第3話 兄バルカとの語らい

 故郷から王都デュラルまでは約三日の旅路だった。

 私たち戦士の一族キルヴァリアの移動は、専ら戦馬車いくさばしゃである。

 馬一頭から三頭に操手の乗る板を繋ぎ、引く。板の上での操縦は立ったままでも座っても良い。そしてこれが戦場ではかなりの機動力を発揮する。訓練した戦士は戦場を戦馬車に乗りながら武器を振るい、敵を倒す。今回の旅路は移動だけなので、ほぼ全員が椅子と車輪付きの板だ。

 因みに私の得意とする武器は弓だ。戦馬車に乗りながら、狙い通りの的に矢を当てる命中率は一族の中でも一二を争うものと自負している。


 物心ついた頃から、戦馬車の操り方や弓矢の使い方を祖父や母リーロンから教わった。母もまた強い戦士だった。私に弓矢の使い方を厳しく教えてくれたのが母だ。私がまだ十歳になったばかりの頃、母は戦場で亡くなった。

 祖父がガスプ王と停戦の約定を交わしたのはその頃らしい。祖父は一族の多くを戦で失いながらも、平和を望むガスプ王の申し出に応じた。言葉で言うのは簡単だが、きっと色々と紆余曲折あったのだろうことだけはわかる。何せ私たちは戦士の一族キルヴァリアだ。日和って生きながらえるよりも戦場で死ぬことを望む者も大勢いた。その内の幾つかの氏族は故郷を去り、また別の戦場へと旅立って行った。彼らの仲の良かった同年代の子どももいたので、離反した氏族について行った子らと会えなくなることに、寂しさを感じたことを覚えている。


 そんなことも思い出しながら、王都に向かうまでの最後の宿で休んでいると、兄バルカが声を掛けてくれた。


「ここまでご苦労だったな、リンネ」

「兄さんか。ホントに大変だよ」

「王子の嫁になる気分はどうだ?」

「それ、全然実感湧かないんだけど?」


 バルカの茶化すような物言いに、私は舌を出した。


「そりゃそうだ」

「兄さんはこのこと知ってた?」

「んにゃ、全く。爺様じじさまだぞ。俺たちのこと、馬と同じくらいにしか思っちゃいねえよ。お前、持ち馬に牝をあてがうってのをその度に馬に伝えるか?」

「確かに。伝えないな」


 それは言い過ぎにしても、祖父に実際そのケはある。長老として、一族を生かす為の判断をするのが祖父だが、祖父がその相談を家族にしたことはない。族長や長老会議を別にして、良くも悪くも祖父はこうと決めたら誰に相談することなく事を進める。昔はそれに不満もあったが、祖父が決めたことで間違ったことはない。だからこそ一族の皆、祖父のことを尊敬し、従うのだ。


「なあ兄さん、王都ってのはどんなとこ?」


 バルカはまだ王国と停戦を結ぶ前に、王都周りで戦をしたこともある。祖父とガスプ王が約定を交わした時も、戦士の一団として共に王都に足を踏み入れているはずだ。


「そうだな」

 バルカは私の問いに少し悩んでから答えた。

「一言で言えば、小洒落ていた。故郷とは大違いだ。あの街もできてからそう長くないはずだが、大陸や他の島から持ち寄ったのであろう技術がひしめいていてな。どこを歩いていても感心させられる建造物が建っていて心踊ったよ」

「兄さんらしいな」


 バルカは一族の中でも戦馬車や倉庫の建築を担っている。だから、その参考になるような建造物に目が行ったのだろう。


「あれからもう五年以上だ。大きな侵略や戦もなかったし、きっとあの光景は保たれているだろうさ。あれを失うのは惜しい。爺様が停戦を求めたのも頷けるほどに」

「爺様はそういうつもりで停戦したわけじゃないと思うけど?」

「とにかく、悪いところじゃないのは確かだ。場所はな」

「場所は?」


 随分と含みのある言い方だ。まるでそれ以外には問題があるとでも言いたげに。


「明日の朝にはもう王都だ。お前もしっかり休んで英気を養っておけ。王都の侍従たちとウチの従者たちとでお前の格好を王子の嫁に相応しい洒落たモンにするにも時間は掛かるだろうから、ガスプ王や王子ゴルージャにまみえるのは昼過ぎだろうな。我が妹が変身するのが楽しみだ」

「言ってろ」


 私はバルカの肩を小突いた。バルカは大声で笑って自分の寝床に戻ったが、その背は少し寂しそうだった。

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