第8話 大団円

 放射冷却という発想は、コウモリが出すと言われる、

「超音波」

 というところから始まった。

 コウモリが持っている、超音波というものと、絶対零度の物体以外が持っていると言われる電磁波というものが、どのように結びついてくるのかというところまでに辿り着くには、かなりの時間をようすることになったのだが、

「コウモリを見ていると、地球外に知的生命体がいたとして。やつらは、果たして、人間を意識するのか、それともコウモリを意識するのだろうか?」

 と考えた。

 それだけ、コウモリというのは、他の動物から隔絶しているので、分からない部分が多い。

 それは、密かに、コウモリという動物が人間よりも発達した知能を持っており、それを知られると、人間から滅ぼされる可能性を考えたからではないだろうか。

 それだけ人間という動物は、

「自分たちのような知的生命がこの地球上に存在することを決して認めようとしないだろう」

 と、コウモリが思っているのだとすれば、それは、人間が知的生命体に感じるのと同じ考えではないだろうか?

 コウモリからすれば、人間という生き物の存在は分かっているので、人間が地球外生物の存在を分かっていないことよりも、切実な問題だ。

 そんなことを考えていると、長治にとって、

「コウモリの研究は学者として、絶対不可欠なことなんだ」

 と思うようになっているのだった。

 コウモリの研究というのは、意外と難しいものではなかった。

 一つコウモリというものを、それほど難しく考えないようにしていると、

「あるきっかけにさえ気づけば、そこから先はとんとん拍子だった。そのきっかけを与えてくれたのが、例の卑怯なコウモリの話だったのだ」

 といえるのではないだろうか?

 案外と近くに、ヒントは転がっているもので、コウモリの性格と、人間の性格が、

「卑怯」

 というキーワードで結びついたのだ。

「何だ、難しいことを考えずに、自分の奥にある欲望や本能を思い起こしていけばいいだけじゃないか?」

 と考えた。

 人間は、羞恥心があったり、変なプライドを持っているので、人間のそんな部分を、知っていながら、悪いことだと思い、それを他の動物の習性のようなものになすりつけるような形で架空の話を作り、いや、でっち上げ、それを、自分たちへの警鐘としてなのか、物語として封印しようと考えていたのだとすれば、人間の本質は、案外とそういうところにあるかも知れないと言えるのではないだろうか?

 それが聖書や、日本でいえば、古事記など。まったく交流のなかったはずの場所で、似たような話が存在するのは、

「元来、人間は一つだったのだ」

 と考えれば、理屈に合う。

 まさに、

「アダムとイブ」

 であったり、日本で言えば、

「イザナギ、イザナミ」

 の世界に入るのではないだろうか?

「タマゴが先かニワトリが先か?」

 という問題解決を、

「最初に作ったのは、神なのだ」

 ということにしないと、最初から辻褄が合わないので、ここから、神々の伝説としての、聖書や古事記の話が生まれて行ったのではないかという解釈を、長治は考えていたのである。

 コウモリの超音波と、放射冷却の電磁波との関係が分かってくると、

「コウモリを研究することで、冷凍保存の発想が生まれる」

 ということで、研究が佳境に入ってきた。

 そんな中で、一人の青年が殺されるという事件が起こった。

 これは、他の人には、

「ただの事故だと思えること」

 であったが、実は、長治の研究を盗もうとしていた人の子供だったのだ。

 子供だから、普通の交通事故として捜査されたのだが、そのうちに父親も失踪してしまった。

 警察は、そのことを関連付けて捜査はしなかった。

 しかし、ちょっと考えただけで、交通事故で亡くなった子供の父親が、数日後に行方不明になるというのはおかしいだろう。

 なぜ、それが分かったのかというと、子供の交通事故がひき逃げだったことで、警察が、ひき逃げ犯を追っていた。その犯人と思しき人の確認を、父親にしてもらおうと思っただけだったので、ただ連絡を入れたのだった。

 しかし、電話がつながることがなかったので、会社に赴いてみると、

「実は、三日前から、会社に来ていないんです。無断欠勤なんて今までになかったのに」

 というではないか。

 三日前というと、子供が亡くなってから、初七日の次の日からではないか?

