SHISYAMO『春に迷い込んで』――2
やりたいことなんて、本当に見つかるんだろうか。
居場所のない感覚に苛まれながら、私は新歓をぐるぐる回る。里ちゃんは早々と雅楽サークルへの入会を決めたらしい。その後お情けでついてきてもらった新歓は、ロックなんて聞かない里ちゃんにはひどく居心地が悪そうだった。「なんか、怖そうな人たちばかりだね」と里ちゃんは小声で言った。
この大学に軽音サークルは三つ。その中で一番トガってる感じのところだから、正直私もそう思った。里ちゃんが「音が大きい」とだけ感想を残したミニライブは、洋楽、しかもメタルとかが多いセトリで、やたら攻撃的なパフォーマンスばかりで、なんだか私の趣味には合わなかった。確かに演奏はうまかった。なんだか経験者が多そうな感じだ。
音楽は好きだけど、特別楽器が弾けるわけじゃない。高校生の時にバンドをやっている同級生を、いいな、羨ましいなと思いつつ、目立つのがなんとなく嫌で、私は結局できなかった。小さい頃にはピアノをやっていたけれど、練習が面倒になって、ものの三年くらいでやめてしまった。好きなのは邦ロック。だけど洋楽とかはあまり聞かない。
里ちゃんはそのうち、学部やサークルの子とつるむようになった。私は一人で、ぶらぶらと気ままに新歓を回った。連れ合いではしゃいでいる人たちを見ていると、少しは寂しい気持ちもあったけれど、「つき合い」で興味のない場所に行かなくてもいいのは気が楽だった。私は一人でも行動できる人間なんだから、誰かとつるまなくたって平気だ。なんて、虚勢で自分を保とうとした。
それでも、時間が経つと孤独がじわじわ染みこんでくる。私の性根は本当に面倒くさいな、と自嘲したくなる。誰かとずっと一緒にいるのは気詰まりなくせに。
そんな気持ちで挑んだ新歓本祭。入学して初めての土曜日。
大きなステージが組まれ、軽音サークル以外にも、吹奏楽や弦楽、ビッグバンド、ケルティッシュ音楽、ダンス、ダブルダッチといった、色んなサークルが舞台に立つ。里ちゃんの入った雅楽サークルも。
どのサークルに入ろうかは、正直決めかねていた。せっかくなら軽音サークルかな、と思ってはいる。だから、軽音サークルは三つとも行ってみた。一個が、里ちゃんと行ったバチバチ系のやつ。もう一個は、少し離れたキャンパスでやっているところ。もう一つが、弾き語りとバンドが両方できるという奇特なところ。
そういえば、中学生の時に買ってもらったアコギも、すぐに飽きて触らなくなったなと思い出す。あれ、まだ実家にあるんだろうか。
そんなことを思いながら、なんとなくステージを眺めていた時だった。
楽器を抱え、ぞろぞろとステージに上る影。ドラムと、エレキギターと、ベース。スリーピースバンドだ。いいじゃん、どのサークルだろう。
パンフレットを見るに、どうやら件の奇怪なサークルのようだ。
思ったよりしっかりバンドなんだな。
私はのんびりとした気持ちで眺めている。けど、イントロが始まった途端、
あ、
と思った。
知っている曲だ。しかも、私の一番好きなバンドの。
世界が一瞬で、ぱっと華やかになる。音の風の中に揉まれながら、体温が上がっていくのがわかる。色とりどりの照明が視界できらきらと光った。夕暮れの薄闇の中で、それはひどく映えて、美しかった。
ミルクティー色の髪のボーカルが、マイクに口をつけながら、歌う。声は透明感があってやわらかくて、決して攻撃的ではないのに、強く耳に刺さった。ギターのジャキジャキした音。ベースの力強い低音。バズドラのずんとした音と、シンバルの鋭い音。全部がお腹の中心に、身体中に響いていく。
目の奥がじんわりと熱い。視界が歪む。光が、音が、景色と混ざってぼやけていく。
――今もあん時のことばっか、思い出しちゃうの馬鹿だよね
そのフレーズを聞き届けた時、私はこのサークルに入るんだろうな、と思った。
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