第29話 ヤクザさん
如月、以前神奈川県川崎市川崎区に住んでいました。川崎区の中でも海に近い方です。川崎大師とかあるあっちの方ね。
それで、横羽線(の下が産業道路)と南武線の浜川崎(終点)からちょっと東京寄りに(150mくらいかな)いくと、市電通りと鋼管通りが産業道路にぶつかってんのね、そこがそれぞれの通りの末端。
まあ、浜川崎の近くだと思ってくれればいいんだけど、あの辺の鋼管通りの辺りって、ソッチ系の人がいっぱいいるという話を聞いてたんです。だけど会ったことは無かったんですよ。だから単なる噂だと思ってた。
居たんです。ソッチ系の人。
鋼管通りに用事があって行ったんですけどね、若い兄ちゃんが缶コーヒー飲んでたの。ちょうどそこに私が通ったわけ。
ところがその兄ちゃんたち、コーヒーを飲み干して、足もとに缶を置いて、目の前の建物に入ろうとしたんですよ。
思わず「缶!」って言っちゃったんですね。そりゃ言うよ。
そしたら兄ちゃんたちがくるっと振り返って「ああ?」って言うんですよ。「ああ?」じゃねえだろ、缶持ってけよ。
「あんだゴラ? なんか文句あっか?」
こういう感じで凄むのは明らかに下っ端ですね。
「下っ端ごときにそんなこと言われる筋合いはねえよ馬鹿野郎」
って言いたいけどそんなこと言えません。仕方がないので、
「あんたらそこに入るんだったら缶持って入ればいいだろうが、頭悪いんかボケが」
とも言いたいけどやっぱいそんなこと言えません。怖いもん。でも言ったさ。
「そこにゴミ箱ありますよ」
これなら別に言ってもいいべ。喧嘩売ってないし。
ところが、思わぬ伏兵が! その建物の中から、明らかに中ボス以上のクラスと思われる50代くらいのオッサンが出て来たんですよ。
「なんの騒ぎだ」
如月絶体絶命。見逃してくれ頼む。東京湾に浮くにはまだ若い。
オッサンは兄ちゃんたちには目もくれず、如月に向かって聞いたのです。
「うちの若いのが何かしましたか?」
「いえ、空き缶を置きっぱなしだったので、そこにゴミ箱がありますよって教えただけです」
これ言っちゃう如月も如月だけどさ。オッサン、急に凶悪な顔つきになって「あんだと?」って言うんですよ。もうアカン、東京湾決定や。
そしたらオッサン急にくるりと振り返って、兄ちゃんたちに静かにこう言うんです。
「おめえら、何度言ったらわかる」
そして如月の方を向いて頭を下げるんですよ! 困ったような笑顔で!
「本当にその通りですよね。空き缶はゴミ箱へってのは常識ですよね。教育が行き届きませんで、大変ご迷惑をおかけしました。申し訳ありません。以後こういうことが無いようにきちんと躾けますから」
あんたの言う『躾け』って何! すっげー怖いんだけど! 東京湾か? 東京湾なのか?
背後では兄ちゃんたちが青くなって頭を下げています。いやいや、こっちが青くなるよ! 兄ちゃんたち助けてやってくれよ。
そう言えば会社の後輩・村上君も言ってました。
雀荘で知り合った爺さんがいつものんびりして柔和な好々爺という感じだったのに、急に若い衆がどたどたやって来て「○○がやられました!」って言った時にその若い衆に「堅気の皆さんの前で騒ぐんじゃねえ」って静かに言ったのが怖かったと言ってました。
村上君たちはそれまで「早よ切れやジジイ」「いつまで考えてんだよ、たいして変わんねーよ」とか言ってたのに、その事件があってからはその爺さんが「すいませんね、ちょっと待ってくださいね」って言うと一斉に「どうぞごゆっくり!」と言うようになったとか。
ボスクラスになると静かに話すんですかね、その方がよっぽど怖いけど。
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