Hump Back『僕らは今日も車の中』――2

 ミニライブ本番は、今までで一番緊張した。

 いつもは身内だけのライブだけど、今回は新入生がいる。知らない顔が前にずらりと並び、みんながこちらを注視している。

 スリーピースはステージの空間を広く使える分、観客の顔がよく見えた。同期や先輩は後ろでノッてくれているけれど、新入生たちは身動きせず、じっとこちらを見ている。ノリ方を知らないだけだとわかっても、品定めをされている気分だった。

 責任重大だ。このライブで、入会するかそうでないかを決める子もいるかもしれない。

 自分でもわかるくらいアガっていて、自覚すると余計に緊張が離れなくなった。有紗の滑らかなMCの途中、彼女が水を飲む間だけMCを振られたが、ろくにしゃべれなかった。最後の曲なんか散々で、指が絡まって仕方なかった。練習のほうがずっと上手く弾けた。申し訳なくて泣きそうだった。

 それでも、終わった後には大きな拍手に包まれた。嬉しさより先に安堵が来た。一年生との交流タイムでは、「すごく上手かったです!」「みなさん大学から始めたって本当ですか?」「ハモリがすごくきれいでした!」とわらわら取り囲まれた。うまく返すことができない私の代わりに、有紗がてきぱきと反応してくれた。

 ようやく解放されたのは、新入生たちがご飯に連れて行かれた後だった。店の広さ的に、全員で行くわけにはいかないから、何人かはお留守番と片付けだ。

「おつかれ」

 花岡が、そう言ってお茶を差し出してくれた。ありがと、とお茶のボトルを受け取り、ごくごくと一気に飲み干した。やたら喉が渇いていた。

「喉渇くよね。おれもそうだった」

 恥ずかしげな笑み。花岡は千葉くんと一緒に組んだアレキサンドロスで、同じくミニライブに出ていた。私たちのyonigeに次ぐバンド歴。このごろ、サークル内では、花岡のバンドとうちらのバンドが新歓本祭に出ることが、半ば暗黙の了解になっていた。

「花岡さ、去年より高音出るようになったよね。上手くなった」

 花岡も私と同じで、あまり褒められるのが得意でないらしい。

 花岡を見ていると、反応が面白くて、つい意地悪したくなる。「上手いよ、上手い」と連呼していると、花岡は案の定もじもじして、「そんなことないって」とうつむいてしまった。一年生に迫られた時も、確かこんな顔してたなあ。「かわいいー」ってきゃあきゃあ囃されて、ますますいたたまれなそうにしていたっけ。

「ふみだって、コーラス上手いよ」

「有紗が絶対外さないから、きれいに聞こえるんだって」

 これは謙遜じゃなくて、本当だ。一度、他の先輩のところでベースコーラスをやったことがあるけど、さすがに有紗ほどの精度はなくて、ハモっている途中で不安になることがあった。有紗の時は、それがない。だから、私もやりやすい。つまりは有紗のおかげだ。

 私がそう説明すると、「ふみも歌上手いじゃんよお」と、花岡がぼりぼり髪の毛を掻いた。

 歌というか、声はよく褒められる。静かで、きれいで、ボーカルを邪魔しなくていいね、とか。要するに、バンドで主役が張れるほどの存在感がないってことじゃん、と思うけれど。

「あのさ、ふみは、弾き語り出ないの?」

 唐突に話が変わった。と思ったら、花岡の中では繋がっていたらしい。「コーラス聞いてて思った。ふみの声、弾き語りですごく映えると思うんだけど」と、花岡は続ける。

「弾き語りかあ。実家にアコギあるけど、中学くらいの時にちょっと触ったくらいだし。FもBも抑えられないし。自信ない」

 指がそれほど長くないから、セーハが苦手だった。人差し指でたくさんの弦を抑えるやつ。サークルの部室にアコギがあるから、たまにアコギを弾いてみることはあるけど、やっぱりできないままだ。

「難しいよね」と、花岡も神妙な表情で頷く。

「ならさ」

 声が妙に緊張して聞こえた。じれったくなる間を開けて、花岡は言った。

「おれがギター弾くから、ふみ、歌わない?」

 ぽかん、としてしまう。

「ユニット?」

「やっぱ迷惑かな、ごめん」

「ううん。むしろ、負担じゃないかなって」

「おれがやりたくてやるんだから、気にしないでよ」

 花岡は私と目が合うと、すぐ目をそらしてしまった。にきびの跡が目立つ頬が、ぶわっと赤くなったのが見えた。

 勇気を出して誘ってくれたんだ。そう思うと、嬉しさが遅れて追いついてきた。


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