 何かおかしいと思い、家に行ってみると、家はもぬけの殻で、奥さんは実家に帰っていたとのこと、奥さんに聞いてみると、

「子供のことで喧嘩になって、私は実家に帰ったんです」

 という、

「どういうことですか?」

 と聞くと、

「あの人は、息子が死んだのに、仕事のことばかりで、しかも、それを家族にも聞かれたら困るような話だったので、夫の仕事が子供の死に関係しているんじゃない? って問い詰めたら、あの人が起こって、私を叩くんです。私もキレちゃって、初七日が終わると、実家に引きこもりましたので、あの人が何をしているのか分かりません。影で何かをしているようだったので、そっちで何かあったんじゃないですか?」

 と、けんもほろろと言った感じで、奥さんはいうのだった。

 どうやら、この家庭は悲惨なことになっているようだった。

 子供のひき逃げ事件に関しては、それから少しして、犯人が自首してきた。

 その犯人というのは、実はまだ高校生で、友達数人と、酒を呑み、いわゆる、

「乱痴気騒ぎ」

 を起こしたうえでの飲酒運手を行い、飛び出してきた子供を轢いてしまったのだという。

 さすがに、無免許運転の飲酒運転を犯したうえでの、ひき逃げによる殺人ともなると、罪の重さははかり知れない。

 親が金持ちのいわゆるボンボンだったのだが、少々の事故であれば、親の力で何とかできるのだろうが、さすがに、これだけの重犯であれば、そう簡単にはいかないだろう。

 年齢的には17歳。未成年とは言え、ここまでの犯罪であれば、成人と同じ扱いになるだろう、

「下手をすれば、殺人の罪に問われる」

 いや、他の罪を重ねれば、それだけで殺人よりも重くなる。いわゆる、

「数え役満じゃないか?」

 と、冗談ではない話になるのだった。

 そんな事情があったので、なかなか自首というところまではいかなかったが、親が子供の様子がおかしいことに気づいたのだ。

 それまで、怖いものなしと言わんばかりの、いかにも、

「子供」

 だったのが、急に、かしこまったようになったのだ。

 おとなしいというよりも、何かを怖がっている様子に、父親もさすがに放ってはおけなくなり、最初はなかなか口を割らなかったが、

「そうか、じゃあ、何があったも、おとうさんは、お前の味方をしないからな」

 というではないか。

 これは父親から見放されれば、路頭に迷うだけではなく、強力な父親というものを敵に回すということを意味していた。それが恐ろしかったのだ。

 本当は息子は、長治の弱みを握っていて、脅しを掛けるつもりだった。そうすれば、巨額の金が舞い込んでくるという目論見だったものが、子供を轢いてしまったために、目論見が外れた。しかも、その子供の父親も、別のルートで、長治の研究を盗もうという組織の中にいたのだった。

