第9話 仕立て屋テリー

 次の日の朝、王都についた時に訪れた仕立て屋に赴いた。あの時は戦士として、王国に媚びる姿を見せるわけにはいかなかったので、戦士側の正装にのっとったが今回は都を見て回る。つまり相手はこの国の市民である。悪感情を抱かせないことが第一だ。というわけで、私はあの時は無視した王国側の文化に近く、かつ格式張りすぎていない服を仕立て屋に望んだ。


「流石は王妃様。素晴らしいお考えです」


 仕立て屋の男は私のその説明に強く感動したようで、かなり真剣に服を選んでくれた。細長い手足でテキパキと服を一着一着丁寧に吟味している。その様子からもこの仕立て屋がかなりのベテランであることがうかがえる。王子の婚姻相手の服を仕立てる王族御用達に選ばれた男であるのも頷ける。


「王族の一員であることが一目でわかる肩掛は必要でしょう。女性は一歩後ろをつくことを好まれていますので庶民はそうした装飾をあまり好みませんが、流石に王妃様は別ですね」

「あ、それやっぱそうなの?」


 仕立て屋の言葉に少し納得した。馬を引いて王宮に向かうまでの間と、今日王宮から仕立て屋まで向かう道すがらでだけだが、都の様子を見るにあまり女性が前に出て働く様子は見えなかった。それに王宮の兵士にも女性は一人もいなかった。

 戦士の一族キルヴァリアでは特に男女で優劣が変わるということはない。歴代の氏族の長にも女性が多いし、戦馬車に乗り戦場を生き抜く力に男も女もない。


「教会の教義がありますから」

「教会。大陸から来た神様だっけ。一族じゃ戦士の神々がいるけど、それと全然違う」

「ええ。この世界を統べる大いなる御方が我々をいつも見守ってくださっているのです」

「なるほど。その教会の教義っての、服を仕立ててもらう間もう少し詳しく教えてもらってもいい? えっと」

「わたくし、テリーと申します。以後お見知りおきを。もちろん、王妃様のためなら喜んで」


 テリーはぺこりとうやうやしく頭を下げた。


「わたくしも教会のものではございませんから、正確なところをお教えできるわけではございませんが」

「それでも良い。あなたがどういう感覚でいるのかがわかれば。そういうのをちゃんと理解するために、今日は王都を見て回るつもりなの。国の外側から来た外様とざまの王妃としてはね」

「それは素晴らしい。誠に素晴らしい心がけでございます。あなた様のそういう志を知れば、きっと町の皆もあなたを悪く言うことはなくなるでしょうに」

「あ、待って。その町の皆の様子っての、あなたの目から見てどうなの。まずはそっちを知りたい」

「町の様子、でございますか? ……そうですね」

「私にあまり気を配らなくても良いよ。此処には色々な人が来るでしょ。そういう人たちが言ってた言葉を飾り気なくそのまま教えて。怒らないから」

「そ、そうですか? では失礼して」


 コホンと咳払いをして、テリーは町の人々から聞いたという私や一族に関する色々な噂を口にしてくれた。

 蛮族ボゴロドの姫は人を喰うらしいだとか蛮族ボゴロドは倒した敵の頭蓋骨を投げて遊ぶらしいといった全く根も葉もない悪い噂から、夫や息子を戦場で殺した蛮族ボゴロドの姫と結婚だなんて王子は一体何を考えているのかといった憤り、商人たちによる戦士への商売経路ができれば一儲けできるかもしれないといった商機の吐露まで、その噂は多岐にわたった。


「他にも蛮族ボゴロドは王都を内側から破壊するつもりなのではないかだとか、自分たちの安全を危惧するような声などもございます」

「ありがとう。最初に聞いた町の声が、あなたのもので良かった。あなたは? あなたは私に対して何か思うことはないの?」


 テリーは自分に尋ねられたことに少しばかりギョっと目を丸くしたが、改めて咳払いをして口を開いた。


「実のところ、わたくしも王家や貴族の方々からは遠く離れた部族でございまして。わたくしの母は王都の人々と同じ、教会の信奉者なのですが父は北方の遊族ノーデリアなのでございます」

「そうなんだ? 道理でちょっと話しやすいと思った」


 北方の遊族ノーデリアは私たち戦士の一族キルヴァリアと同じく、古くにこの地に移住してきた部族で、かつては戦士の一族キルヴァリアとも懇意にしていた。戦士の一族キルヴァリアと違い、早々に王国に取り込まれてしまい今では部族も散り散りになってしまったらしいが、その在り方は今でもおそらく他の王国民よりは戦士の一族キルヴァリアに近い。


「はい。ですから、あまり大きな声では言えませんがわたくしは実のところ、あなた方戦士団がこの王都に来ることを知って、年甲斐もなくわくわくした者の一人なのでございます」

「はは。そっか。だったら安心だ。本当、この町で初めて知り合った友人があなたで良かったよ、テリー」

「友人、でございますか?」

「そうでしょ。こうやって腹を割って一度でも話し合ったならあなたはわたしの仲間。それが私たち戦士の考え方ってものだよ」

「それはなんと。王妃様、なんと身に余る光栄か」


 テリーはまたも恭しく頭を下げた。その様子に、私は笑った。テリーに言ったことは本心だ。町の人々を知るための掴みは上々だという思惑もあるではあるが、テリーからすれば王妃という立場の私にも、へりくだりつつも物怖じせずに言葉を紡いでいるテリーにはだいぶ好感が持てる。


「後は教会、だっけ。私も全然知らないってわけじゃないけどさ。教えてくれる」

「ええ、慎んでご伝えいたします」

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