだがな」

そいつ、いや、及はまた薄く笑った。


「僕の名前は源薬間で、僕の右目…、これ青いんですけど、生まれつきでこっち側の目で見ると、変な糸みたいなのが視えるんです。」

「ほう、それは因果の糸と言ってな、文字通り人の因果や繋がりがみえる。」

「因果の糸…そんな名前だったんですか。とにかく、こっち側を見られるのは好きじゃないので、普段はカラコンで隠してるんですけどね。」

「なんだ、お前、その目が嫌なのか?」

及は心底不思議そうに言った。

「そりゃあそうですよ。この目のせいで迫害されかけましたから。」

察しろよ。

「言っておくがな、私はお前の考えを読むくらい、造作もないのだぞ? 更に私は背丈はこうでも成人している。レディに対して失礼じゃあないか?」

「…女性だったんですか?」

「……まあ見た目は違うけど」

うわ、ちょっと拗ねてる。小5のときの姉さんみたいだ…。

「見た目ってどういう意味ですか?」

「囮と取り替えられていてね」

結局意味がわからなかったので、考えるのを放棄した。

「囮って、何なんですか?」

「本物の怪談を探し出して復活させるんだよ。私はそれを潰して回っている。そうだ、菅村廟裏という奴はいるか?」

菅村廟裏。僕のクラスメイト。それ以上でもそれ以下でもない。

「知ってますよ、クラスメイトです」

「ほう、直接関わるわけではないが苦手意識があるわけだな」

「…本当にただのクラスメイトなんですよ」

及さんはほんの少しだけ笑うと

「コイツで間違いないか?」

と写真を取り出した。

「はい。そいつが廟裏です」

「それで、アイツがそうか?」

「はい?」

及さんが指差した方向を見ると、廟裏が塀の上に座った女子と喋っているのが見えた。そして、女子と及さんが、太くてひたすらに黒い糸で繋がっているのが視えた。

「そうなんだな」

及さんはそれだけ言うと廟裏たちの方へダッと駆け出した。ワンテンポ遅れて僕も走る。

「及⁉」

及さんが伸ばした手を女子は避ける。

「失礼だなあ、俺は男だよ」

「??」

「…まあ中身はね」

女子(もとい、男子?)は肩をすくめる。

「説明できないならさっさと返せっ!」

そいつはまたもやひらりと躱すと

「ここは逃げるしかないな…」

と呟き脱兎の如く逃げていった。

及さんは盛大に舌打ちをして、廟裏に

「怪談の場所は聞いたか?」

と尋ねた。

「…学校って言ってました。魔の13階段だって」

「そうか。おい薬間、案内しろ」

唐突だ、本当に。

「こっちです」

「ああ、そうだ廟裏、この地方ではな、魔を退けるためにわざと子供に悪い意味の名前を付けることがある。魔に目を付けられないようにな。まあもっとも囮は関係無いがな、並大抵の奴には効く。その名前は誇っても良いものだ。行くぞ、薬間」

それだけ言い残すと及さんは僕の手を引き走っていった。まったく、人生で1番難しい道案内だったと思う。


「ここが魔の13階段ね…。それっぽいな」

「潰すって、どうやるんですか?」

及さんは今日イチの笑顔で「ブツブツブツブツ…」と何かを唱え始めた。全然聞き取れないけど。すると、空気に輪郭線のようなものがぼんやり出てきて、段々とはっきりとしてきて、色が濃くなった。

それは、異形としか言いようがないもの。

歪んだ球体にひん曲がった手足のようなもの。

体の半分ほどを大きな白い目が占めていて、対になっているもう片方の目は爪の先ほどの大きさしかない。そしてそれの全長は、僕の背丈くらいあった。及さんは更に笑みを深めて、

「出た」

とだけ言い、懐からけん玉みたいなものを取り出した。でも、持ち手に受け皿は無いし、玉は鉄球だし、紐じゃなくて鎖だから、どちらかというと持ち手付きのミニ鉄球って感じだ。及さんが持ち手を振るうと、それに合わせて鉄球部分が異形を打つ。数回打撃を続けると、明らかに何らかのダメージが異形に与えられたのがわかる。次に、及さんは懐から細い紙の紐のようなものを取り出した。

「祖はここにあるべき者に非ず! 我は静寂の使者、折塚及が命じる! 彼の者を捕らえよ!」

紐が縦にも横にも伸びて、異形をぎゅうぎゅうと縛りあげた。

「縛!」

更にきつく締めて、最後には異形は散り散りになって消え去った。

階段の細い窓からは今日の最後の陽が赤々と燃える様子がよく見えた。


「やあ、薬間。今回は助かった。というか、お前昨日野宿したのか?」

「…知ってますか、砂って意外と柔らかいんですけどね。寝袋もありますし。」

僕はまた及さんと公園で落ち合った。

「そんなどこでも寝られるお前に朗報だ。私と怪談潰しの旅に出ないか?」

………? ナンデスト?

「怪談潰しの旅にで」

「いや、ちゃんと聞いているので」

「私の手にかかれば、お前の存在を忘れ去らせるくらい簡単なんだよ。家出をするくらいだから、あの家にそんなに愛着はないんじゃないか? いや、東の件だから関係ないのか…?」

及さんは一人で悩み始めたけど、僕はもう見てしまったのだ。家をこっそり覗き込んだ時、僕はそのうち帰ってくるだろうと慢心していた二親を。確かにそのうち戻るつもりだったけど、何か癪に障るからしばらく帰らないことにした。

「行ってあげてもいいですよ」

「そうか」

「でも、ちゃんと帰ったら思い出すようにしてくださいよ」

及さんは幼い顔立ちに似合わず、ふわりと優しく微笑んだ。

「そのくらいならできるよ」

「じゃあ、よろしくお願いします」

朝の白い光が僕の影を長く長く伸ばしていた。

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