隣国の優しいお医者様

 馬車が止まった。

 屋敷に到着したようだ。


 屋敷からは、旦那の言辞ゲンジがすっ飛んできた。


「リ、リリィ! だ、大丈夫か? 怪我は、怪我はないのか?」


(うるさいな。怪我したから医者を呼んでくれって、知らせてるはずなんだけど)

 馬車の扉が、言辞ゲンジのせいで開けられない。


言辞ゲンジ様、直ぐお医者様にお見せしますので、どうか扉の前を……」

 馬車を操作していた元暗殺部隊の子が、困った顔をしていた。

「あ、ご、御免」

 慌てて、扉の前から離れる内の旦那様。


「もう、静かにしてくれないか? 恥ずかしいのだ」

 私は、つい怒ってしまった。

 心配してくれているのは十分わかっているのだけれども。

 世間の女性からしたら、女性らしい心理を持ち合わせていない私だけれども、流石にこれは恥ずかしいのだ。


「あ、この方は? もしかして?」

 言辞ゲンジは、親方様にようやく気が付いた。


 失礼な奴なのだ。

 

「お初に目にかかる。では、正確ではないかな。直接に逢うのは2度目か3度目だな」

「あなたが、リリィさんが慕っている親方様ですね?」

「ふむ。そうだ」

「予想通りの方だ。よかったー」

(何なのだ? その『よかったー』の感想は?)

 

「あ、あの、お医者様に見せたいので……」

「あ、ご、御免」

 また、旦那様は叱られた。

 何のコントなのだ、これは?

 

「あ、あれ、何その布? 何が出っ張ってるの?」

 はこばれる私を見て、言辞ゲンジが心配して尋ねてきた。

(ああもう、うるさいなぁ。私、怪我してるんですけど)

 痛みに耐えて来ていたので、逐一言い返す気力も湧いてこない。

 

 親方様は気にせず屋敷の中に入ってくださった。


「お待ちしておりました。こちらに」

(手配して待機してくれていたお医者様かな?)

 手当する為の部屋へ運ぶよう案内された。


 親方様はベッドに私を寝かせると、私を囲っていた布を取ってくださった。


「あああ、何か突起が?」

 目を白黒させる言辞ゲンジ


(ああもう、本当にこの人はぁ)

 自分の新妻が、お腹に長い針のような剣が突き刺さってたら、それは驚くでしょうよ。

 私もわかりますよ。

 でも、手当してからにして欲しいのだ。


 旦那様のリアクションのせいで、余計に傷が悪化しそうな気分になる。

 

言辞ゲンジ殿、お任せください。これから手当しますので、あの親方様とお呼びすればよろしいのでしょうか? この針のような剣を抜いて頂きたいのですが、お手伝いいただけますか?」

「構わぬ」

 そういと、親方様は、さっと針のような剣をお腹から抜いた。


 出血の方は、それほどではなかった。


「ふむ、本当に臓器への怪我は無いようですね」

 医者は、少し驚いていた。

「でも、痛かったでしょう?」

「当たり前なのだ!」

 つい、いつもの口癖で喋ってしまった。

「すいません、お医者様。失礼いたしました」

 私は直ぐに謝った。

「ははは。大丈夫です。では、手当を始めましょう」

 お医者様は、直ぐに手当に取り掛かった。


「え? ここでするの? こんな酷い怪我なのに? ここで? 手術室は? 集中治療室は? CTスキャンは? レントゲンは? 麻酔は? 献血は? 検温はぁ? アレルギー検査は?」


(ああ、もう。本当に、この人は……)

 

「大丈夫よ。こんなの唾つけつけとけば治るの! 邪魔になるから部屋の外で待ってて!」


 暗殺の家業をしていた私達にとっては、手足が切り落とされることだってあるのだ。

 これくらいの事で、大騒ぎなどしていられない。

 だが、言辞ゲンジにとっては、普通の事態ではない。

 早々経験することはない事なのだからしょうがないのだけれども。


言辞ゲンジ殿、私は戦闘中の最前線の野営所で、このような手当を何度も経験しております。設備があろうが無かろうが、そこにある物で対処してきました。皆無事に祖国に生きて帰しております。ご安心下さい」

