Su凸ko D凹koi『店長、私バイト辞めます。』――3
目を開けた時、まず視界に入ったのは、シャンデリアだった。私はどこかに横たわっている。長原さんはいない。代わりに、シャワーの音が聞こえる。ぞっとして、すぐに意識が明瞭になった。慌てて起き上がろうとしたら、何倍にもなった重力に圧し潰され、ベッドに倒れ込んでしまった。胃液とお酒の混ざったものが喉元を焼いた。
――まずい。
お腹の辺りに違和感があると思ったら、ジーンズのボタンが外されていた。楽にしてくれたのだろうか。長原さんは、泥酔した私を介抱してくれたんだ。そうだ、きっと。
――じゃあ、なんでシャワーの音が聞こえるの?
歯ががちがちと震えた。起き上がらなくちゃ。スマホで、どこかに連絡をとらなくちゃ。ポケットをまさぐったけれど、スマホはない。ああ、こんな時に限って鞄の中だ。
鞄は、窓際のソファの上に置かれていた。ソファとローテーブルのセットはいかにも上品で高そうで、大きな窓の外には、ラウンジで見たものよりも立派な夜景が見えた。
身体を無理やり動かして、ベッドから起き上がろうとした時。
背後でドアが開く音がした。
見ると、バスローブ一枚の長原さんが、こちらを凝視していた。普段の温厚そうな表情など見る影もない。
「……すみません、私、帰ります」
「おいおい、ここまで来といてそれはないでしょ」
冷たい声に射抜かれて、身体が動かなくなった。そのまま長原さんはベッドに近づいてくる。やっとのことで後ずさったけれど、すぐに追いつかれてしまった。
ぎらついた目。表情はないのに、瞳孔が開いていて、息が荒かった。ものすごく怒っているみたいな顔だった。
「せっかく仕事斡旋してやるって言ってんだよ。枕仕事の一つや二つ、当然でしょ」
腕を掴まれる。「嫌っ」と上ずった声が出る。
「わがままだなあ。みんなこんくらいは当然やってるよ。それとも何、何の対価もなく甘い汁を吸えると思った? これだから子どもは」
わかってる。私の考えが、どれだけ甘かったか。
少しでも違和感をもった時点で、帰るべきだった。
私はどうしてこんなに馬鹿なんだろう。いつも流されてしまうのだろう。後悔と恐怖が身体中を駆け巡った。
呼吸がうまくできない。
「警察、呼びますよ」
「警察? いいよお、呼んでも。僕、警察に知り合いいっぱいいるし。果たして、男と二人で飲んだ女の子が『強引に襲われました』って言って、警察がまともにとりあってくれるかねえ」
余裕のある笑み。
夢中で腕を振り払い、ベッドから降りた。部屋の出口に向かって駆け出そうとした。首根っこを掴まれ、ベッドの上に乱暴に投げ出された。そのまま長原さんが私の上にのしかかってきた。右手の手首を抑えられて、腰の上に体重があって、身体は思うように動かない。
「やだ! やめて!」
めちゃくちゃに左手を振り回したら、長原さんの顎にあたった。
「痛えな、クソガキ!」
分厚い手が頬を叩いた。派手な音と衝撃で身体が固まった。大人の男の人に殴られたのなんて初めてだった。一度身体がすくんでしまうと、もう抵抗なんてできなかった。
「おとなしくしていれば、痛くはしないよ」
やっと、長原さんがいつもの柔和な笑みを浮かべた。だけどそれも、もう効力はない。あの態度は、私を騙すための仮面だったのだと、今更痛いほど理解していた。
私の両手首を片方の掌で抑え、長原さんがTシャツの下に手を入れる。虫が這いまわっているような嫌悪感が、ぞわぞわと這い上がる。
長原さんの太い指が、下着の中に入ってきた。気持ち悪い。嫌だ。吐きそうになるのを、拳を握って耐えた。爪が掌の中に食い込んだ。気を抜けば嗚咽や悲鳴が口から出てきそうで、私は唇をぎゅっと結んだ。
「やっとおとなしくなった」
Tシャツをめくられ、ブラジャーを外される。おなかから胸にかけてを、なめくじのような舌が這う。髭の残る顎の感触がちくちくと不快で、閉じた唇から呻き声が漏れる。それを快楽によるものだと勘違いした長原さんは、ますます勢いづいて私を貪った。
目を強く閉じて、じっとして、終わるのを待った。スキニージーンズが両膝を拘束しているのと、両手を押さえつけられているのとで、身動きがとれなかった。何も感じないように心を閉じた。乱暴にされることの痛みも、見て見ぬふりをした。そのうち、何も感じなくなった。私の意識は天井近くの高いところにあって、長原さんに何度も潰される私の貧相な身体を、呆然と見ていた。
私が、悪い。
私が、うかつだった。甘い餌につられて、人の善性を信じすぎた。
私が、馬鹿だった。
やっぱり、期待なんてしない方がよかったのに。
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