エピローグ
「昨日は実に大変な1日でしたね」
執務室。執事のセバスが嫌味の含んだ声色で言った。
書類に目を落としていた俺は、静かに彼を見据える。
「大変だったとは?」
白々し過ぎたか。セバスは溜息を零す。
彼が続きを紡いだのは、俺が僅かに笑みを湛えた時。
「奥様に何回殺されかけましたか?」
オブラートに包むことなく直に。
何回か――。確か昨日は
「数えてなかったな分からない8回ぐらいじゃないか?」
「たった1日でそれだけ。もう一度聞きますが、本当にライト家のご息女でよろしいのですか?」
セバスが問う。
問われなくとも俺の答えは決まっていると言うのに。
「当然だ。理解したうえで俺は彼女と結婚したのだから」
俺の言葉にセバスはまた、大きくため息を付いた。
一昨日俺の妻となった御令嬢。
メアリー・コーラル・ライト。
伯爵家であり、この国で国王に仕える代々の暗殺一家の御令嬢。
彼女も例にもれず、昔から暗殺者として育てられ、しかし落ちこぼれと言われる一度も暗殺を成功させたことのない少女。
ポンコツの最後のチャンスとして皇子の依頼で俺を殺しに来たレディ。
「そのポンコツの理由は、全て貴方にあるのですがね」
俺の思考を読み取りでもしたか、呆れるようにセバスが言った。
まあ、その通りだ。彼女のポンコツ原因は全て俺にある。
何せ、16年間狙い続ける標的は俺、唯一人なのだから。
「彼女も大変だな。皇子に振り回されて」
「そう仕組んだのは貴方でしょうに」
俺はクスリと笑う。
16年間彼女は皇子の命で俺の命を狙っている。
だが可笑しいだろう。失敗続きの令嬢に同じ任務が来るのは。
コーラルには申し訳ないが、俺が仕組んでいる。
ライト家からは数えきれないくらい刺客が送り込まれた。
それら全て、コーラル以外返り討ちにしていたら、刺客はコーラルのみになったっていう訳だ。
これでも結構大変だったぞ?
刺客に対抗すべく剣の腕は磨いたし、毒に耐性を付けるべく何種類の毒も飲んだ。
結果、俺は国一の騎士となり、大体すべての毒に耐性を持つ事が出来るようになった訳だが。
なんで其処までするのか?
一目ぼれだったのだから仕方が無い。
「流石に、10種類近くの毒を呑む羽目になるとは思わなかったな」
小さく笑って、昨日の出来事を思い出す。
俺よりも体術が劣ると誘ったコーラルと、ついでに皇子の策力に寄り1日で沢山の毒を摂取することになった。おかげで昨日はちょっと体調が悪くなり、皇子が仕向けた別の暗殺者に不覚を取った訳。しかし、俺の妻は強かった。ただ、其れだけだ。
「うん、昨日の1件で更に惚れ直した」
「そうですか……」
セバスの呆れる声がする。
「そもそも皇子も変なお方だ。旦那様は国の宰相の息子であった方。ライト家の事情を知らない訳ないでしょうに」
「ま、そうだな。ライト家の裏家業は昔からしていたが」
当たり前だが、ライト家の事は昔から知っている。
王族が昔から俺を殺そうとしていることだって気が付いているし。
だが、それは仕方が無い事だと父上にも言われたし、俺も受け入れている。――何よりも。
「だが、それは皇子の心使いだと今は思っているよ」
「は?」
「だってそうだろう。皇子は昔から俺がコーラルに想いを寄せていることを知っている。俺とコーラルをくっ付けるために無駄な暗殺依頼をしている……。そう思うのが一番楽だ」
「……はあ」
もう考えるのが面倒だから、そんな意味の分からない思考に陥った訳じゃない。断じて。
何にせよ。俺はこうして、長年求めていた一番愛おしい女性を手に入れる事が出来たのだから、皇子には感謝しかない。
「ただ、問題なのは。恐らく皇子もコーラルに好意を持っていると言う事だな」
「は?」
「だから、昨日は自ら暗殺に手を貸して、新たな暗殺者を用意したんじゃないかと思っている」
俺の言葉にセバスは更に大きなため息を付いた。
「それは、ある意味正解で、反対だと思いますよ?」
「――?」
「愛と憎しみは紙一重と言いますから。まぁ、私から言えるのは、殿下とコーラル様がお可哀想と言う事しか」
セバスの言うことは何時も、中々に難しい。
俺は一度小さく首を傾げ、まぁ深く考えることも無いかと改める。
少しして、口元に浮かぶのは笑みだ。
さて、彼女はどうやって俺を殺しにかかるのだろう。
それも彼女の愛であると受け止める自信は勿論ある。
今日の1日を考えるのが、コレからの楽しみになりそうだ。
俺の嫁は今日も俺を殺せない
【この旦那様は死なない】~完~
この旦那様は死なない 海鳴ねこ @uminari22
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