phrase17 たまごと共に追う夢は
「お嬢さん……ちょいとそこのお嬢さん……出来立てホヤホヤの、イキのいい怪談、お一ついかがですかぃ……」
『あんた、またずいぶん激しくイメチェンしたわね……』
髪を顔の前にぼわ〜と下ろし、息絶え絶えに言ってみても、やっぱりミラマリアさんは悲鳴のひの字も上げなかった。素材が
わたしはミラマリアさんに、教会が二頭の害獣に襲撃された話をした。
「両手を振り下ろせば鍵盤ぶっ壊しそうなグリズリー・ピアニストも脅威ですけど、もっと恐ろしいのはお付きの爬虫類です!」
あの時。金髪グリズリーが「オルガン見学」の名目で大声で動き回ってレヴィンさんを
『そう言えばきみ、我々が来る前に、誰か女性と話していなかったかね?』
『……え? ……ええと、少し電話で話したりはしましたが……』
『その相手に、こう伝えておきたまえ。「きみたち
『ホラーじゃんっ!!!!』
「でしょーっ!!!!」
『「おきたまえ」ってなんじゃー! マウント取りに来たにしても、言い方がクソダサいの限界突破だわ!』
「ミラマリアさん、問題はそこじゃないです」
卵を踏むだけでは済まない――
思い当たる件は、一つしかない。
お墓参りの時、わたしが見えない「何か」を踏んで階段を踏み外し、危うく
『世界をまたぐ兄貴の次は、世界をまたぐ卵の登場か』
「あの爬虫類が、わたしの世界に卵を送り込んで、わたしと音兄に干渉した、ってことなんでしょうか?」
『本気で干渉する気なら、二人とも危害を加えられる機会はいくらでもあったはず。今はまだ様子見なのかもしれない。ったく、こんな事態に備えて個人情報を特定しないようにしてきたのに、あっちにレヴィン先生の居場所を特定できる力があったとはね』
「ミラマリアさん、『あっち』って……あの人たちって、何者なんですか?」
『……あんたの世界に、噂だけは聞いたことがある機関があったでしょ? 世界中の卵の能力を管理している、という機関が』
確かに、聞いたことはある。都市伝説みたいな噂だけは。
「じゃあ、その機関の人たちが?」
『かもしれないし、別の勢力かもしれない。世界をまたぐあんたたち兄妹の卵の力が、そいつらにマークされているのは間違いない』
マークって。まさか、ずっと見張られているってこと?
「ミラマリアさん、わたしどうしたら……。もう、通話をやめた方がいいですか? このままじゃ、ミラマリアさんやレヴィンさん、音兄も、わたしといづ兄のたまごの力に巻き込んじゃうのでは?」
『やめることはない。誰にもわたしの楽器研究の邪魔はさせない。邪魔するなら、わたしが何とかする。絶対に、これ以上リネに危害は加えさせない』
何とかするって、どうやって?
気のせいだろうか。ミラマリアさんの口調も、言葉の内容も、強い瞳もどんどん勇ましくイケメン度が上がっていくような気がする。
「ミラマリアさんって……頭がいい人だとは思ってたけど、実は凄い人なんですか?」
『……そうね。あんまり秘密主義なのも悪いから、一つだけ教えといてあげる。私は、軍の関係者。いざとなったら、世界を一つ滅ぼせる』
彼女の細く小さな体が、誰よりも強大な、圧倒的な存在に見えた。何者にも屈服しない、まるで王者のような瞳。
世界を、一つ滅ぼせる――。決して、
『それより! もっと大事な話をしなくちゃ!』
「へ?」
『レヴィン先生に、音サマとの協演を申し込んだんでしょ? そっちはどうなったのよ!』
あ、もういつものミラマリアさんだ。
『くぅ〜っ! たぎるぅー! イケメン実力者同士の協演! どんな音で
「でも、こんなに大変な事態が重なってる時に、
『今だからこそよ! たぶん、今を逃すともうチャンスがない。あんたは二人の協演が見たいの? それとも
「諦め……たくないです!」
『私だって! ピアノとオルガン、私に音楽の喜びを教えてくれた大事な楽器たちを、彼らが奏でる音を諦めたくない! リネ、私たちは夢小説のように、自分の願望を
「あ、まだ音兄に何も話してなかった」
音兄は、またも早々とツアーを抜け出して、つい先ほど帰宅。そのままベッドに直行しちゃったのだ。
朝食の時にちゃんと話そう。
話すことがたくさんありすぎる。漏れがないように、事前に下書き作っとこうかな。
ミラマリアさんとの通話を終えると、温玉ちゃんがふよふよとわたしの胸元に寄ってきた。わたしはそっと、本物の卵を抱えるように、優しく温玉ちゃんを抱きしめた。
「大丈夫だよね。温玉ちゃんは、わたしにたくさんの素敵な出逢いをくれたんだもの。悪いことなんか起きないよね。きっと、みんな、うまくいく……」
わたしは最後まで信じたい。
温玉ちゃんを、ミラマリアさんを。わたしに素晴らしい音をたくさんくれた、大切な人たちのことを。
* * *
「音兄。大事な話があるんだけど、いいかな?」
朝食の後、お土産の焼き菓子と紅茶をいただきながら、なんとか話を切り出した。
「学費のこと? 口座引き落としにしたから、
いつもの通り、優しい笑顔で返してくれる。この兄を、色々なことに巻き込んでしまうのが心苦しい。
でも、いづ兄のことも絡んでるし、ちゃんと言わなきゃ。
「音兄に、紹介したい人がいるの」
ガチャーン!!!!
