優しい一時(ひととき)

 優しい日の光が、窓の外から入ってきていた。

 その光が眩しくて目を覚ました。

 いつもの寝室の窓の外から。


(うん? 眠っていたのか?)


「目が覚めた? 良かった」

 言辞ゲンジが私の顔を覗いていた。

言辞ゲンジ? どうしたの? 何をしているの? こんなところで?」

(どうして、言辞ゲンジが、ここにいるんだろう?)

「本当に大丈夫かい? ここは僕らの部屋だよ」

「え?」

 

 あ、そうか。

 訓練中に刺客に襲われて、大怪我をしたんだっけ?


「あ、ごめん。ちょっと混乱してた」

「うん。大丈夫だよリリィ。ああ、……あの。あの時は僕も慌て過ぎた。恥をかかせて御免ね」

「ううん。私こそ御免。あなたは慣れていないし、言い過ぎたのだ。言辞ゲンジ、御免して」

「うん」


「あ、あのー。姉さま?」


 どこかで聞いた声が?

「そういうのは、二人きりになってからで……」

 あ、この声はルナだ!

「え? みんないるの?」

 私は慌てて体を起こした。

「い、痛っ!」

 痛むお腹を押さえながら起き上がってみると、みんな心配そうに見守って待っていてくれた。

 訓練生の二人も、そこにいた。

「か、か、か……」

 私は恥ずかしくて、顔から火が出そうだった。


「何で教えてくれないの? 言辞ゲンジ!」

 

「まあ、姉様、慌てないで。言辞ゲンジさんも困ってますよ」

 そう声かけてくれたのは、オルトだ。

 元帝国暗殺部隊のメンバーズで、私が帝国にいたころはメンバーズの順位としてなら第2位だった。

 今は、私とルナも抜けたので、現在はメンバーズとしては第1位となっている。


「あれ? 二人は、どうしたの?」

「どうしたのと言われても。ここも刺客に襲われるから向かえと、親方様に指示されてこうしているんですが?」

 オルトは、冷静に答えた。

 とても、冷静に。

(あ、そうだった)


 クスクスとルナが、笑っていた。

 

「リリィ様、元気になられて安心しました」

 そう声をかけてくれたのは、屋敷の使用人さん達だった。

 みんな、ホッとした顔をしている。

「みんな大丈夫だったの? 怖くなかった?」

「はい。ルナ様、オルト様達が守ってくださいました。私、人が土みたいになるの初めて見ました。ビックリしました」

 まあ、確かに土の人形が、あんな動きするなんて、普通は驚くだろうな。


「リリィ姉様。傀儡ググツは、10体襲撃してきました。私が全て対処しました。メンバーズの9人は、ガルド様の配下の方達と一緒に屋敷の警備につかせ、これに対処いたしました。言辞ゲンジ様には、ルナをつかせてお守りしていました」

 こちらの方は、何の心配もなくて安心した。

 先に、人員を配置したのか?

 お陰で先手を打って守ることができたのだろう。

 

「ありがとう。オルト、世話をかける」

「いいえ。姉様の大事なご家族ですので」

 嬉しい事を言ってくれる。


「しかし、姉様のところに、親方様が向かうの事が遅れてしまい申し訳ございません。親方様は、こちらの手配をして直ぐに向かわれたのですが……」

 オルトは、優しい奴だ。

「いや、私が訓練に夢中で油断していた。まさか、皇国内で刺客に会うと予想してなかったからな。元暗殺部隊の人間が、こんな失態をして。お前達にも恥をかかせてしまったな」

 

