SHISYAMO『春に迷い込んで』――7

 のんちゃんの部屋は、小さな1Kだった。私の部屋と間取りは同じはずなのに、きれいに片付いている部屋や、家具や小物のセンスが、私よりずっと女の子っぽかった。六畳間の真ん中には丸くて毛足の長いラグが敷かれ、その上に可愛らしい折り畳みテーブルが乗っている。家賃も家具もうちより高そうだ。

「やっべえ、ふかふかじゃん」

 入るなり、千葉くんが床にスライディングした。「ちょっと、女の子の部屋で何やってんの」と有紗に諫められている。

 それからしばらくは、だらだら雑談をしたり、人狼をやったり。私はすぐ顔に出るらしく、初めてやった人狼はちっともうまくいかなかった。明日は朝から一限だという有紗は、日付がまわると早々に帰ってしまった。

 深夜一時を回った頃。お酒と疲れのせいか、最初に千葉くんが寝た。続いて花岡くんが限界を迎え、残りの子たちも次々と脱落していった。死屍累々。男子と女子がごちゃまぜに寝るなんて、高校までは考えられなかった光景だ。

 最後まで残ったのは、私とのんちゃんだけ。二次会ではジュースだけ飲んでいたのんちゃんは、すでに酔いが抜けたのか、いつもの少し真面目な感じに戻っていた。

「ふみちゃん、楽しんでる?」

「うん。楽しいよ。……なんで?」

「ふみちゃんの目ってさ」のんちゃんはカルピスのボトルに口をつけ、こくり、と一口飲んだ。

「なんだかいつも、少しだけ、寂しそうに見える」

「……そうかな」

 思い当たる節は、ないわけではない。

「わたし、少し、人の気持ちに感化されすぎちゃうんだよね。よくない癖だ」

 そう言っているのんちゃんの方が、なんだか寂しげに見えた。

 部屋の外、遠くで車の音がした。街はすでに寝静まっている。みんなも気持ちよさそうに寝ている。千葉くんなんかいびきをかいて寝ている。この世界で起きているのが、なんだか、私たち二人だけみたいな気がした。

「私のお父さん、小学生の頃に事故で亡くなってるんだ」

 どうしてこんなことを言い出したのか。

 今ならきっと、お酒のせいにできる。ちっとも酔っているつもりはなかったけど、もしかしたら気づかないうちに酔いが回っていたのかもしれない。

 うん、とのんちゃんは静かに頷いた。

「ひき逃げで、犯人は捕まらなかった。――それからお母さん、すごく神経質になって。もともと心配性の人だったんだけど、余計にそれがひどくなって、ことあるごとに干渉してくるようになってね。中高生の時は、よく喧嘩したよ。なんでそんなこと言ったんだろうってひどい言葉をぶつけたこともあった」

「そうだったんだ」

 優しい相槌。

 のんちゃんの声は、さらさらと流れる水みたいだ。私は流れに身を任せる。

「ずっと、一人になりたかった。だけど、いざ一人暮らしして自由になってみると、不安なんだよね。今までうるさく世話焼いていた人がいなくなって、せいせいしてるはずなのにね」

「だから、じゃない?」

「ん?」

「これはわたしの予想だけど。時々は逆らいたくなっても、やっぱり、お母さんの意志で動くことが多かったんじゃないかなって。だからふみちゃんは、やっと自分の意志で何か決められるようになって、少し戸惑ってるんだと思う」

 図星、だった。高校や大学を選ぶ時も、友達付き合いすら、母はあれこれ口出しをしないと気が済まない人だった。よほどのこだわりがない限り、一番楽なのは、母の言うとおりにしておくことだった。

 大学生になってから、断固として実家から通わせたがる母に逆らって、強引に一人暮らしを始めた。母の嫌う無節操な大学生に、進んでなろうとした。母から自由になりたくて、余計に母に縛られている自分に気付いた。もう一度反抗期が来たみたいで、自分でもなんだか子供っぽいと思った。けど。

 大人になろうとしてるってことだよ、とのんちゃんは言った。

 ありがと、という声が、少し震えて、熱を帯びた。

「そういえばさ」

 私は意図的に話題を変える。これ以上真面目な話を続けると、自分を保てなくなりそうだった。

「のんちゃん、チャットモンチー好きなんだっけ」

「うん。ふみちゃんはyonigeだっけ?」

「そう。――二つとも、スリーピースバンドだなって思って」

「ほんとだ!」のんちゃんは目を輝かせる。「しかもガールズバンドだよ!」

「ね」私はちょっとだけ微笑を作る。

「一緒に組みたいな、スリーピース。できればガールズバンド」

 歌うみたいに、のんちゃんは言った。いつもだったら、どうせ口約束だろうなと期待しないようにする。けど今回は、もう少しだけ、期待していたかった。だから、「そうだね」と、少し緊張しながら言った。

「スリーピースって、いいよね」

 誤魔化すみたいに口にする。わかる、とのんちゃんが熱っぽく頷く。

「ギタボと、ベースと、ドラムと。必要最低限って感じがね、クールだよね」

「そうそう。しかもいいバンドが多い気がする」

 それから、山手線ゲームみたいにスリーピースバンドを列挙していった。Hump Back、SHISHAMO、back number、ユニゾン、マイヘア、ヤバT。知っている名前を挙げるたびに、テンションが上がっていく。

「ACIDMANも忘れんな!」

 寝ていたはずの千葉くんが、片手を突き上げて叫んだ。

「千葉くん、うるさい」

「あとWANIMA! ハイスタ!」

「おいしくるメロンパンと、ゆら帝も」と言ったのは、花岡くん。

「打首もあるじゃん」と、あくび交じりに咲ちゃん。

「時雨は?」寝っ転がったまま付け足す翠ちゃん。

 寝ていたはずの面々がどんどん起きだしてくる。Hawaiian6、くるり、ハヌマーン、CIVIRIAN、andymori、Syrup 16g、羊文学、リーガルリリー。みんなが楽しくなってスリーピースバンドを挙げだす。好きなものを、まっすぐに好きと言える人たち。その中でなら、私も少しだけ素直になれた。

 みんながバンド名をひたすら並べている中、「みんな、いつから起きてたの?」とのんちゃんは目をまんまるにしていた。

「スリーピース云々ってとこから。お前ら声でけえんだよ!」

 千葉くんが誰よりも大きな声で言った。


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