折塚及の怪談消去

櫻井桜子

折塚及の怪談消去

1 視る

私、みなもとあずまは優等生らしい。よくそう言われる。親にも、先生にも、友人にも。昔はそれを嬉しく思っていたけれど、私だって成長もすれば変化もする。近頃はそれを鬱陶うっとうしく思ってしまっている。

「そして、そんな自分に嫌気が差すってわけ?」

「え?」

私のすぐ後ろから声がした。驚いて振り向き、後退あとずさると、そこまで高くない塀の上にがいた。いや、よく見れば中学生くらいの子供なのだけれど、何故か咄嗟とっさに「それ」だと思った。その女の子は綺麗な顔に似合わない、子供っぽいニヤニヤ笑いをしていた。

「へえ、君はのことがある程度わかるみたいだね」

「……? どういうこと?」

「こっちの話だよ。ところで、そんな君にいい話があるんだよ」

彼女はぬばたまの髪にお揃いの、真っ黒な目をより一層細くした。

「俺はおとり。本当の怪談を復活させるのが俺の仕事さ。」


「本当にここで合ってるの?」

「まぁね。それとも囮クンの情報を疑うのかい?」

疑っているわけではないんだけれど。彼女が言うにはこの街には幽霊屋敷があるらしい。自信満々で言う姿がちょっと疑わしかったので、幽霊屋敷とやらに行ってみることにしたのだが。

「……囮くん、やけに新しいんだけど、この家」

そう、その家は新築同然に新しかったのである。

「まぁね。最近、街外れの本物の幽霊屋敷が取り壊されてね。そこにいたミニミニ幽霊がこの家に逃げ込んだんだよ。新しいのは3ヶ月前に建ったばかりだから。」

「幽霊って移動するんだ……」

でも、と言って囮ちゃん(くん?)はこう続けた。

「あいつらがここに移動できたのはね、ここに引っ越してきた奴らはもともと幽霊屋敷に住んでいたからさ。おまけに鬼門だから、関係のない幽霊もうじゃうじゃやってくるってわけ」

囮くんはまたニヤニヤと笑っている。でも、取り壊されるのを阻止できないほどの幽霊なら、そんなに害はなさそう。

「害はあるんだよね。」

「えっ? どうして?」

「この前祓い屋が来てね、建物に結界を張ったんだよ。そのせいで、鬼門は幽霊を招き、結界は決して幽霊を外に出さない。入りきれなくて、密度がとんでもないことになっているんだよ」

この家の奴らは来年まで生きていられるかな、と言って深い笑みを浮かべている。

「……囮くんはどうして私にこのことを話したの?」

「そんなの決まってるじゃないか。東は、現実から逃げたいって思ってただろ? 俺は少しばかり非日常を入れただけさ」

確かに、そうかもしれない。昔はよく弟が「変な人がいる」とか「おばけがいる」とかそんなことを言っていたけど、小学校に入った頃から、めっきり言わなくなって、物足りなかったのかもしれない。

「囮くん、私に幽霊をどうにかできるかな。」

「祓うつもりかい?」

「そうだよ」

知ってしまったのだから、見て見ぬふりはできない。

「ほとんどの幽霊は元からいた幽霊に同調している。元からいた幽霊の執着をここから取り除けばとりあえず大丈夫。ああ、それと、俺はここには入れないから、一人で頑張りな」

囮くん(ちゃん?)は何かを投げてよこした。

「その家の鍵だよ。おっと、入手手段は訊かないでくれよ」

鍵を穴に差し込み、捻る。カチャン、と音がして鍵の開く感触がある。鍵を抜き取り、ドアを引く。

開いた。

そっと中を見ると、は急に見えた。結構スプラッタな感じの蛙やうさぎが多い。ただ、一見普通にしか見えない動物の中で、一部の異様な見た目の生き物が目を引く。紫色の犬、明らかに四肢の多い狸のようなもの、角の生えたねずみ。見ているうちに、いわゆるアルビノが多いことに気づいた。

……なにか意味があるのだろうか。

そもそも、私にこんなものが見えるはずないのに。振り向くと、囮くんが鍵を指差して「それ」と言った。鍵に目を落とすと、うっすらと青く光っていた。これのおかげ、ってことかな。そして、手の中でちょっと引っ張られる感触がある。感触のまま家の奥へ進んでいくと、段々と変なものが増えていった。そして、突き当りには扉があり、扉を開けると地下へと続く階段があった。意を決して階段を降りると、4畳ほどの白い部屋に出た。中央には小さな台のようなものがあり、血がこびりついていた。そして、何か、赤黒い糸のようなものが絡まった何かがあった。幽霊のようなものをかき分けながらそれに近づくと、正体がわかった。

それは、小さな医療用のメスだった。

そっとそれを拾い上げると、糸が数体の幽霊にくっついていたようで、仕方がないので玄関まで引きずっていった。家から出ると、既に囮くんの姿はなかった。その足で私は近くのお寺に行ってメスのお焚き上げをしてもらった。


「やあ、東。調子はどうだい?」

「囮くん」

気がつけば、また囮くんが塀の上に座っていた。

「執着の元になってたのはメスだったよ。お寺でお焚き上げしてもらったの」

囮くんは少し考え込むような顔をしたあと、私にこう尋ねた。

「そのお寺って、もしかして、東総寺?」

「そうだけど、どうして?」

「知らないの?あそこの住職、やぶなんだよ。ほら、まだいる」

囮くんはまっすぐ私の真後ろを指差した。その瞬間私の体を刃物のようなものが貫いた、ような気がした。どくどくと血が流れる感触は確かにあるのに、道には水滴1つ落ちていない。混乱しているうちに、意識が遠のいていく。そんな中、私はこう思った。

一度でも、私は囮くんに名乗ったことがあったかしら、と。

霞む視界の中で、囮くんのニヤニヤ笑いだけが見えていた。


それ以来、この町の者で源東のことを覚える者はいなくなった。

――ただ一人を除いて。

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