拝啓、ジニー。

星野 驟雨

僕とカノジョの少し汚い物語

 これは僕と彼女との出会いと別れの物語だ。


 夏の終わり、秋の入り。

 彼女との出会ったのはちょうどそのあたりだった。

 酷く寒い朝、秋の訪れをその身に感じながら、寝ぼけ眼で僕はトイレに入った。それは僕のルーティンで言えば一発目、モリモリと解放感と共に覚醒していくという大切な一日の始まりの時だった。完全なる覚醒と共に強烈な痛みが僕を襲ったのだ。

 その痛みは今まで経験したことのないものだった。

 かつて下痢になった時に穴が燃えるように痛いことはあったが、その痛みとは別物で、どう考えても、もといどう感じても穴の位置からはズレていた。

 その刺激はそれ以外を考える余地をなくすほどに鋭く、暫し僕の動きを止めた。かつて酔った勢いでケツに割りばしをブッ刺して寝落ちした時も、他にも医者的に言えばお尻遊びをしたときもそんな痛みを感じなかった。ケツに関して言えば、結構堅実な方だという自負もあった。

 しかし、その痛みは僕を釘付けにした。

 恐る恐るケツを拭いてみれば、クソとは違ったヌメリがあり、僕はそこで気づいた。そう、痔である。

 鋼鉄たる我がケツに出来上がったのが切れ痔かイボ痔かはわからぬが、咄嗟に頭に浮かんだのはオモニとアボジだった。実際、ケツに出来たのは間違いなく重荷ではあったし、心の中ではたしかにアボジを想ってはいた。

 前屈みの体勢のままいることもできず、かといって見ずに流すということもできず、一度クソを拭ききってから痛みのもとにトイレットペーパーをあてがい、その表面を見た。

 ──そこに広がっていたのは、赤だった。

 モリモリと元気に排泄を終えた後に繰り広げられたその光景に、思わず「ホーリーモーリー」とこぼしてしまったのを覚えている。

 しかし、惨憺たる眼前の光景を前にしても、僕の頭は酷く冷静だった。それこそ「もしやホーリーシットの語源は……」と思っていたぐらいには。

 きっとその時の僕は宇宙の真理に触れていたかもしれない。かのキリストは水をワインに変えたかもしれないが、僕はクソを血に変えたのだ。幸い、僕は宗教というものにそこまで興味もなかったし、後に彼女もそうじゃないことを知った。何せ、僕が神に祈っているのに血を流すようなじゃじゃ馬だったから。

 ともかく、それが僕と彼女との出会いだった。


 もちろん、最悪だったさ。

 血は止まっても痛みは引かないし、夜も寝ようにも眠れないんだから。でも、人間は慣れる生き物で、次第に愛着がわいていた。

 2日ぐらいはパンツを真っ赤に染め上げてダメにしてくれたが、彼女と話し合う場を設けてからはそんなこともなくなった。愛着がわき始めたのはそれからだった。

 彼女の名前はジニーで、僕の身体は僕だけのものじゃなくなった。僕は常にジニーに気を使っていたし、僕が与える分だけ彼女も返してくれていた。何処までも優しかった。もしかすると、そんなところに、そんな当たり前を出来ることに惹かれたのかもしれない。

 無論、僕達が近づくまでの闘いは酷いものだった。ジニーに絆創膏を貼ってみたり、それが無意味だと悟り剥がす際にまたもケツを痛めることにもなった。何かを虐げるだけ自分にも痛みが返ってくるなんて当たり前のことを再認識させられたりもした。

 まあ、お互いに良くないと歩み寄るのは必然だっただろう。


 僕は、人生で初めて伴侶を見つけた。

 自分の彼女を自慢する男子高校生みたいに、知り合いにこの話をしたりもした。勧められたのは医者にケツ穴を晒すってことだったが。

 もちろん、医者を予約した。どうせ僕は彼女と添い遂げることになるだろうと思っていたし、彼女を知る機会ではあったから迷うことはなかった。


 ……だが、問題はそれからだった。

 ただでさえ金がない状態で医者を予約していたのに、ある日彼女は急にいなくなってしまった。異物感があったケツからはそれが消え去り、ジニーが何処にいるかがわからなくなってしまったのだ。

 結果として、彼女を知ることもできないのならばと医者もキャンセルした。キャンセルしてから暫くはブルーな気持ちだった。頭の中には「アンタいい女だったよ」と歌う声が想起され、短くも輝かしい日々に想いを馳せていた。

 予兆は無かったのだ。ある日突然、それも目覚めた時にはもういなかった。恋人に出ていかれる気持ちはこんな感じだろうかと思ったり、せっかく医者にケツを見られるという実績解除が出来たかもしれないのにと悔やんだりもした。

 ……もしかすると、彼女はそんな僕に見切りをつけたのかもしれない。思えば、僕は彼女を大切にしていると考えながら実際は利用していただけかもしれない。聡い彼女の事だ、それに気づくのに時間はかからなかったのだろう。


 あの日から少しずつ立ち直ってはいる。

 でも、心のどこかでは彼女を探している。

 それに、完全に立ち直れたわけじゃない。

 僕達が過ごした空間に彼女の面影を見ることもある。

 ある日突然彼女が戻ってくるんじゃないかと空想する。

 

 ……酷く肌寒い冬がやってくる。

 まだサヨナラも言えていないが、彼女もどこかよろしくやっているのかもしれない。そう考えると少しばかり穏やかな気持ちにはなる。

 ああでも、もし戻ってくることがあれば僕は喜んで迎え入れよう。お互いに汚いところも見せあった仲なんだから、それぐらいは喜んでするさ。お互いの為にも。

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拝啓、ジニー。 星野 驟雨 @Tetsu

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