第255話 過ぎし日の雨

予定より更に一時間遅れてやってきた引っ越し屋は「下手」であった。


「サインください」

「それ、逆です。元に戻してください」

「こういうの取り外さないでもらえますか」

「外したのは、あなた方です」


指摘したら不貞腐れた顔。わかるけど。

仕事が雑。アシスタントのお姉さんは初バイトです!って元気よく答えてくれた。まあ、いいけど。


メインの若いお兄さんは、仕事が雑。特にベッドと椅子が直せない。直せないなら壊すな。特に椅子は適当に組付て帰ろうとするがどうやっても上下逆。申し送りはないのか。


若いお姉さんに話を聞くとそういうのはないらしい。

朝から大変だと言っている。お兄さんは直し方がわからないらしい。この椅子、在宅勤務用に買ったからそれなりにするんだが。


「無理っすね」

「上司とかに聞いて貰えませんか」


泣きたいのはこっちだ。頑張れとジュース渡して、宥めすかして上司に電話してやり方を聞いてもらう。


「もう、嫌です」

「わかる。初めてのバイトでこれだと相当嫌だよね」

「でも、関東の大学に行きたかったんですよ」

「神奈川でいいの?」

「修学旅行できた横浜ってすっごく綺麗で、地元なんもないので」

「逆に修学旅行が北海道だったから、意外だね。函館とか夜景綺麗だって書いてあった気がするけど」

「修学旅行はどこに行ったんですか?」

「網走と釧路」

「札幌は?」

「別の用事で一回行ったかな」

「函館行ったことないんですか?」

「ないよ。北海道の知り合いってあまりいないし、北見とかだったかな、確か」

「あ、旭川から函館ってめっちゃ遠いんで。」

「そうなの?」

「内地の人って、距離感わからないらしいですね」


アシスタントのお姉さんとお兄さんが直すまでジュース片手に雑談中。気を散らせてもなので、離れた場所から見てる。ものすごくナチュラルに差別用語。日本国に植民地はない。よって「内外」などないのだが、凄く普通に言われた。とりあえず旭川出身らしいのでおすすめのラーメン屋を聞く。


「大変だね」

「まだまだ頑張ります!」


とりあえず予定より半日遅れで終了。

お兄さんとお姉さんにチップを渡す。お姉さんには情報料を足しておいた。面白い話が聞けた。


「ありがとうございました」

「ありがとうございました!」


流石に随分と予定外すぎて疲れた。

今夜寝るためにも最低限のやるべきことをやらないと。


急ぎ荷解きを始める。荷解き含めて全てのタスクが終わったのはだいぶ時間が経ってから。もう夜の帳が下りていた。ベッドに座る。いきなり壊れた。


もう一度、引っ越し屋に電話。


「組み立てられたベッド、普通に壊れたんですが」

「あー、30分後ぐらいに向かいます」


一時間ぐらい経ってから違うお兄さんたちが来て無理矢理直していく。ボルト一本使わずに組み立てるベッドフレームを追加部品を見繕ってボルトで止めて終わりにした。


「これで大丈夫です」

何も大丈夫ではない。


もう面倒だった。次の引っ越しでベッドは棄てるしかない。朝一の頭痛から怠くて仕方ない。ともかく寝たい。あーあ。


新しい場所、新たな仮住まい。

ようやくちょっと落ち着いたのか、夢をみた。


水の中に落ちていく夢。


鐘の音が聞こえてくる。

絶えたはずの言葉が出ては、消えた。

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