第10話 教会と王子

 教会は古くから大陸に存在する大きな宗教一派だ。その教義を抱えた国々が大陸には多く乱立し、それを束ねる大教会ギネヴァーという権威が大陸には存在する。

 ガスプ王たちと共にこの地にやって来た豪族の配下にはその教会の教えを当たり前のものとして享受してきた人々が少なくなく、実際に王都の半数以上が都にも存在する教会の礼拝堂に通っているらしい。


「王国の記録を昨日読んだんだけど、ガスプ王たちはむしろ、その教会の支配から逃れるたむにこの半島に来たみたいだけど?」


 私は昨夜のうちに図書館にあっためぼしい本にあたりをつけ、王国の在り方を知るのに参考になりそうな書物や記録を読ませてもらっていた。その中に王家が大陸から半島に渡ってきた記録があり、そこにはガスプ王の一族が大教会ギネヴァーと揉めた末に国を捨てたことが書かれていた。


「王族の方々と、それに従いこの国に住まうことになった庶民の感覚は別にございます。それに、王族もまた大教会ギネヴァーとの交わりをやめたわけではございません。今でも大陸に使者を送り、大陸から王国へも教会の使徒が派遣されていますゆえ。この町の礼拝堂の堂主どうぬし様も教会の使徒でございます」

「そっか。でも、その辺はゴルージャやガスプ王みたいな王族に直接聞いた方が早そう。王国と教会の交わりとかはどうでもいいから、とりあえずは庶民の感情が知りたいな。あなたも教会に?」


 私の問いにテリーは頷いた。


「はい。わたくしも母に倣いまして、幼き頃より礼拝堂で神の御言葉を耳にいたします。それに教会での交わりは町の人々との交流ゆえ、反故にすれば鼻つまみ者、という面もございます」

「教会に通うのが普通。そうじゃないのは変わり者ってことか。ウチの一族じゃ、戦士のクセに日々の訓練を怠りでもしたら白い目で見られる、どころか追放もあり得るのと同じ」

「厳しいのですね」

「いついかなる時も戦いのことを考えていないようじゃ戦士失格だからね。その辺りは相互に監視し合うんだ。あなたたちにとって、教会ってのはそういう存在ってことね」


 生活そのものに根付く慣習は厄介だ。そこから外れる者は裏切り者であり、良い感情は持たれない。


「実は王妃様の夫、ゴルージャ様も時折ですな町の教会に足をお運びくださります」

「そうなの?」


 そんなこと、ゴルージャからは聞いてなかった。そもそもあまり教会との関わりについて王や他の王宮の人間からも話を聞いていないのだから当たり前か。もしかしたらそっちを先に探った方が良かったのかもしれないが今更だ。それは今後の課題としよう。


「ええ。王族の方々や王宮に住まう方の多くは王宮内の礼拝堂にて神との対話を行うようですが、ゴルージャ様は月に一度ほどのペースで町の教会に顔をお出しくださるのです。勿論、従者と兵士を引き連れてですが、そこでゴルージャ様が町の様子をお聞きになって笑う様子を見るのは皆にとって楽しみなものでございます」

「へえ、あいつがね」


 ここで意外な収穫だ。私は少しばかりゴルージャを見直した。どういう思惑かは知らないが、少なくとも王都の人々の人心掌握のためになる行動をゴルージャは選んでいる。

 私には、それは王都の人々を信用していないかのように固く王宮の扉を閉ざすよりも、好ましい姿のように思えた。


「王妃様。お話の途中ではございますが、服が仕立て上がりました」


 店の奥から出て来た店子の報告を受けて、テリーが言った。


「うん。何となく聞きたいことは聞けたかな。後は自分の目で見て判断するよ。礼拝堂にも足を運ぼうと思う」

「それは良きお考えにございます」

「色々とありがとう、テリー。また今度お話しようね」

「もったいなきお言葉です。それでは、お気を付けて」

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