第253話 白紙
次に意識を取り戻したのは階段を登っているところだった。
さらさらとした誰かの後ろ髪が頬に当たって気がついた。
どうやら乗り換え駅で次の電車に向かっているらしい。
こうして東京にくるのは試験以来か。もう随分と昔のことのように思う。
えらく人がいる。現在感がないからか酷く不思議だった。
前髪とマスクで「量産」された「顔」のない人達で駅が溢れていた。
前にこの街に来たときは緊張で周りを見ているどころではなかった。寒くて凍えていた。緊急事態宣言中でもあり人もいなかった。
今は人工灯の下、人が出す特有の匂いに圧倒され気持ちが悪い。見渡す限りの人々で視界が埋め尽くされている。
誰も彼も知らない個々人が群れをなす単なる景色。どこかに紛れ込めないがその一部に「なれる」人だかり。
なんというか「帰ってきた」。ほっとする。
美しき星々が雲に隠れ、全部あるのに相変わらず何もないどこかゴミ捨て場の匂いがするような人ばかりの街に。
先ずはホテルまで行かないと。まだ意識は「表にある」。
次にやるべきことを思考に纏めたら、また思考は「第三者」に戻ってくる。今回は少し、都心から離れた場所。
ここに来たのは5年以上前。面倒だから同じホテル。記録が走馬灯のように思考に駆ける。どうせ解くほどの荷物もないし明日は朝一で更に移動だ。セキュリティ以外は求めていない。
「いらっしゃいませ」
「朝食は如何なさいますか」
「ウェルカムコーヒーです」
なんか能面みたいな受付さんが何か言っている。
なんて答えたのか「裏側」にいた俺は覚えていない。
深呼吸。静かになる。冷める。
最低限のやるべきことをやる。
戻れない片道切符。今は考えない。
一晩限りの鍵を持った手で目の前を塞ぐ髪を、掻き上げた。
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