 お医者様は、そう言って、うるさい言辞ゲンジを安心させて、部屋の外で待つように促してくれた。

 とても冷静に対処する人だな。

 

「さぁ、旦那様。リビングの方で待っておりましょう。お茶を用意しておりますので、まずは落ち着かれてください」

 そう言って、旦那を連れ出してくれるのは、あのメイドさんだった。

 お城の時に世話になった人。

 気遣いの出来る優秀なメイドさんなのだ。


 うちの旦那は、メイドさんや使用人さん達に引きずられるように退場していった。


「騒がしいな。お前の旦那様は」

 親方様に、からかわれてしまった。

「はい。お恥ずかしい限りです」

「まあ、無理も無かろう」

 確かに。


 手当に当たってくれているお医者様は、どこのお医者様なんだろう。

 この国の服装とは、違うようだ。


 手当を受けながら尋ねた。

「あの、失礼ですが、どちらの国の方ですか?」

「はい、皇国とは繋がりのある国です。今は、そう申し上げさせていただきます。私は、医学書を書いて出しておりまして、その改訂のアドバイスを頂きに伺っておりました。言辞ゲンジ殿とは、私の知り合いと縁がありましてね」


 そう言えば、言辞ゲンジが、珍しく医学書を手に入れて読んでいたのを思い出した。


 言辞ゲンジが、いつも以上にニコニコしながら難しい本を読んでいた。

『そんなに難しい本を、何で嬉しそうに読んでいるのだ?』

 と尋ねたら、ビクッと反応した。

『な、なんでもないよぉ。へぇ、医学書だなぁって、面白く読んでいただけだよ。本当だよ』

 

(んん?)


 その時の言辞ゲンジの反応は、何か怪しかった。

 重大な秘密でも隠しているような。

 

『何なのだ? その反応は? 何か隠しているのなら、今すぐ吐くのだ!』

 私は、首をつるし上げて聞き出そうとしたが、何度も『なんでもないよ。なんでもないよ』を繰り返すばかり。

 今は無理して聞き出すことでもないと判断して、当時は、そのままだったっけ?

 後で友達のメイにも言辞ゲンジの反応を伝え、どういう事かを尋ねてみた。

 

 でも。

 

 『んー。わかんない。……。かな?』と視線を外し答えをはぐらかされた。


「あ、あなたが、あの医学書を?」

「ええ。書いてみないかと、ある方に薦められましてね。出しては見たんですが、国によっては手当が異なっていたりするものでして、その注釈を書き加えたいので、言辞ゲンジ殿の元に。その時、リリィ様のお怪我を聞いて」

「そうでしたか?」

「これも、何かのご縁ですかね? はい。これで大丈夫でしょう。傷の塗り薬は、皇国内で手に入る物で大丈夫でしょう。用意しておきました。炎症が起きない様に、この薬草を煎じて飲み続けてください。あのメイドさんにも申し伝えてあります。外側の傷は縫っておりますが、直ぐに塞がるでしょう。消毒と炎症止めは忘れずに。そして、くれぐれもご安静に」

「そこは、心得ている。医者に手当てしてもらうのは何年ぶりだろうか?」

「ご苦労為さって来たのでしょうね。いや、これは悪口になってしまいますかね?」

「いや、元の世界はそういう世界だったのだ。しょうがないのだ」

 城内に戻れば、それなりの医者にも見てもらえるが、任務中の時は無理だからしょうがない。


「ではリリィ様、ごゆっくりと。親方様、後はお任せしてもよろしいでしょうか?」

「うむ。何かあれば直ぐに呼びに行く。言辞ゲンジ殿が落ち着いている様だったら、こちら来るように伝えて貰いたい」

「かしこまりました」

 とても丁寧で優しいお医者様だ。

 どんな貴族の家系なんだろう?

 この奥方様は、きっと幸せだろうな。

 

 

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