第9話 壊れゆく日常2

「な、何が起こったんだ!?」


驚く賊ども。しかしそんなことはどうでもいい。今必要なのはこいつらを一人残らず殺すことだ。


「テ、テア……?」

「ジルは逃げて。あ、そうか」


神の手ならマエルさんを治せるかもしれない。神の手は白い手だ。悪魔の手を1本神の手へと変化させる。そしてマエルさんの傷を治し始めた。淡い光が溢れ、傷を治していく。しかし出血が多い。助かるかどうかはマエルさん次第だろう。


「大丈夫。こいつらは殺すから」


抑揚のない声。まるで自分が自分じゃないような感覚。何かに突き動かされるように私は右手をかざした。破壊の手が賊どもを掴みに行く。当然その手は賊どもには見えない。


「破壊しろ」


そして賊どもの頭が弾け飛んだ。なんの感慨もない。まるで邪魔な虫を踏み潰しているような感覚。先程まであんなに感情を爆発していたのが嘘のようだ。


「な、なんだ? 何が起きている?」

「あ、悪魔だ! こいつは悪魔だ!」


いや、無関係な人間を平気で殺すやつに悪魔とか言われても。ブーメランだね。自分たちに刺さるよ?

今までやって来たこともブーメランになって返って来てるだけか。うん、私に殺されても文句を言える立場じゃないね。


「くそっ! このガキは殺せ!」


賊どもが何人かこちらに走って来る。しかし全く恐怖を感じない。なんというか、本当に何も感じないのだ。

賊どもが私に飛びかかる。しかし私は冷静に悪魔の手を操り、襲いかかる賊どもの胸に手を突っ込ませた。ああ、どくどく脈打っているのを感じる。


「もぎ取れ」


その瞬間、賊どもの心臓があばら骨を破壊しながら引き抜かれた。賊どもが絶叫をあげる。胸から多量の鮮血が飛び、私の顔にも数滴かかった。流れ落ちる血が口元へと滑りゆく。


ペロリ。


これが血の味か……。美味しくはないな。しかしなぜだろう。わかる。


私は今笑みを浮かべている……。


「ひ、ひいいぃぃぃぃっ!」


その様子にジルが絶叫をあげた。心臓をもぎ取るなんてのはスプラッタが過ぎたのだろう。それでも私はジルの方は向かなかった。


私が今関心があるのは、こいつらを皆殺しにすることだけなのだから。

1本の腕に腰掛け、もう一本の腕に捕まる。これで移動すれば早そうだ。まずは近くの賊どもを殺さないと。


「に、逃げろ、逃げるんだ!」

「……逃がさない」


私の指先を賊どもに向けた。そして悪魔の手が賊どもに手のひらを向ける。


「死ね」


あまりにざっくりした命令。しかし悪魔の手から放たれた黒い光線は賊どもの胸を、腹を貫いていく。その光線は貫通し、後ろの賊の身体を穿った。これで入り口らへんにいた賊どもは全員殺した。後は中に入り込んだ賊を殺すのみ。


「ジル」

「ひっ……!」


渡しが振り向くとジルはあからさまに怯え、後ずさった勢いで尻もちをつく。


「中に入った賊を殺してくる。2人だけだからすぐに済む。マエルさんをお願い」

「あ、ああ……」


ガタガタと震えながら返事をする。それなのに私の心は傷つかない。まるでもう1人の私が動き、それをただ眺めているような気分だ。


まぁいい。とにかくさっさと残りを殺そう。逃したのは2人だけのはずだ。私は腕に乗って低空飛行しながら賊を追う。


「見つけた」


まず1人。そいつは人様の家にいたようだ。悲鳴が聞こえたおかげですぐわかったよ。その家へ躊躇なく入ると、ちょうど賊が剣を振り上げているところだった。


「させない」


悪魔の手を飛ばし、首根っこを掴む。


「おぶっ!?」


乱暴に掴んだせいか変な声をあげる。他の手も飛ばし、両脚を掴ませた。そして強引にひきずり倒すと私の方へと寄せる。


「もう1人はどこ?」

「ば、化け物がぁっ!」

「うるさい」


答えないから殺すのみだ。掴んだ首を破壊すると首が転がり、そこから血が噴き出す。しまった、人様の家を汚してしまったか。


「ひっ……!」


助けられた村の男は悲鳴をあげ後退る。さて、残り一人だ。さっさと殺そう。


「あと一人……」


ボソッと呟き家を出る。どこだ、どこにいる?


「や、やめろーーーっ!」


聞き覚えのある声だ。あそこか。私は声のした方へ急行する。その様子は多くの村人が目にしていたのだが、そんなことすら今の私の頭からは消えていたのだ。もう1人は誰かの家の前にいた。


「来るな化け物!」


もう1人の賊は私を見るなり近くにいた子供を人質にとる。見覚えのある女の子だ。しかし悪魔の手は人の目には見えない。つまり人質など無意味だ。


「ひっ……! テアちゃん……?」

「……問題ない。すぐ殺すから」

「おい、うごぶふぁっ!?」

「キャアアアアアアッ!」


言葉の最後が聞き取れなかったな。頭が爆ぜたから仕方がないか。ああ、あの子の顔と身体を血まみれにしてしまった。後で謝らないと。


「……これでお終い。ねぇ」


私は横を向く。そしてまたも抑揚の無い声で周りに聞いた。


「他に賊、見てない?」

「い、いや……」

「そう……。ならこれで終わりか」


そう思うと、すーっと自分の中の何かが去っていく感じがした。


「ねぇ、誰も怪我してない?」


感情が戻ったような変な感じがするなぁ。それでも私の心の中に人を殺した、という感覚が薄い。確かに私が私の意思で殺したつもりはある。なのに心への影響が全く感じられない。私ってこんなサイコパスだっただろうか?


「いや……。それより、テアちゃんだよな?」

「うん、そうだけど」

「嘘よ! テアちゃんがこんな平気で人を殺せるわけない!」


返り血で濡れた女の子が叫ぶ。この子は最近よく遊んでいた子だ。


「お、おい! 助けて貰ったんだろうが!」

「テアちゃんを返せこの殺人鬼!」


たとえこの子が血まみれになったショックで混乱していて、状況が飲み込めていないだけでも。


この一言はとてもショックだった……。



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