ものすごい音を立ててカップが割れた。
「わーっ! ヨーロッパ土産のカップがー!」
「なんか、恐ろしい幻聴が聞こえたような……俺の気のせいだよね?」
「えっ、あ、紹介って複数だから! 友達だから!」
「男女比は」
「女性が一人、男性二人……って! わーっ! もうティーセット破壊しないでぇーっ!」
「数字が不吉すぎる。悪寒がするから寝る」
「待って音兄ー! わたしといづ兄のたまごに関係する話なの! お願い聞いてー!」
「……
それからなんとか、下書きを見ながら順序立てて話した。
温玉ちゃんの新しい能力のこと。楽器のない世界にいる、ミラマリアさんと出逢ったこと。知らなかった楽器「パイプオルガン」が在る世界で、オルガンを愛する二人の男性に出逢ったこと。
そのオルガンが、政府によって消え失せようとしていること。オルガン工房に働きかけると、そこにいづ兄がいた形跡があった、ということ。そして、どうやらわたしといづ兄のたまごが怪しげな機関からマークされているらしい、ということ――
「伊弦は、今どこにいるんだ?」
「わからない……。でも、あのサインはわたしたちが見つけるように残したんだと思う。だから、オルガンに関わっていれば必ずもう一度会えるって、わたしは信じてる」
「そうか……。大変だったんだな、伊弦も、理音も」
こんな時まで優しい音兄に、思わずほろりと来ちゃう。
「音兄、早速だけどミラマリアさんに挨拶しない? とっても可愛くて素敵な女性なの! 音兄の大ファンでね……」
音兄の手を引っ張って、わたしの部屋の、鏡の前へ。
鏡を覗くと、大量の湯気。水音。キュキュッと鏡を拭き取る音。
『あ、リネ? シャワー終わるまでちょっと待って……ってうぎゃああぁぁ!!!!』
音兄は、すでに状況を察して後ろを向いた後だったけど、ミラマリアさんは仰天してシャワールームの壁に背中をぶつけてしまった。
ミラマリアさん、ごめん! ほんとごめん!
* * *
「妹がいつもお世話になってます」
『こっこここちらこそ〜!』
どこまでもクールな音兄と、緊張で今にも白目剥きそうなミラマリアさんとの対比よ。
「理音によると、とても頼りになる方なんだとか」
『あっ、えへっ、お〜ほっほっほ〜! 危ないことはどうぞ私に任せて! 音サマはぜひ! レヴィン先生との協演に専念してゴホッガフッ!』
ミラマリアさん落ち着いてーっ!
「協演?」
『ゴホッ、リネから聞いてません?』
「聞きましたけど……」
音兄がわたしの方を見た。
「そのレヴィンって人、俺の動画を見て『ルックスならまあいいんだけど』『理音の頼みなら協演してやってもいいけど』みたいなことを言ってたそうじゃないですか」
「レヴィンさんそんなこと言ってないよぉーッ!!!!」
突然なに言い出すの音兄はッ!!
『あー、そう解釈しちゃいましたか……』
「レヴィンさん、すっごく紳士で優しい人なんだよ! 音兄のこと、素晴らしいプレイヤーだって言ってたもん! 演奏のことを細かく言わなかったのは、音兄はもうプロだから今さら言わなくてもって思っただけだよ、たぶん!」
「その人もピアノ弾くんだろ? だったらピアノもオルガンも一人で
「わたしが……わたしが見たいのはそういうんじゃないんだよ……! 二人とも本当に凄いプレイヤーだから、だから……」
「その人の音が、そんなに好きなんだ」
音兄が、いつもと違う。表情は淡々とした無表情なんだけど、背負う空気が重黒い。何でだろう、ブラック音兄が
ミラマリアさんは『黒い音サマも素敵
「その人は、俺よりも理音を満足させられるの?」
協演の夢、二人を会わせる前から早くも大ピンチですかっ!?
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