元最強暗殺者だった人妻リリィ。家庭平和を守るため、旦那と一緒に帝国のクローン&傀儡(ぐぐつ)部隊に徹底抗戦いたします。

日向 たかのり

第一章 帝国の牙(言辞とリリィと皇国の危機)

挨拶

「そこっ! 踏み込みが甘い! 何度言ったらわかるのだ? それからお前! 剣の切っ先にまで意識を向けて振り抜けって言ったろ?」

 

 私は、リンド皇国特殊守備隊の底上げを行う為、フェイスとガルドから教育係に任命されて、若手を訓練していた。

 皇国の特殊守備隊の若手と、元帝国暗殺部隊で一部皇国に残った若手だ。


 場所は、皇国の首都からかなり離れた場所にある古い建物の近く。

 場所の選定は、特に意味はない。

 通常の訓練とは別で、任意の選抜か志願してきた隊員を対象に、私は訓練を付けることになっていた。


「はい! リリィ姉さま!」

 私を姉さまと呼ぶのは、元帝国暗殺部隊の一人の方だ。

 ただ、皇国首都爆破阻止の時には、この子は参加していない。

 あの十一人の内に入るには、流石に厳しいのだ。

 

「もう一度初めから」

 私は、その子に再度同じ動作をして練度を上げるように指示をした。

 この子達は、親方様を追って皇国に来た。

 親方様は、皇国には残ってくださらなかった。

 変わりと言っては変だが、この子達の数十名は皇国に残る事を選択した。

 そして、この子達を守備隊の増員メンバーにとフェイスが提案してくれたのだ。

 

「リリィ様。申し訳ございません。また、見て頂けますか?」

 もう一人は、皇国の特殊守備隊の若手の男性だ。

 最初は、基礎訓練の前でへばっていたのに、ようやくここまでの動きが出来るようになってきた。


「激しい動きの後でも、切っ先に意識を持っていないと、相手に振り払わてれしまう。特に、暗殺剣を相手にする時は。私達は、騎士達の様に決まった型を持っていない。皆、独自に編み出した型だ。私の場合は、こんな風に剣を払いのけて喉元に『ドンッ!』と、こんな具合に」

 私は、彼に剣を向けさせて、どう切り込んでこられるかの手本を見せてやった。

「うぅ! な、なるほど」

 喉元に私の剣を突き付けられて、ようやく納得した様子だった。


「剣に毒が塗ってあれば、切っ先だけでも触れることが出来れば、暗殺者の勝なのだ。忘れるな!」

「は、はい。リリィ様」

 

 

 私は、ガルド達と同じ剣を二本使っている。

 別に二刀流に拘るわけではない。

 幼い頃から叩き込まれた暗殺剣は二刀流だったから。

 

 前は短い剣だったが、今は親方様と同じ様な長剣になった。

 体の方も、皇国に来た当時よりも少し成長した。

 剣の種類にもこだわりがあるわけでもなかったけれど、どこかで憧れているのだろう。

 

 ガルドには、『その長い剣だと、お前の親方様を思い出すな』と言ってくれた。

 

 嬉しかった。

 

 あの頃は、体が小さかったのもあって長い剣は持たなかった。

 成長した今は、振り回しても力負けしないぐらいになっていた。

 

 

「二人とも、通しでまた同じ訓練をするぞ。始めなさい」

 一つ一つを分解してやる分には、二人共十分にこなせるのだ。

 しかし、流れでやると、途中や最後の方では緩みが出て、動作が雑になってしまうのだ。

 これは、何度も繰り返すしかないと、私は思って訓練をしている。


「ん?」

 

(さっき、妙な気配がしたような? 気のせいか?)

 私は周りを見回してみたが、特に異常は感じられなかったのでに二人の訓練に意識を戻した。


「!」


 私はその瞬間、飛び上がって訓練生の二人を突き飛ばしていた。

 態勢を崩し、下に落ちていく二人。


 しかし、私はそれを確認する余裕がない。


 殺気を感じた方向に顔を向けながら姿勢を僅かに変えると、そこには仮面を被った男が、長い針のような剣を私の体に突き立てていた。


「グッ!」

 とっさに体が動かしたが、かなりの手練れなのか、かわすことが出来なかった。

 私は、串刺しのまま刺客と一緒に屋敷の壁に叩きつけられた。


「グ、グゥ!」

 私は、同時に持っていた剣を壁に突き立て、体がずり落ちない様に両手で支えた。

 そのままでは、体が引き裂かれてしまうからだ。


(だ、誰だ? こいつ?)

 ようやく私は刺客を確認した。


(こ、この仮面は? あいつか?)

