第6話 婚約の儀

 小さい頃、漠然と私は一族を導く立場になることを目指していた。

 同年代の子ども達の中でも腕っぷしにも弓の腕にも自信があったし、長老である祖父や伯父の族長との血縁もある。私がその気になれば、族長にもなれると思っていた。だが王子ゴルージャの妻としての立場である以上、その道は絶たれることになったろう。これもまた一族のためと思えば名誉なことでもあるが、肝心の婚姻相手であるゴルージャの姿には腹が立った。


 王の息子であるというのにビクビクと怖気づいたように見える態度、決して鍛えていないというわけではなさそうだが貧弱な身体。とてもじゃないが国を率いる王族の一員としての威厳に欠けているように思う。


 ゴルージャはただ一言自分の名前を口にしただけで、おずおずと座ってしまった。


「そちらで紹介は終わりでしょうか」

 案の定というか、少し棘のある言い方でバルカが侍従長に向けて尋ねた。ガスプ王に直接言わないのがせめてもの配慮か。


 だが侍従長ポルカが口を開こうとするのを見て、ガスプ王が立ち上がった。


「気に障ったようであればすまない。我が息子、ゴルージャも才気溢れる後継者の一人であると父親としては自負しているが、それでも未熟者であるのは確かだ。戦士の姫に鍛えてもらえるのであれば有難い」


 意外にも、ガスプ王の方からへりくだり、こちらを立てる物言いをしてきた。


「いいえ。重ね重ねご配慮痛み入ります」


 これにはバルカも文句が言えなかったようで、それ以上ゴルージャのことについて言及するのは避けた。


 お互いの顔合わせを済ませ、ガスプ王の眼前で婚約の儀が行われた。


 王の御前ごぜんに一椀の酒が置かれ、私とゴルージャとがその御前に立つ。そして互いに酒を飲ませ合い、お互いの首に提げる飾りを交換する。

 これは王国側の慣習である。私も仕立ての時点で、この儀式の一連の流れを王の使いから聞いていたので、特に滞りなく進めることができたが、その場でもなお目を泳がせているゴルージャに苛つき、睨みつけるとゴルージャはビクリと身体を震わせて、それがまた私を苛つかせた。

 だが、儀式の場で暴れるわけにもいかず、私はその行き場のない怒りをぐっと飲み込み、粛々と婚約の儀を進めた。


 婚約の儀を終えると、侍従長ポルカに王宮内を改めて案内された。

 王宮には私とバルカのそれぞれ住む場所が用意されていた。私はてっきりすぐにでも王子と住むことになるのかとも思っていたが、それは王国側から一族への挨拶が済んでからだそうだ。確かに、顔合わせをしたその日に私に王子への殺意でもあろうものなら簡単に殺せてしまうだろうことも考えると、そうするのが自然だ。


 正式な婚姻までには私が王宮に住まいある程度の時期を過ごした後、今度はガスプ王の方から族長グルジエドのもとを赴き、それから調度品が王国から一族に送られてからだ。その時は今日とは違い、一族側の慣習で婚約の儀が執り行われ、そしてお互いの家が婚約を認め、王都にて式を挙げる。何事もなければ、二月ふたつきもあれば全ての儀式が完了する。


 それで言えば、我々戦士の一団が王都に移り住むのも、王国の一員となるためではない。五人も戦士とその従者がいれば、王都内でそれなりに大きな暴動が引き起こせる。謂わば、こちらから王都を人質にする意味合いもある。

 そうしてお互いの腹を見せ合うからこその同盟と婚姻である。


 流石に当然だが、私に王子を殺す気はない。あの男にはその価値もなさそうだ。王子と言うからにはもっと強い男をなんとなくイメージしていた。実際、ガスプ王はかなりの人物であったわけだが、ゴルージャの様子はその対局にあるように見える。


「戦士の姫から鍛えてやれ、ね」


 私はガスプ王の言葉を思い返していた。王の言い方としては決して出来の悪い王子をあてがって、一族を舐めているわけではないのだろう。彼自身は誠実な王であると感じる。一族の戦士たち同様、尊敬すべき威厳がある。


 公の場での態度だけで人を知った気になるのも考え物だ。これから長らく、それこそ死ぬまで相手することになるのだ。

 まずはその始まりとして儀式の場などではなく、ゴルージャに会ってみよう。

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