 この時は分からなかったが、実は犯人の父親の、下部のさらに下部組織の中にいる、諜報やスパイを請け負っている人間が、死んだ子供の父親だったのだ。

 父親は、息子の仇を密かに探すことも考えていた。そして、息子の仇を討つことで、今後、スッパリ諜報から足を洗って、静かに暮らしたいと思うようになっていた。

 本当にそんなことができるかどうかわからなかったが、息子が死んだことで、父親は我に返ったのであった。

 そんな思惑が水面下で進んでいるなど、知る由もなかった長治は、自分の研究が明るみに出たのはなぜなのか、考えていた。

 それも、父親の目論見であり、ここからの混乱を予期してのものだった。

 だが、そのことも、すぐに長治の知るところとなった。

 他の人が想像もつかないところからのルートで、その話が漏れたのだったが、長治という男は、それでも、冷静に考えているのだった。

「この研究は、本当はもっともっと、検証を重ねなければいけない」

 と思っていた。

 だから、本来であれば、こんなところで簡単にバレてはいけないのだろう。

 しかし、長治は、

「そんなことは分かっていました」

 とばかりに、必要以上なことは考えていなかったのだ。

 至って冷静であったが、長治の中で、バレたらバレた時で、それなりに計画があった。

「バレたんなら仕方がない。このまま突っ走るしかないな」

 といって、自分が信頼のおける、

「ある組織」

 に、前々から話をしていた別の作戦を、打ち合わせ通りに行うことになったのだ。

 しかし、そのうちに、少し様子がおかしくなってきた。

 相手の、組織のトップのまわりが慌ただしくなってきたのだ。

 普通の人なら分からないだろうが、長治はそういうところに、結構頭が回るものであった。

「何かおかしい」

 と気づくと、少し、後ろに下がるような状況になってきたのだ。

 長治の研究は、以前から、いくつかの組織に狙われていた。しかも、それは日本だけではなく、海外の組織からもである。

 しかし、海外からは、細菌のパンデミックにより、外国との往来がうまく行かなくなり、海外の組織は撤退していった。今では、父親が諜報を行っている組織、つまりは、その親の親である、加害者側の親父の組織が、総元締めの組織くらいのものだった。

 長治の研究は、国家でも密かに気にしていた。

 だが、

「信憑性に欠ける」

 という意味で、国家の組織は、敬遠しているようだったので、実質、組織は一つだけになっていたのだ。

 長治はその組織の存在を分かっていた。

 といっても、被害者の父親である、孫組織の正体しか掴んでいなかったので、自分で、探ろうと思っていたようだ。

 その探りを入れながら、これまでの一人での寂しさを補うという意味で、長治が近づいたのが、

「交通事故で死んでしまった子供の母親」

 つまりは、実家に帰ってしまった、諜報員の奥さんだったのだ。

 子供があの場所でひき逃げに遭ったというのは、子供が母親の様子に気づいて、長治との密会をつけてきたことからであった。

 母親は当然分かっていた。父親とすれば、ウスウス分かってきた奥さんの、それまでの不思議な行動に、さすがにキレて、喧嘩になるというのも当然のことだろう。

 母親としては、さすがにショックは隠しきれなかったが、旦那の自分に対しての誹謗中傷に耐えられなくなり、旦那をなじった。

 当然お互いに喧嘩になれば、一歩も引くわけはなく、けんか別れになるのは当然のことだった。

 だから、実家に帰った母親に、刑事が、

「旦那さんが行方不明のようなんです」

 といっても、

「ああ、そうですか」

 と、聴く耳を持たないと言った様子だったのだ。

 警察もさすがに、これらの関係をおかしいと思い捜査を行うが、そのうちに、

「この捜査は打ち切り」

 といって上から圧力がかかったのだ。

 中途半端な状態で、ひき逃げ事件も解決しない、さすがにたまらないのは母親だろう。

 しかし、自分にも後ろめたさがあることから、それを警察に言うこともできない。夫が行方不明というのは、きっと何かを企んでいるのだろう。

「ひょっとすると、投げやりになって、私を殺して、他のことにもけじめをつけようとしているのだろうか?」

 と思い、急に怖くなってきた。

 母親も行方をくらましてしまい、彼女の母親から捜索願が出た。

 しかし、それから数日後に、事件は急転直下で、解決を見た。

 長治と奥さんの自殺死体が発見された。無理心中なのか、それとも、普通の心中なのか分からない。遺書もなければ、争った跡もない。それだけに、どちらとも取れる状況だった。

 ただ、奥さんは睡眠薬を服用していた。その上での服毒だった。

 男の方は毒を飲んでいるだけで、無理心中と言えなくもない状況だった。

 ただ、このために、長治の研究は、永遠に日の目を見ることはなかった。

「本来であれば、今世紀最大の発明と言われることだったのだろうが、実に残念だ」

 と、他の研究家から、死んでから、長治は評価された。

 それだけ、今まで長治は表に出ることはなかった。つまり、本当のコウモリのようだったのである。

「コウモリ屋敷」

 と称された長治の部屋からは、その奥に続く洞窟で、おびただしい数のコウモリが発見されたのだった。

 そして、その近くにいるのは、交通事故で死んだ子供の父親、諜報のプロとして長治を探っていた男だった。

 しかも、それだけではない。

 その発見されたコウモリというのは、

「夥しい数の、コウモリの死体」

 だったのだった……。


                 (  完  )

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夥しい数のコウモリ 森本 晃次 @kakku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