チャットモンチー『世界が終わる夜に』――5

 花岡が来なくなると、いよいよバイト先でしか人と話さなくなった。来週からは授業も始まるけれど、全てオンラインだ。教室や学食で誰かと駄弁ることもできない。大学に行かなくていいのは楽でいいけれど、やっぱりどこか味気ない。

 鬱屈を抱えていたのはみんな同じだったようで、有紗からバンドのLINEに「オンライン飲み会しよ」と誘いがあった。「賛成!」とすぐさまスタンプを送ったのはやっぱりのんちゃんで、私もそれに続いて「OK」のスタンプを送った。

 夜勤の帰りにお酒とおつまみを買って、家に帰ると死んだように眠って、気づくと飲み会の時間となった。最初はZOOMの接続が悪くてはらはらしたけど、久々に二人の顔を見ると、ほっとした。

 オンラインでの会話は、実際に会っての会話とちがって、タイミングが掴みづらい。時々声が重なったり、かと思えば沈黙まで重なったりしながら、いつもよりずっとぎこちなく会話は始まる。最初は「何飲んでるの?」という話題。有紗はサングリアで、のんちゃんは甘いチューハイ。私はなんとなくストゼロ。強いお酒が飲みたい気分だった。

「てか、本当久々だよね」

「いつ以来? ミーティングの時かな」

「最後に実際に会ったのは一月ライブかもね」

「じゃあもう三カ月以上か! 長いねえ」

 オンライン特有のラグにも慣れてきて、少しずつ、会話が弾み始める。自粛期間はステイホームで何をしてたかとか、今度給付されるという十万円は何に使うかとか。景気のいい話題は最初だけで、今年は就活が大変そうだとか、このままいつまで続くんだろうねとか、だんだんと暗い話題になってくる。

「そういえば、今日は花岡はいないの?」

 何気なく有紗に訊かれて、私は言葉に詰まった。

「うん」

「最近会ってる?」

「会ってない」

「まあ、こんな時だもんね」

 のんちゃんがそう言ってくれたから、「そうだね」とうまく乗っかろうとする。けど、私の態度の不自然さは、二人にすぐ気づかれたみたいだった。

「何かあった?」

 率直に有紗に訊かれて、どう説明しようか、と困った。

「別れたの?」

 とにかく単刀直入なところは、有紗の長所であり短所でもある。

「……いや、別れたわけじゃないけど。ちょっと休憩中」

 誤魔化すみたいに、お酒に口をつけた。どこか人工的なアルコールの味。

 促すような目で見つめられて、仕方なく、この間あったことを話した。話せば話すほど、自分だけが一方的に悪いような気がして、気持ちが塞いだ。それでも、誰かに話せたことで、どこか胸のつかえが取れた。

「そっかあ……まあ、色々あるよね」

 有紗が私を責める言葉を選ばなかったことに、露骨にほっとする自分がいた。それでも、カメラに映る自分の顔はあからさまに強張っていた。

「ふみは自立してるからねえ。花ちゃん、ちょっと依存気味なとこあったし」

「……わかる?」

「見てればわかるよー」

 私と花岡のことは、あまり周りに話したことなかったのに。のんちゃんはやっぱり、よく見てる。

「ライブの時とかも、花ちゃん、出演ない時はずっとふみの傍にいるんだもん。アツアツで妬けるなあ、なんて思ってたけどね。そっか、ふみにはちょっと重かったか」

「でもふみも、もうちょっと早く言ってあげればよかったかもね」

 言い方は優しいけれど、有紗の言葉はぐさっと刺さった。

「ふみは我慢しすぎなんだよ。なんでも内側にため込みすぎ」

「……そうかな」

「そうだよ。小出しにした方が健康的なのに、我慢して我慢して、結局どっかで爆発しちゃう。今回もそうでしょ?」

 その通りで、ぐうの音も出ない。

「ていうか、今までが何もなさすぎたんだよ、二人はさ。円満なのはいいことだけど、どっかでおっきい壁が来た時に乗り越えられるかな、ってちょっと不安だったんだよね。本来は喧嘩なんて当たり前にあるものだし。今回のことは、お互いを見つめなおすいい機会かもね」

 さすが百戦錬磨の有紗さんである。「うっす」と頷いて、柿の種をぼりぼり噛み砕く。この音はマイク越しに聞こえていないだろうか、と少し不安になりながら。

「わたし的には、また二人に仲よくなってほしいけどなー。花ふみ、推しカプだったから」

「わかる。いいよね。推せる」

「なにそれ」

 思わず噴き出したら、「あっ、やっと笑ったー」とのんちゃんが破顔した。私の表情はよっぽど硬かったらしい。

「まあ、外野の意見は置いといて。二人のことは、二人が決めることだから。どんな結果になっても、あたしはふみを応援するよ」

「有紗ぁー……」

 なんてありがたい友達を持ったんだ。感動する私に、「わたしも!」とのんちゃんが畳みかける。

「わあんみんな大好き」

「よしよし、苦しゅうない。お姉さんの胸でお泣き」

「あっずるいー! ふみ、わたしのとこにもおいで!」

「いくう」

 二人があまりにもあったかすぎて。泣きまねのはずだったのに、ちょっと本気で泣きそうになった。


 花岡と会ったのは、あれから一度だけ。花岡が、私のアコギを返しに来た時だけだった。その時もほとんど会話がなく、すぐに花岡は帰った。帰り際に一度だけ振り返った花岡と目が合って、なんとなく気まずかった。

 たまにLINEだけは来た。「元気?」とか、「最近どうしてる?」とか。砂漠でオアシスを見つけたような気持ちになる時もあれば、煩わしく思うこともあった。一度「好きだよ」と送られてきた時は、どう返せばいいのかわからなかった。「私も」も「ありがとう」もなんだか違う気がして、かといってスタンプでは素っ気ないし。結局、迷ったまま一日以上未読のまま放置してしまった。そうしたら、有紗から「ふみは生きてるかって花岡からLINEあったけどどうしたの?」と電話が来た。「なんでもないよ、ちょっと返事してなかっただけ」と言ったら、「あー……」となんとも言えない声を出された。



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