第10話 壊れゆく日常3
私は逃げた。
友達だったはずの子に「人殺し」と呼ばれたことがどれだけショックだったか。恩を仇で返されたとかそんなことはどうだっていいのだ。
今更ながらに私は自分が怖くなった。
まるで害虫を潰すように賊を殺せる私。
人を殺した事実を自覚しているのに平然とできる私。
そしてあの時聞こえた悪魔の呼び声。私が変わってしまったのはそれを聞いた時からだろうか?
わからない。もしその悪魔の声が私を拒絶する奴を殺せと命じたら、私は抗えるのだろうか?
そんな考えに怯えながら走った先は村の門のすぐ側だった。
群がる賊どもの死体。頭の爆ぜた死体や心臓を強引にくり抜かれ、あばら骨の飛び出した死体。そしておびただしい血は地面に吸われ赤黒く染まっていた。
「お前は一体誰なんだよ……」
私が死体を前に呆然としていると後ろからジルの声が聞こえた。怯えの混じった声。それはかつて私に好意を抱いていた者の声とは似ても似つかない。
「……私は私だよ。他の誰でもない。ただ、私はきっとみんなとは違うと思う。平気で人を殺せるし、その力もある」
なんで私はこんなことを言うのだろう。多分この言葉の中に私の本心はない。
「なんだよそれ……。助けてくれたことには感謝しているよ。でも俺はお前が怖くて仕方がない。今だって膝が震えて止まらないんだ」
絞り出すような小さな声。その言葉に含まれるメッセージはどう考えても拒絶だ。
ああ、そうか。私はきっと言って欲しかったのだろう。「それでもお前は俺たちの大切なテアだ」と答えて私を受け入れて欲しかったのかもしれない。
ジルから望んだ答えは得られなかったが恨む気持ちは無い。一緒に暮らしてまだ一週間しか経っていないのだ。強い信頼関係を築くには短いだろう。
「じゃあさよならだね。世話になったね、ジル。せめて最後に街の場所を教えてくれないかな?」
「……その門を出て右の道に行けば林道に出る。その道を降りて行けばウォルノーツに着くはずだ」
私は後ろを振り返らず聞いた。
私の小さな最後の意地、というわけではないけど、涙を流している顔なんて見られたくない。嗚咽こそ漏れはしないが頬を伝う涙がとても熱く感じられた。
ジルの返事にいつもの朗らかさはない。まるで独り言のように小さな声。それでも私の耳にはちゃんと届いていた。
「そっか、ありがと。元気でね。ジル、ばいばい……」
本当は見られたくなんかなかったけど、最後に私は振り向き、手を振った。どうしてこんなことをしたのか自分でもよくわからない。もしかしたら、私の中にテアの人格が眠っていてそう望んだのかもしれない。
するとジルが「あ……」と言葉を漏らし、私に向かって手を伸ばした。もちろん届く距離じゃないんだけど。それでも私は逃げるように門を走り抜け、村の外に出た。
外に出るとすぐさま腕を複数召喚し、自分の身体を運んで右手へ突き進む。
「……切り替えなきゃ。元々村は出ていくつもりだったんだ。予定通り。何も、何も辛いことなんてない……」
自分に言い聞かせるように呟く。そうだ、実際私は村を出ていくつもりだったのだ。そうしないと推しのレオン様に会えないんだもんね。
でもなんでこんなに苦しいんだろ……。
涙を手で拭いながら低空飛行で道なりに飛んでいく。昼過ぎの暖かいはずの空気は涙を流した顔には少々冷たかった。
程なくして森林があり、その中に道がある。話によるとこの林道の先にウォルノーツの街があるはずだ。
そしてふと思い出す。
「あ、ワイバーンの魔石とお肉……」
そうだ、ワイバーンの魔石はきっとお金になる。お肉はもうダメだろうけど私は文無しだし、魔石は必要だ。でも……。
「あの村まで戻りたくないな……」
うーん、どうするのが正解かと聞かれたら普通は魔石を取りに行くべき、と私なら答えるだろう。腕に乗っていけばそれほど時間もかかるまい。
「うん、村に入るわけじゃないもんね。回収するべきだ」
私は何を迷っているのだろうか。村まで行くと戻りたくなる?
そんなわけはない。大丈夫だ、戻ろう。
私は反転し、村の近くまで戻ることにした。門の前の木の下に隠したワイバーンの魔石は大事なお宝だ。それを取りに行くだけ。村には入らないし戻らない。
「レオン様に会うためだもんね」
自分の最大の目的を口にしたとき、また私の胸にチクリと小さなトゲが刺さったような感じがした。
晴のち曇。雨が降らないといいけど。
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