SHISYAMO『春に迷い込んで』――4
四月半ば。生活のペースがつかめてくると、いい加減やらなければと、重い腰を上げてバイトを探した。四月は母から生活費を出してもらえたけれど、ここから先の生活費は、家賃も込みで私もち。そういう約束での一人暮らしだった。奨学金をもらっているとはいえ、それだけでは首が回らない。時給が高い深夜に入れるのと、シフトの自由度が高いのと、家から近いのとで、バイト先はコンビニを選んだ。
よく一緒にシフトに入る直属の先輩は、私が入らなかった、いかつい方の軽音サークルの人だった。黄土色っぽい明るい茶髪で、この人がこの髪色で働けるならとバイト先の決め手になった人だったから、一緒になった時は驚いた。
先方も、客として私のことを認識していたらしい。「金髪の子がよう来るなーと思ってたんよ」と、不自然な関西弁でその人は言った。名前を、横川健という。「ケン・ヨコヤマみたいやろ?」と言われたが、あいにく私はその人を知らなかった。「軽音やるならそんくらい知っといてやー」と、ケンさん(本人にそう呼べと強要された)は私をからかった。はあ、と私はそれを流す。
「キツそうな子かなーと思っとったけど、思った通り愛想ないなあ。客商売は笑顔が命やで。ほら、にっこり!」
いかにも軽薄そうな人、というのが第一印象。数回シフトに入る頃には、第一印象は決して間違っていなかったことを知った。サークルは違えど同じ軽音をやっている身だからか、業務中にやたらと話しかけてくる。時々店長に怒られても、やめようとしない。「あの人、すぐ新人の女の子に手出そうとするから、気を付けた方がいいわよ」とパートのおばさんに耳打ちされた通り、どことなく、彼氏はいるのかとか、好きなタイプはとか、そんなことを訊いてくる。面倒くさい。
私がした質問は、業務のことを除けば一つだけ。「関西出身なんですか?」答えは否、だった。生まれも育ちも関東らしい。
「じゃあなんで関西弁使ってるんですか?」
「おもろいかなーと思って」
屈託のない笑顔が、むしろなんだか胡乱だった。変な人と一緒になってしまったな、と思った。
今までふらふらしていた分も慌ててシフトに入ったから、その人と顔を合わせる機会は多かった。その人も時給の高い深夜帯にたくさんシフトを入れていた。理由を聞くと、「遊ぶ金ほしさ」だそうだ。高い電子ドラムを、ローンを組んで買ってしまったらしい。
「バンドマンって馬鹿やからな」
へらへら笑う様子は、確かに馬鹿なバンドマンっぽかった。学年を聞くと「二回目の二年生」と言われた。必修単位を落として留年しているらしい。その話を聞いて、私の評価は、「変な人」から「どうしようもない人」に変わった。
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