第254話 拒絶
6月24日
割れるような頭痛がして、目が覚めた。
時計を見れば、かなり眠っていたようだ。
鐘の音の絶ゆるるひびきに 音をそへて わが世尽きぬと 君に伝へよ
繰り返される悪夢。響き渡る「辞世の句」。
宛先のない詩。思考はもう動かない。
こうなると時間がない。まずは頭痛薬を唾液で飲み下す。痛みが引いてきたのでチェックアウト。次の目的地に向かう。
Web試験に遠隔面接。疫病下前なら何度か訪れているはずなのに、今日初めて降り立つ知らない最寄駅。3年前の「常識」などは通用しない。何もかもが変わってしまった。
鬱陶しい日差しに初夏を感じながら、かなり急勾配の坂道を降りていく。通勤考えると朝から難儀だな。
「常識」で考えると本来なら面接試験などで緊張感溢れながら初めて訪れる「マップ」になるはずなのに、呑気に歩いている。
ある意味、今日が「初出社」。
気合い入れ直して笑顔を浮かべる。
仕事相手を全力で愛すること。心持ち一つかもしれないが本当に相手を愛していないと相手を想う提案が出来なくなる。
会社、ひいてはお客様、社会の為だと思っているからそれだけはずっと、どこの会社でも後輩たちに伝えてきた。それは今も変わらない。
まずはご挨拶。
「はじめまして。本日からお世話になります」
「ああ、はい」
シニアパートナーさんな感じ。初対面なんてこんなもの。
交渉事とは対人関係。多少強引な感じでも踏み込まなければ始まらない。
「皆様でどうぞ」
「これはご丁寧にどうも」
早速ラスクが役に立った。大切なのは話すきっかけ。ものがどうこうではない。相手に気を遣っているという意思表示が大切だといい加減にわかる年齢ではある。
引越し屋がくる予定より30分前には着いていたので雑談しながらロビーで引っ越し屋を待っていると、来ない。
「まだ来ないね」
「9時からの予定と聞いていますので、遅いですね。確認の電話します」
「今、前の現場が終わらなくて11時過ぎます」
何のために早くきたのか。ため息しかない。
仕方ない。
「11時過ぎるそうです」
「あー、そうなの。朝から大変だね。じゃ、先に手続きの話するね」
「ありがとうございます」
管理人さんから色々と近隣の情報を聞く。
「またわからなかったら聞いて」
「ありがとうございます。すいません、予定通りにいかず」
「そんな日もあるよ。まあ、部屋でのんびり待っていればいい。引越し屋きたら連絡するよ」
「ありがとうございます。お言葉に甘えます」
とりあえず、まだ伽藍堂な部屋で引っ越し屋を待つ。
率直に言えば狭い。まさか、この歳でまた寮生活になるとは思っていなかった。新人としてやり直す以上、それはそれでいいのかもしれない。1年も居られない仮住まいだ。
ここから出て行くときには、何かしらの「心の在り方」を得られているといいのだけれど。
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