「無事に目も覚めたなら安心だな。言辞ゲンジ殿、後は任せてよいかな?」

 親方様が言った。

「はい。お世話をお掛けしました」

「いや、造作ゾウサもないことだ。そなたとリリィには怪我が完治するまで、このオルトとルナを付けておく。ガルドに話は通してある。リリィには、しばらく静養させよ」

「はい。親方様、ありがとうございます」

 言辞ゲンジの感謝の言葉を聞いた後、部屋を後にされた。

 私達は、親方様の配慮に感謝した。


「では、旦那様、リリィ様。私共は屋敷の仕事に戻ります。何かありましたらお声がけください」

「うん、わかった」

 言辞ゲンジが返事をした。


「リリィ様」

「リリィ姉さま」

 訓練生の二人も安心した顔をしている。

「二人には、みっともないところを見せてしまったな」

 私は元気のない二人に声をかけた。

「いいえ。そんなことは、私達を庇う為に。姉さま、申し訳ございませんでした」

「リリィ様、私は身動き出ず、お恥ずかしい」

 二人は、うな垂れていた。

「みんな無事でよかった。二人とも、親方様に感謝を忘れずにな」

「はい」

「はい」

 二人も部屋を退出した。

 

 寝室には、私と言辞ゲンジとオルト、そしてルナが残った。


「ねえ。姉さま」

 と、ルナが私に声をかけた。

「なんだ? まだお前は、部屋の外に出ないのか? まさか、言辞ゲンジと私の二人の部屋にいるつもりか?」

 私は意地悪なことを言ってみた。

「ひどいぃ。あのねぇ。私の旦那がねぇ。ガルド隊長に、こっ酷く怒られたんですからぁ? 今回の事で」

 まあ、そうだろうな。

 刺客の侵入を許したのだ。

 しかも、対応も後手に回ってしまった。

 親方様が動いてくださっていなければ、私達は二人とも死んでいた。

 屋敷の人間も同じ運命だったろう。


「私に文句を言われても困るのだ」

 私はプイッと横を向いた。

「まあ、二人とも」

 言辞ゲンジが私達をなだめる。

「ねぇ、言辞ゲンジ様ぁ。姉さまには、もうちょっと優しくして欲しいですよねぇ」

「あははは」

 言辞ゲンジは、困った顔をした。


「リリィ姉様。今回の侵入には、あの転移魔法が使われた可能性があります」

 オルトが説明してくれた。

 オルト、ちょっと空気を読もうか。

 

「やはり、そうか?」

 以前の皇国首都爆破のテロ行為にも、転移魔法で侵入してきた魔導士達が仕掛けたものだった。

 もちろん、下手をすれば魔導士達ごと、どこに飛ばされるかわからない。

 それほど、帝国も当時の魔導士達も、追い詰められていた。


 しかし、その後は、相互監視条約で、簡単に使えないようにしてあったはずだ。

 突然転移してくるのであれば、いくらガルド達でも防ぎようがない。

 

「やっぱり、戦うことになるのかなぁ?」

 言辞ゲンジが、つぶやいた。

 

 さすがに、平和な国で育った言辞ゲンジでも、二人して刺客に襲われるのを現実にして、それを実感せざるを得ないと感じているようだ。

 もちろん、私と一緒になる決めたあの日から、覚悟をしていたのだろうけど。

「後悔してる?」

 私は、今更ながら訪ねてみた。

「いいや、全然。ただ、してきたことを反省して、仲良くできたらなぁと思ってたけどね」

 言辞ゲンジは、さわやかな笑顔で答えた。

 

「では、姉様。私は言辞ゲンジ様と行動を共にします。ルナは姉様と。二人一緒にいるときは、どちらかがひとりに。交代で休みを取ります。ガルド様配下の常駐されている警備の方は、いつも通り。メンバーズは、彼らのサポートに回ります。それでよろしいですか?」

「世話をかけるな、オルト。ルナ」

 私は、二人に礼を言った。

「よろしくお願いします」

 言辞ゲンジも礼を言った。


 オルトが先に部屋を出た。

 刺客としてやってきた傀儡ググツを全部始末したのはオルトだ。

 疲れてはいないだろうが、先に休ませてあげた。

 フェイス、ガルド達への報告もあるだろうし。


 

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