しろがね

鈴音

白の世界で

しばらく前に、この世界は白に包まれた。


全世界で季節外れの雪が降った。アフリカの砂漠や、南国や、赤道近くの国で、雪が降って、世界は興奮と恐怖で大混乱になった。


しかし、そんなものも霞んでしまうほどに、そのあとの出来事は衝撃的だった。


その雪に触れた人間や、植物や、あらゆる動物が触れたそばから凍りついた。目に見える形で、ゆっくり音をたてながら凍る姿を、誰もがその目に焼き付けた。


原因も、理由も分からない。ただこの世界のほぼ全てが氷の雪の、銀世界になってしまったのだ。


その日を境に空は鈍い色の雲で覆われて、気温も徐々に下がっていった。


空から落ちた雪に触れさえしなければ体は凍らないらしく、なんとか生き延びたものもいたが、大体は気温の低下が原因で凍死したり、食べ物が無くなって餓死して、気づけば世界に音なんてものは無くなっていた。


そして、この街で唯一生き残った私も、雪の被害にあった。最初のあの日から数えて、雪は3回降った。私はその雪に気づかず、凍りつきそうになって、咄嗟に全身に熱湯を浴びる事で全身が凍るのを防いだが、顔は火傷で爛れて、雪に触れてしまった左腕は既に凍りつき、動かなくなっていた。


少しづつ、身体も重くなってきて、食べ物を探す元気も無くなった。もう、死ぬのかな。と、冷たい氷の上に横たわって、眠りを待っていた私は、暖かい何かの感触で目を覚ました。


重いまぶたを持ち上げると、そこには凍りかけている1匹の猫がいた。口には動物の死体と思われる肉の欠片があって、それを私の口にねじ込もうとしていた。


正直、そんなものは食べたくなかった。けど、この猫は私を助けようとしている。それなら。と、私は少し口を開けて、その肉を食べた。


臭くて、苦くて、血の味のする肉だったけど、何故かそれが美味しく感じた。


猫は満足そうに笑うと、その足を引きずってまたどこかへ歩いていった。まだまだ歩けそうになかったけれど、体を起こして、猫を待った。


しばらくしたら、猫はもっと大きな肉を持ってきてくれた。私はそれを食べて、猫を優しく抱きしめた。


猫の体はすっかり冷えきっていた。下半身はほぼ全て、上半身も、霜が降りてもうすぐ全身が凍りそうだったのに、この猫は私を助けてくれた。それが嬉しくて、抱きしめることをやめなかった。


そうして抱き合っていると、次第に眠たくなってきた。心地よい、まどろむような眠気。私たちはそれに抗わず、甘んじて眠ることにした。


…目が覚めて、目を刺す眩しさに驚いた。雲の隙間からから、日光が出ている。体を起こすと、猫と私はびしょ濡れだった。


私たちの体の氷は、すっかり溶けていた。火傷や、凍ってできた霜焼けみたいな傷は残っていたけれど、体がぽかぽかして、元気が出た。


猫はそんな私たちを見て、何度も何度も声をあげた。私をぺろぺろ舐めて、ぐいぐいと腕を引っ張った。


私たちは、この銀世界をあと何年生きられるのかわからない。けど、しばらくはこの猫に生き方を教わろう。そう思って、私は眩しく光る雪を蹴り上げた。

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しろがね 鈴音 @mesolem

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