SHISYAMO『春に迷い込んで』――3
次の週。そのサークルが活動している、火曜日と木曜日。私はどちらの新歓にも参加した。文科系サークル用の建物は、いつ建てられたんだろうと思うくらいのおんぼろだ。その三階にある防音室が、そのサークルの活動場所だった。
新歓に来る新入生は、毎回十人くらい。先輩もだいたい、一学年につきそのくらいのようだ。活動しているのは一年生から三年生まで。三年生は十一月になると、卒研や就活のために引退するらしい。そういう文化があるのは、この学校ではこのサークルだけのようだ。他のサークルでは、四年生になっても大学院生になっても、参加している人がいた。
最初の流れはいつも同じ。自己紹介をして、好きなアーティストと、やってみたい(あるいはやったことのある)パートを言う。好きなアーティストについては、先日のライブのおかげで、ここではある程度正直に言えた。言うたびに大袈裟なくらいの「いいねえ」という声や歓声が聞こえるのが嬉しかった。
ここでなら、私は私の好きなものを、ちゃんと大事にできる。
とはいえ、全部をさらけ出してしまうのは怖かった。好きなものを憚りなく公言できるのは、好きなものを人質にとられたことのない人の特権だ。
先輩たちは歓迎ムードだからか、みんなやたらとテンションが高かった。「やってみたいパートは?」と訊かれて、まだ決まってませんと言うと、「ベースやろう!」「ギターもいいぞ」「ドラマー今足りないからぜひ!」と各々から熱烈な勧誘を受けた。
先輩の距離感は近かったけれど、新入生からの距離感は少し遠慮がちな感じがした。なんとなく、遠巻きに見られて、様子を伺われているような気がする。
次の火曜日は、部室での小さなライブ。話によれば、ステージに立つのは原則三年生、ミニライブに出演するのは二年生が主体という暗黙の了解があるらしい。ミニライブに出たバンドはそれぞれ、アジカンとユニゾンのコピー。ユニゾンのベースの人はやたらうまかったが、大学に入ってからベースを始めた人だというから驚きだ。
ライブの間は、熱烈歓迎ムードの居心地の悪さも、自分がどことなく警戒されているような疎外感も、すっかり忘れて楽しむことができた。
とはいえ、いくら楽しい時間でも、終わればどっと疲れがにじみ出た。授業も本格的になり始めてきて、少しずつ、毎日が目まぐるしくなっていく。
木曜日。少し迷った末に、もう一度新歓に向かった。「文緒ちゃん、また来てくれたんだ」と案内役の先輩がにっこり笑った。名前を覚えられたのは嬉しいはずなのに、うまく笑い返せない。コミュ障な自分を呪いたくなった。
この頃になると、新歓の常連っぽい子や、見たことある子が一年生の中にも出てきた。すでにすっかりサークルに馴染んでいる子、親しげに先輩や同期と話している子もいて、劣等感がじわじわと体を苛んだ。未だに親しい子一人いない自分がひどく惨めに思えた。
先輩は気を遣ってやたらこちらに話しかけてくる。こういう当たり障りのない会話が一番苦手だ。愛想笑いでやり過ごした。時間が来て、部室へと歩き出した途端、安堵で肩の力が抜けた。
ひとりで黙々と先輩の後をついていく。後ろから楽しそうな喋り声が聞こえるけれど、心を無にする。
そんな風に歩いていた時。
別の先輩と楽しそうに歩いていた女の子が、こちらを振り向いた。
目が合う。
私じゃないよな。まさか。戸惑っているうちに、その子は微笑みをたたえてこちらに近づいて来た。どうやら私のようだ、と思った瞬間、話しかけられた。
「前回もいたよね?」
「ああ……はい」
「敬語じゃなくていいよー、わたしも一年生だから」
少し眉を寄せて笑う顔が、かわいらしい子だった。
さっぱりしたショートカットに、丸い眼鏡がよく似合う。
「このサークル入るの?」
「たぶん」
私はぎこちなく返事をする。
女の子はぱっと顔を明るくし、満面の笑顔を作った。小さな花が満開に咲いているような笑顔だった。
「じゃあ同期だね」
すぐに「のんちゃーん」と呼ぶ声がして、「はあい」と女の子が私から離れていった。
「ごめん、じゃあね。また話そう」
向こうに合わせてひらひらと手を振る。のんちゃん、と呼ばれた女の子は、先輩の輪に加わって、さっきと同じ笑顔で話を始めた。
すごいなあ、コミュ力。
どこか感嘆しながらも、知り合いができたことに安堵を覚える。自分の単純さを自覚し、いやいや、と心中で反駁した。あの子はそもそも誰とでも仲良くなれそうだし。少し話しかけられただけで、本名すら知らないんだし。思いあがるな、私。
私は決して、特別なんかじゃないんだ。
期待するから失望するんだ。余計な期待は抱くな。自分にそう言い聞かせた。
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