 仮面越しなので相手の顔はわからないが、その仮面を付ける奴の事は知っている。

 

 忘れるわけはない。

 

 こいつは、『帝国の牙』アルキナ。

 

 帝国皇帝お気に入りの帝国暗殺部隊予備隊隊長のアールキナーティオ・ディーレクトゥスが付けていた仮面だ。


「き、貴様ぁ。何のつもりだ――!」

 私は、身動きが取れない中、そいつを恫喝した。


「ハハハハハ。リリィちゃん。久しぶりだねぇ~! 僕の事、覚えていてくれたのかい? 会いたかったから、来ちゃったよ~」

 アルキナは仮面を外し、気味の悪い笑い声をしながら言い放ってきた。


「嬉しいなぁ~。僕の予想通りに、ちゃんと仲間を庇って身代わりになってくれた。しかも、上手に急所外すようかわしてさぁ。リリィちゃんなら、ちゃんと殺されない様に、僕の剣を受けてくれると思って遠慮なく突き立てられたよぉ」

 

 アルキナは、そう言うと、また「ハハハハ」と高笑いした。

 

(こ、こいつ、ふざけやがって!)

「何のつもりかと、聞いている! 答えろ!」

「ええ? ちょっとした、挨拶だよ。悪ぃ? これから面白事が起きるからさぁ。その『ア・イ・サ・ツ』。分かる?」

 ニタニタと気持ち悪い笑顔をしやがる!


「何の挨拶だ!」

「それは、これからのお楽しみ。もうちょっと待っててね」

 何を聞いても、アルキナは同じ事しか返してこない。

 

(こいつ、人間なのか?)

 

 突進してくる時も、微妙に変な姿勢をしていた気がする。

 質問の答えも、なんだかパターン化している。


 下に落ちた訓練生の二人が、ようやく体制を立て直して私の方を見た。


「あれ? 姉さん!」

「リ、リリィ様?」

 

 二人共、壁に串刺しとなっている私見て、あっけに取られている。


「何をボッとしている。剣を構えろ! 周りを警戒しろ!」

 私は、アルキナを見据えながら二人に激を飛ばした。


 だが、刺客はこいつしかいないようだ。

 もし、集団で来ていたら、私達は全滅していた。


「ね、姉さまから離れろ!」

 元帝国の子は、怒りをあらわにしていた。

 剣を持つ手が、わなわなと震えている。


「落ち着け、馬鹿者! 串刺しにされている私より冷静さを失ってどうするのだ! お前達では、二人がかりでも勝てないから、余計なことをするな!」

 流石に元身内の人間が危機にさらされているので、ショックは尋常ではない。

 

 皇国出身の訓練生の子は、何故この状態なのが呑み込めていないようだ。

 

 無理もない。

 

 私も、壁に串刺しで固定されるのは、人生初だからな。

 

「いやー、リリィちゃんは冷静だね? さすが、『冥府の舞姫』だね。死にそうになっても平気な顔してる」

 ニヤニヤとしているが、目が笑っていない。

 もともと、おかしな奴だったから、今さらという感じだ。


「僕、昆虫採集が好きでさぁ。捕まえた虫をピンでとめて箱に綺麗に止めるんだ。今は、チョウを集めていてさぁ。そうだリリィちゃん。もし死んじゃったら、一緒に飾っても良い? 良いのねぇ? リリィちゃん美人だから、きっと素敵だよぉねぇ」

 

 相変わらず不気味なことしか言わない奴。


「そうそう。君の旦那さん? 言辞ゲンジ君っていったっけ? 異世界から来た腐れ小説家。元の世界では売れなかったくせに、こっちの世界で好き勝手書いてくれちゃってさぁ。あいつの所にも、挨拶に僕の仲間が何人か行ったから。今頃、どうなってるのかなぁ? 想像できるぅ? 楽しみだよねぇ?」


 それは当然予想できることだ。

 帝国から私に刺客が来るという事は、この私を皇国に呼び寄せた言辞ゲンジにも、当然キバが向かう。

 だが、今の私には、どうすることも出来ない。


 屋敷は、ガルドの部下達が警備しているはずだ。

 彼らを信じるしかない。

 

「でも、このままでいたら、リリィちゃん死んじゃうよねぇ? そこの二人は、どうするのかなぁ?」

 アルキナは、首を変な角度でまげて、二人を挑発し始めた。


 不味いな。


 そして案の定、元帝国の訓練生の子が堪え切れずに飛びかかって来た。


「姉さまから……! 離れろ――!」


 アルキナは、不気味な笑顔のまま、目だけを向けていた。

 間合いに入ったら、切りに行くつもりだ!


 私は、死ぬのを覚悟した。

 この長い針のような剣を抜かずに動こうとすれば、体がただでは済まないだろう。

 そして、その状態で動けるのは一瞬だけだ。

 

 こいつが飛びかかり、私が力尽きるまでの一瞬の間。


 アルキナは、その訓練生を殺そうとして、今にも飛びかかって行こうとしていた。


 (言辞ゲンジ、御免。ここで死ぬことになるなんて。あなたに救ってもらったのに。御免)

 

 その覚悟をし動こうとした時、アルキナは地面に叩きつけられ、首をへし折られて息絶えていた。


 その人は、アルキナの首を足で踏みつぶしていた。

 私が、その人の後ろ姿を忘れるはずがない。


「あ、ああ……」


 私は、嬉しさのあまり、涙が溢れ出そうになった。


 

 そのアルキナを首を踏みつぶして倒した人は、親方様だった。

 

 

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