不穏な足音

「親方様。……。戻っていらしたんですね?」


 私は、みっともない格好で親方様と再会した。

 体を長い針のような剣に貫かれて壁に固定され、他の二人はただ眺めているだけという情けない状況だった。


 私は、あのアルキナの死体がどうなったか気になって確認した。

 それは、親方様に踏みつけられた後、ただの土塊ツチクレになっていた。

 アルキナを倒したと思ったが、あれは本人ではなかった。

 人間でもなかった。

(やはり、あれは傀儡ググツだったか? それにしても、かなり強い奴だ。帝国は、こんな物が作れるのか?)


 言辞ゲンジと私の件依頼、帝国は転移魔法を使用していない。

 転移魔法を使用するには、相当数の魔導士を集めたり環境を整える等の準備がいるからだ。

 

 監視対象にされている帝国には、それが出来ないはずなのだ。

 だが、違う使い方なら、バレずに使えているかもしれない。

 私は魔法に詳しくないが、あの大聖堂自体の力に、少し力のある魔導士がいれば、かなりの事が出来るらしい。

 フェイスは、それも監視対象にしたかったようだが、流石に各国の抵抗にあって実現できなかった。


「待っていろ。直ぐに下ろしてやる」

 親方様はそう言うと、私の近くに飛び上がって私ごと、壁から剣を引き抜ぬいた。

 そして私を抱え、ふわりと下に降りた。


「お前は近くの街に行って馬を借り、先に屋敷へ向かえ。そして、医者を呼ぶよう手配しておけ。それから、お前は荷物を纏めて馬車に積め。直ぐに屋敷に向かう」

 親方様は、特殊守備隊の子を先に屋敷に向かわせ、元帝国暗殺部隊の子には馬車の準備を指示された。


「はい、助けて頂きありがとうございます。直ちに向かいます」

 特殊守備隊の子はそう言うと、自分の荷物を担ぎ急いで街へ向かって行った。


 親方様は、アルキナだった土塊ツチクレをしばらく見ていた。

「親方様、何か気になることでも?」

 親方様が考えにふけっておられる時は、大抵何か重大な事がある時だ。

 

「まさかな。いや、何でもない」

 親方様は、何か気になされたようだが、この時は私達に話すことはなかった。


「親方様。姉さまは大丈夫ですか?」

 元帝国暗殺部隊の子は、準備をしながらも心配そうに尋ねてきた。


「殺すつもりはなかったようだ。問題はない。ただ、早く治療したに越したことはない。急げよ」

 私を抱きかかえながら、親方様は馬車に乗り込んだ。


 私は、刺客たちが言辞ゲンジの所に向かったのが心配でならなかった。

 

「親方様、言辞ゲンジの所にも刺客が。私は、何とか自力で戻りますので、どうかそちらに」

 ガルドの配下の者がいるだろうが、あの傀儡グツツは強い奴だ。

 数で攻められていたら、常駐している人数では手に負えないだろう。

 心配でならなかった。


「リリィよ、問題ない。以前、皇国の首都爆破を防ぎに一緒に行った奴等が到着している。あ奴らなら心配いらぬだろう?」

 と、親方様は私を安心させるように答えて下さった。

 

 私は、ホッと胸をなでおろした。

 

(あいつらか? あいつらなら例え1人でも傀儡ググツ相手に負けない。あの連中なら)

 あの時は、11人いたが、その内の1人は、しばらくして皇国に戻って住み着いていた。

 だが、残りの10人も強者ぞろいだ。


 恐らく皇国に乗った1人も、その10人と行動を共にしているだろう。

 

「親方様、申し訳ありません。お手数をお掛けして……」

 私は恥ずかしかった。

 

 帝国時代の時は、こんな失態はしていなかったからだ。

 言辞ゲンジと一緒になる道を選択し、私は気が弛んでしまったのではないかと自責の念に駆られていた。


「リリィ、気にするな。お前が弱くなったのではない」

 親方様は、優しく慰めてくださった。


「家族を持てば、庇わなくてはならないものが増えてくる。それゆえ、小回りが利かないと感じて、自分が弱くなったと感ずる事もある。だが、お前も結婚してわかっただろうが、守るものが増えた分強くなっているのを感じているだろう?」

「そ、それは」

 確かに思い当たる。


 以前の私なら、2人を庇うことなく刺客を始末していただろう。

 1人を犠牲にしてでも、刺客を始末する方を優先していた。

 

 だが、私は無理をして、2人共助けようとした。

 結果、私は串刺しになってしまうという、みっともないことになってしまったのだが。

 

 彼らは二年か三年もすれば、守備隊隊員として頼りになる人材へ育つだろう。


 それに、1人は、あっけに取られて動けなかったが、私を助けようとしてくれた。

 皇国と私は、2人の忠誠心のある隊員を得ることになる。


 私は串刺しになっちゃったけど。


 馬車の揺れは、傷に響く。

 携帯している麻酔性の高い薬草で痛みを抑えようとも考えた。

 だが、痛みを誤魔化しては医者に診てもらう時に困るだろう。


 揺れるたびに痛いのだが、我慢するほかない。


 しかし、その揺れから私を守るように、親方様は抱きかけてくださった。

 帝国時代には、ありえなかった光景だ。

(なんて、お優しい腕なんだろう。お腹の痛みさえなければ、どんなに良かったか)

 こんな事を考える様になれたのも、言辞ゲンジと結婚することを選んだからだろう。

 清潔な布で体を覆い、目立たぬようにしてくださっていた。


 もちろんこんな失態は、帝国時代にはしたことがないが。


(親方様が、戻って来て下さった。嬉しいけど、何かあるんだろうか?)

 私は、痛みに耐えながら、親方様に尋ねた。


「親方様、皇国に何が起きる気配でもあるのですか? 親方様が、来られなければならないほどの事が?」


「ふむ」


 相変わらず親方様の表情からは気持ちを察することが出来ないが、優しく私の目を見て話してくださった。

「近々、大きなイクサが起きる気配がある。今回のお前と言辞ゲンジの所への襲撃はその始まりとなる」

 

 帝国は、私と旦那の言辞ゲンジの事を、相当怨んでいるようだった。

 

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