第7話 ゴルージャと侍女

 王子ゴルージャと直接話したいという申し出はすんなりと認められた。王国側のだけとはいえ婚約の儀も済んだのだ。未来の王子の妻の申し出を断る道理は王国にも一族にもない。

 私はこちらから王宮にあるゴルージャの部屋に出向いた。

 バルカが同席を求めたが断った。代わりにバルカの従者を三人借りて用心棒とした。

 ゴルージャの部屋を訪れると、王子側にも侍従が一名だけいた。それも見た目だけだと若い女性のようだった。若いどころか、幼いという印象だ。その侍従は王子の横に立ち、ただじっと部屋に入ってきた私を見つめていた。王子の護衛としては心許ないような気もするが、ここは王宮だ。何かあれば王宮の兵士たちがどっと押し寄せるだろう。


「先程はすまない」


 ゴルージャは私の顔を見るなり、そう言って頭を下げた。

 それにまたカチンと来た。


「王子が簡単に頭を下げるな」


 私は思わず吐き捨てるように言った。


「たとえ家族であっても、お前は人を導く立場だ。そんな奴が簡単に頭を下げるべきじゃない」

「そうかな。親しい仲にも礼儀は必要だ」


 ゴルージャがすぐさま反論を口にしたのは少し意外だった。これまでの印象では、自分を非難されたとしても言われっぱなしのままにしておくかとも思ったから。


「なるほど。お前にゃお前の美学がある、と?」

「式の場では、ああいう雰囲気に慣れていないのもあってうまく立ち回れなかったことは認める。君にも睨まれてしまったし。さぞ頼りないように見えただろう」

「私は正直、その場でお前の頭をぶん殴ってでもやろうかと思ったくらいだ」


 私がそう言うと、ゴルージャの侍従がふっと一瞬噴き出した。

 それからバツが悪そうに咳払いをする。

「いや失礼。気持ちはわかる、と思ってな。悪い悪い。おれのことは気にするな」


 ゴルージャが侍従の方を振り向くと侍従は改めて佇まいを直した。あっちの侍従には少し共鳴するものを感じる気がする。


「父もいたずらに権威を振りかざすようなことはしない。必要ならば相手を立て、自分から膝をつく」

「それは王の威厳あってこそだ。お前みたいな奴がやれば、ただ舐められるだけだ。仲間内なら良いが、もしもそれを外交の場でもしようってんなら態度は改めた方が良い。もしくは、王のようにもっと威厳をつけるかだ」

「威厳、か。兄やそこの侍従にも言われたよ。自分に足りないものはそれだとな」

「後は度胸な。ここ一番って時にビクついているようじゃ愛想つかされんぞ」


 ゴルージャの言葉に侍従が割って入って来た。


「なんだ、しっかり忠告してくれる良い部下がいるじゃないか」

「彼女には今日も俺の婚約の儀だからと、無理言って来てもらったんだ」

「他の王国の兵士とかと違って、ずっと王都に滞在するわけにはいかないんでな。もう帰る。あんた、リンネって言ったな」


 侍従が私を見て、にやりと口元を歪めた。


「おれは昔からガスプ王にこの坊ちゃんの躾係を頼まれてるんだが、どうにもそういうのは向いてないみたいでな。だが、あんたは良いな。ゴルージャの嫁がどんな奴かちゃんとこの目で見ておこうと思って残ったが、あんたになら王子を任せられそうだ」


 侍従はそう言うと、手をひらひらと振ってゴルージャの部屋から出て行った。


「この国では従者があんな勝手して許されるのか?」

「彼女は特別だ。父の代からずっと王国に助言してくれてる」

「父の代から? かなり若そうに見えたが?」

「見た目の年齢ほど若くない。多分もうかなりの齢のはずだ。正確には知らないけれど」

「なるほど? うちの老従者みたいなモンかな」


 戦士の一族キルヴァリアにも、祖父の時代から故郷を支えてきた老齢の従者がいる。戦士ではないが、その年の功に祖父や族長も一目置いているので、他の従者よりもかなり自由に発言を許されているし、戦士訓練の教官すら務めることがある。


「お前、皆から期待はされているんだな」

「そうかな?」

「あの老従者? 彼女をお前につけたのはガスプ王だろ。そして王も私に式の場でお前を鍛えてやってくれと願っていた」

 まだ私にはゴルージャはただの軟弱男にしか見えないが、ああいう周りの人間の目を見れば、そういうことはわかる。そもそも王子として期待もされていなければ、一族との大事な同盟のための婚姻相手として選ばれすらしかなったはずだし、あの侍従に免じて一旦私の印象は横に置いておこう。

 ――だったら、私のやることは決まった。


「王のお墨付きだ。これからしっかりお前の妻として面倒みていくからな」

「……お手柔らかに頼む」


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