蛮族姫と勇猛王

宮塚恵一

第1話 両族の約束

 お前を王子の嫁にやることになった。

 祖父からそう告げられたのは、家族で食卓を囲む夕餉時、皆で肉をかっ食らっている時だった。

「今なんて?」

 祖父から言われた内容の突拍子もなさに、私は聞き返す。

「お前を王子の嫁にやることになった」

「一言一句変えずにそのまま繰り返しやがったこの爺様じじさま

 やはり聞き間違いなどではないらしい。


 私達はかつて祖父の代に祖国を捨ててこの土地、アドネ半島に根を下ろすことになった一族の生き残りだ。祖父が半島を訪れた当時は当然、既にアドネ半島に生きていた国々や人々と土地や食糧を獲りあって争った。一時は半島を席巻する勢いだったそうだがその勢いにも蔭りが来て、今では私達家族を含めた数十人だけが生きていくだけの定住地を何とか守り通している。今はここが私たちの故郷だ。

 そんな私達のことを、半島の連中は蛮族ボゴロドと呼ぶが、私達は自分達のことを戦士の一族キルヴァリアと自称している。


 そして祖父の言う王子とは、私達を蛮族ボゴロドと呼ぶ者共の中でも最大の一派、このアドネ半島に乱立していた豪族達を一気に一代で王国を築き上げたという英雄王ガスプの治める国であるザイゼン王国の息子のことだ。

 私自身はガスプにも王子にもまみえたことはないが、祖父と母はかつて私達一族キルヴァリアとザイゼン王国との停戦をする為に彼らと顔を合わせている。


「以前からの約束事でな」


 祖父は肉を頬張りながら、話を続けた。


「ザイゼンの王、ガスプはこの半島を平和裏に治めることが望みだ。以前ならつゆ知らず、今の俺達では歯が立たん故、奴とは停戦協定を結んだが、それにも限界はある。俺達は戦士の一族キルヴァリアだ」


 祖父は口の中にあった肉を呑み込み、新たに肉を手持ちの斧で切り落とす。そして自分の分を手元に置いてから、家族分の肉を取り分けた。


「このまま此処で燻っていくくらいであれば、華々しく戦って散ると、俺はガスプ王にはそう言った」

「それで?」


 要領を得ない爺様じじさまの説明に少し苛ついてきた。それと私が王子の嫁になることと、どう関係がある。


「うむ。それを奴は大層気に入ったらしくてな。ならば我らが家族になればいい、と。我ら戦士の一族キルヴァリアと同盟を結び、その証としてお互いの子女とで婚姻を結ばせようと」

「えらく大胆な約束事じゃん。そんなことして、他の氏族は黙ってないでしょ」

「そんなものはいくらでも切り伏せるというんがガスプ王のげんだ。そも一代で為した国である故、氏族の力もクソもないとな。かくいう俺もそのげんの小気味よさにはいたく感動してな。それでお互い歳の近い息子娘その子らが十六歳を過ぎる頃にお互い存命であればこの話をしようと言うことになった」


 なるほど、確かに私は二月ふたつき程前に十六歳を越えたばかりだ。


「明日がガスプ王の息子、ゴルージャも十六を過ぎる。それで俺のもとに伝令が届いたのだ。娘は息災か、とな。というわけで我が孫娘リンネよ、明日には王国に出発する」

「はっはっは。ふざけんなこのクソ爺」

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