第11話 堂主ルイス

 バルカから借り受けた従者四名と王国側から監視についた兵士五名とで、私は王都の様子を見るために町を練り歩いた。

 本当なら庶民の目とやらで町を見たいところではあるが、それは中々難しい。だから、せめて彼らに敵意を抱いていない様子を、仕立て屋テリーからもらったこの服装や態度で示す他ない。


 テリーの仕立ててくれた服は、見た目こそ町を歩く婦人たちのものと似た素朴なものではあれど、その生地に高級糸をあつらったことが見る者にはわかるもので、その上から王族の紋章を掲げる肩掛けを羽織ることで、自身の立場をはっきりと示した。

 町の人々からの敵意の目がやむことはなかったが、それでもそのうちの幾らかは、王都に来た時とは違い、好奇心や親愛に近い眼差しへと変わっている。どれだけ相手から敵意を抱かれたとしても、こちらから立場を示すことはその意思を削ぐ。私が噂に聞く蛮族ボゴロドとは全く違う人間であることを示せば、敵意も好意に変わる。

 商人の集う商店街では、いくつか実際に商品を手に取って、気になったものを購入した。商人にとっては客こそが正義である。私が彼らの品物にも興味があることを理解してもらえば、彼らの心を掴むのは容易い。


 それから礼拝堂の堂主にも、私がゴルージャの妻として同じように教会に敬意を払っているものと示そうとしたが、甘かった。


 礼拝堂に来た瞬間、堂主の眼を見ればわかった。あれは一筋縄ではいかない。


「これは王妃様、婚約の儀からすぐ、わざわざこんなところまで足をお運びいただきまして誠に恐悦至極」


 堂主は礼拝堂に赴いた私に恭しく頭を下げた。

 言葉尻こそテリーと同じようにへりくだってはいるが、その言葉には棘がある。


「へえ。蛮族ボゴロドの姫が礼拝堂に来るのはそんなにおかしなこと?」


 堂主のそんな様子に、私も思わず棘のある応え方をしてしまった。それがいけなかった。私は堂主から、その日一番の敵意の眼差しを向けられた。蛇のように冷たい視線。この視線は、戦場で撃ち抜くべき敵を見据える時のものとそう変わらない。


「貴方がた戦士の一族は、我々の神とは他の神々を敬っておいででしょう。神はどんなものもお許しくださいますが、あまりそれは褒められたことではない。ゴルージャ様も、お気の毒だ」

「私だけじゃなく、王子のことまで悪様に言うんだ? それをガスプ王が知ったらどうするだろうね」


 堂主は私の喧嘩腰の応答に、フンと鼻で笑った。


「どうもしませぬ。王もまた神のもとには平等。神との対話の場では王も人もございません。貴方が我々の神と対話する為に教会を敬う、と言うのであれば別ですが」

「それは勘弁。いや、未来のことはわからないけど、少なくとも今の私は戦士としての誇りを大事にしてるから。それは貴方が神との対話を大事にしている感情と同じだと思うのだけれど、わかりあえない?」

「少なくとも神に背を向ける者に、私は選ぶ言葉をあまり多くは持ちませぬ」

「そっか、邪魔したね」


 なるほど。これは随分と厄介な相手だ。


「一応名を覚えておこうと思うんだけど、貴方名前は?」

「ルイスにございます」

「そっか。ルイス、また夫のゴルージャと一緒に礼拝堂に来るかもしれないけど、その時は王子の付き添いとして、今よりは手厚くもてなしてくれることを期待するから」

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