第237話 あなたを抱きしめられなかった

冷蔵庫を開けても何もない。

牛乳があったから、とりあえずそれを飲む。


寝落ちしたから、開いたままのパソコン。

作ったプロファイルはひとつなのに、まるで2人いるかのよう。


カーテンを開ければ、昼過ぎ。取り寄せたギタリストが書いたとされる本を開く。


残念ながら「カリスマ」にとっては、適当に選んだだけかもしれない。


しかし、ギタリストにとっては、言葉を付けるなら「幸せな苦痛」だったこと、そして記載当時は超えられない壁のように感じているのが、行間から推測出来た。


それをギタリストが言葉にしたら「憧れ」。もしかしたら俺が今抱く気持ちに近いのかも知れない。会社の看板、エンブレム。


小さな電子部品会社のどうでもいい設計者から始めて、この輝くエンブレムを貰った幸せ。それを自らの力不足で、終わらせた苦痛。


職種的にも選ばなければ会社はいくらでもある。だが、なぜここにきたのか、そしてそれを壊したという、どうしようもない事実。


抉るように記載されているギタリストのヴォーカリストへの「憧れ」が「嫉妬」に変わっていく様は恐らく、熱病にも似た恋なんだろう。


あまりにも一方通行な。認められない、認めたら負けた気がするから「諦観」や「葛藤」が読み取れる。


今までのギタリストのヴォーカリストに関する発言年表を俯瞰すると、酷く嫌な気分になる。俺を見ているように感じるぐらいに、その言葉に共感してしまう。


自身の中にある認められない気持ち。負けたくはないが、勝てもしない。だが、逃げられない。それしかないから。囚われている「執着」。それに「安寧を覚える気持ち」。


ギタリストなぞ、最期はヴォーカリストの引退でヴォーカリストは更に「カリスマ性」を上げ実質勝ち逃げされた状態である。


ギタリストも還暦を迎え、ご自身の中にあるヴォーカリスト様の存在を、ひたすら拒否することを諦めた。いや、取り繕うのを諦めたの方が正しいか。


「変わろうとするたびに何故か、変われない」ギタリスト。

「アンコントロール」なヴォーカリストが、煽ってくる。


ギタリストの「劣等感」を。

逃げることは「許さない」というかのように。


アーティストとしてのヴォーカリストは「時流を読み切る」。大変美しく、物語の世界。まごうことなき、主人公。


その一枚裏側、触感から感じる何かは「アンコントロール」。「隠された未練」。「寂しさ」。最期まで、誰とも組まなかった人。


晩年、お気に入りのギタリストはいたのに。キスするほどに。彼とユニットでも組めばよかったのに。


表化された情報から、彼がキスした男性はギタリスト、2人目のボーカリスト、2人目のギタリスト。


ギタリストの2人目のヴォーカリストはヴォーカリストの敬虔なる信徒だ。大変耽美な映像も残っており、演奏はバンドのメンバーである。ギタリストは許容している。ヴォーカリストが誰かと組むことに。なのに「それをギタリストがやることは」許せないのか?


まあ、同性ですら魅了されるのだ。incubusかよ、ヴォーカリスト様。当時、薄い本が流行ってなくてよかったな。マジで。ネタにしかならない。

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