呪われた血筋

三鹿ショート

呪われた血筋

 とにかく現場から離れようと考え、私は目的地も決めずに逃亡を続けた。

 幸いにも、私の犯した罪が報道されたときには、国外とまではいかないが、現場からかなりの距離がある場所に立っていた。

 だが、人目があることを考えれば、足を止めてはならない。

 私は其処からさらに移動することを決め、やがて山の中へと入っていく。

 野生の動物と遭遇することを避けながら、移動しては休むことを繰り返していくうちに、山奥にてその山小屋が目に入った。

 内部を調べたところ、どうやら放置されてからかなりの年月が経過しているらしく、何もかもが埃まみれだった。

 しかし、雨風を凌ぐことは可能だったために、私はこの山小屋を生活の拠点とすることにした。


***


 自然の中で生活をすることになるとは考えていなかったために、慣れるまで時間を要した。

 当初は、おそらく食べてはならないものを口にしてしまったために腹を下すことも多かったものの、生命を奪われてしまうようなものに遭遇することはなかった。

 その中で出会った鮮やかな茸は、一見すると食べることが出来るのかどうかが怪しい色をしていたが、口にしてみると美味だった。

 欲張らなければしばらくは食事に困ることがないほどの量だったために、私はその茸を主食とすることにした。


***


 ある朝、目を覚ますと、其処には私の見知った女性が立っていた。

 彼女を見て私が驚きを隠すことができなかったことは、無理もない。

 何故なら、私は彼女を殺めたために、この山小屋まで逃亡していたからだ。

 その彼女がこの場所に姿を現すなど、有り得る話ではない。

 夢でも見ているのだろうかと頬を抓るが、痛みを感じた。

 その私の行動を見つめていた彼女は、口元を緩めると、

「先に言っておきますが、私はこの世を去る途中に寄っただけで、あなたに恨み言を告げようなどと思っているわけではありません」

 そう告げると、彼女は私の隣に腰を下ろした。

 彼女の衣服に赤い液体が付着している場所は、私が彼女を刃物で刺した場所と確かに一致している。

 彼女に触れようとしたが、私の手が彼女の肉体を通り抜けたことから、彼女が生きている人間ではないということに間違いはないようだった。

 だが、何故この場所に現われたというのだろうか。

 私がそのことを訊ねると、彼女は神妙な面持ちへと変化しながら、

「あなたが私を殺めたのは、あなたに原因が存在しているわけではないのです」

「何を言っている。私がきみを恨んだために、私はきみを殺めてしまったのだ」

 私の言葉に対して、彼女は首を左右に振った。

「あなたが愛する人間を傷つけてしまうのは、あなたが呪われた血筋であるためなのです」

 彼女がそう告げると同時に、二人の女性が新たに姿を現した。

 その女性たちの肉体も、傷ついている。

 一人は腹部から腸を飛び出させ、一人は脳が露出した状態だった。

 あまりの姿に目を見開いていると、彼女は二人の女性に目を向けながら、

「この女性たちは、あなたの父親と祖父によって、生命を奪われたのです」


***


 私の祖先にあたるその男性には、将来を誓った女性が存在していた。

 出稼ぎのために土地を離れることになった男性は、その女性に対して、戻ってくるまで待っていてほしいと告げ、女性は男性の言葉を守り続けることにした。

 しかし、男性は出稼ぎに向かった先で出会った女性に心を奪われ、やがてその相手を妻とし、子どもも儲けた。

 将来を誓った女性のことを忘れ、幸福な日々を過ごしていた男性は、夢の中でその女性と再会した。

 その女性は、男性を睨み付けながら、腹を摩っていた。

 何をしているのかと男性が首を傾げていると、女性の股座から次々と子どもが出てきたのである。

 男性が悲鳴をあげた理由は、次々と姿を現す子どもたちの姿が、一様に化物だったからだ。

 あまりの不気味さに、男性は子どもたちを蹴り飛ばしていった。

 その行為を目にした女性は、哄笑した。

「これで、これから先に誕生するであろうあなたの子孫は、不幸な目に遭うことでしょう」

 彼女はそう告げると、姿を消した。

 同時に、男性は目を覚ました。

 それ以来、男性は夢の中で再会した女性の言葉を忘れることができず、久方ぶりに生まれ育った土地へと戻ることにした。

 そこで初めて知ったことは、くだんの女性が多くの男性たちによって陵辱され、自らの意志で生命を絶ったということだった。

 それを知った男性は、自分を責め続けた。

 自宅に戻ってもその行動に変化は無く、やがて男性は、心配して声をかけてきた妻がくだんの女性に見えてしまうようになり、まるで自分を責めるような相手の声を止めるために、その腹部に刃物を突き刺した。

 自宅の内部が赤く染まっていく様子を、子どもは震えながら見つめていた。

 やがてその子どもも成長すると、妻が見知らぬ女性に見えるようになり、呪詛に満ちた言葉を吐き続ける相手に辟易した結果、その生命を奪ってしまった。

 私の先祖は、それを何度も繰り返していた。


***


「ゆえに、あなたが悪いわけではないのです」

 彼女がそう告げると、他の女性たちも頷いた。

 だが、その言葉は、何の慰めにもならない。

 私が愛する彼女の生命を奪ってしまったことに、変わりはないのである。

 そこで、私は逃げるべきではないと思い至った。

 どのような理由を並べ立てようとも、罪を犯したのならば、相応の罰を受けるべきなのだ。

 私の言葉を聞くと、彼女は笑みを浮かべた。

「あなたが決めたのならば、私が言うことはありません」

 彼女の姿が消えていくのを見届けた後、私は街へ向かった。


***


「彼が何を言っているのか、理解することはできたかい」

「幻覚作用のある茸を食べたことによる妄言だろう。真面に相手をする必要はない」

「確かに、彼が恋人と共に殺めた男性のことを考えると、浮気をされたことに怒ったことが原因であることは間違いないからな」

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呪われた血筋 三鹿ショート @mijikashort

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