第2話 いざ王都へ

 祖父への抗議は当然のように黙殺された。当たり前だ。

 今は一線を退いたとは言え、私たち戦士の一族キルヴァリア今日こんにちまで導いてきたのは祖父だ。彼の言葉に逆らえる者などいない。祖父は決してそんなことを口にすることはないが、一族の戦士は祖父に「死ね」と言われれば喜んで死ぬだろう。祖父はそのくらいの地位を確立している。私も口では罵倒したが、祖父の決定を覆せるとは露ほども思っていなかった。


「ふざけんなってのは本心からの言葉だけど」

 夕餉が終わり、改めて祖父の話を聞かされている最中に私は言った。

「私だって戦士の一族キルヴァリアだ。一族の誇りをもって、戦場で死ぬんだと思っていた。それが王子と婚約? 正直、かなり胸糞悪い」

「そういうなリンネ。これも一族のためだ」

 祖父は私を諭す。

「この半島で我らが生き残る術はそう多くない。または一族諸共、王国と戦って死ぬかよ。それは理解しているな?」

 私は祖父の言葉にうなずく。

「それはわかるよ。けど流石に伝えるのが急すぎる。準備とかあるでしょうに」

「お前は明日に戦があることを完全に把握して一日を過ごすのか?」

「違うけど、それもそれで違くない?」


 祖父の言いたいことはわかる。戦士の一族キルヴァリアたるもの、どんな窮地や緊急事であっても、冷静に迅速に対応すべし、とそう言いたいのだ。ただ、私の文句はそこではない。王国との過去の約束事だったというのであれば、本人にはもっと早くに伝えることもできただろうということだ。

 だが、これも言っても詮無いことだ。きっと私を嫁にやるということもそれを私にギリギリまで伝えない、というのも祖父の中ではずっと決めていたことだったのだろう。


「王とのせっかくの約定だ。事前にお前に伝えて逃げられたら堪らんからな」

「そんなことだろうと思った」


 祖父との会話を終え、私は現族長であるグルジエド――私の伯父にあたる――のもとに連れてこられた。そして一族の代表として王都へ向かうことを、果実酒と樹液を頭から被せられて祝福を受ける。

 次に預言者オロロカのもとで身を清めた後に、薬酒を飲まされた。そうして王都にて王子と会う準備があれよあれよと進み、家族と寝ているいつもの家ではなく、遠征をする一団が眠るための小屋に隣接している個室で眠るように言われ、そのまま外から鍵をかけられた。これでもう私が王都に連れていかれる準備は万端だ。こうして閉じ込められれば逃げようもない。


 私は諦めて、用意された寝床に横になった。

 そうは言っても、わくわくはしていた。王都には行ったことがない。ザイゼン王国と一族とは停戦協定を結んでいるとは言え、かつては争っていた相手だ。戦士たちも皆、遠征で王都付近へ行くことは禁じられていた。だが、今アドネ半島で最も力を持つのがザイゼン王国であるのも間違いはない。王国の軍隊とやらもどんなものなのか見てみたい。

 王子は――正直なところ、特に思うところはない。これから寝食を共にするのが家族ではなく、王子や彼の近くにいる者たちになるのだろうが、王国に向かうのは私一人ではない。兄バルカとその従者十二名、族長グルジエドから任を受けた戦士五名とその従者三十二名。総勢五十名が私と同伴し、住む場所を約束されていると祖父には聞いた。また王都まで向かうまでは他にも百名の戦士と従者が随伴する。

 そこに一人程度、新たな関係がうまれたところでどうだと言うのか、私には想像しかねる。これまでと違う環境や、一族以外の人間との交流には窮屈なこともあるだろうが、その時はその時だ。


 そんなこと、考えていても仕方がないと私は目をつむった。

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