第7話『暗殺成功?』
「よーし、ガドル。今日は手加減してくれよ」
「妻がいる手前無理です」
と、言う事で私たちは今度は河原に移動した。
広い草が広がる原っぱに、大きく幅3メートルはある大きな国随一の河原。
たった今、目の前で皇子が吹っ飛ばされたところを私は笑顔で見ていた。
別に皇子がどうなっても私が知った事じゃない。
どうせ死なないのだから大丈夫。
それよりもさて、此処からどうやってガドルを殺そうか。
いや、どうやって殺しにかかるかは分かっている。
皇子の御命令だ。何となく察した。
アレだろう?
私が興味を持ったふりをして、鍛錬に参加。
そこで殺せと言う奴だろう。
残念だな皇子。ソレはもう朝に試して既に失敗している。
ただ、ご命令と言うのなら仕方が無い。
「夫人、君もどうだい?」
ほら来た。
いや、公爵夫人を鍛錬に誘うにしては無茶があり過ぎるが、そら来た。
「殿下、冗談はほどほどにして頂きたい」
「でもガドル。夫人だけ仲間外れみたいで可哀想じゃないか。それに本当は今日は夫人の為の時間だったのだろう?」
「そう思うなら帰ってください殿下」
ガドルの言葉は最もだ。
だからと言って、私は殿下の命令を無視することは出来ない。
いままで座っていた場所から立ち上がって私は、ガドルと殿下に近づいた。
「いえ、ガドル。私も参加させて頂くわ。今朝の一件まだ悔しいし、リベンジさせてくれる?」
「――貴方が言うのなら良いだろ」
上目づかいでお願いしたのだが、相変わらずチョロいなガドル。
直ぐに頬を染めて、了承してくれたぞ。
思う所は沢山あるが、私は皇子から剣をお借りしてガドルの前に立つ。
「――剣には痺れ薬が塗ってある。少しでも掠れば一日は動かない。分かるな」
すれ違いざまに皇子に言われたのだが、やはりこの皇子懲りてない。
痺れ薬?この男に効く訳ないだろう。さっきの毒も効かなかったのだぞ。
と言ってやりたかったが、殿下だ。我慢した。
「それじゃあ、ガドル。手加減してね」
「ああ、分かっている」
「ガドル。僕との時と態度が違い過ぎないかい?」
笑顔を浮かべて私はガドルの前に立つ。
後ろから皇子の茶々入れの声が聞こえたが、知らない。
ガドルの前に立った私は真剣をきつく握りしめて、彼を見た。
今朝。私は無謀にも剣で真っ向勝負を挑み敗北した。
首を狩り切ろうと、全力を尽くしたのだ。ソレがきっと不味かった。違いない。
騎士団長のガドルに真っ向勝負とか、今思えば気が狂っているとしか思えない。
つまり、正しい戦い方は真っ向勝負ではない。
じわじわ攻撃しながら油断を誘い、隙を見て心臓に剣を突き立てる。これ一本だったのだ。
「エーイ」
私は棒読みで剣を振り上げガドルに振り下ろす。
先ほど違って、ガドルは私の腕を掴むと言う神業を見せる事はしなかった。
それどころか、真っ向から一撃一撃を受けて無表情でかわしてくる。
私も隙を伺いながら、一本一本丁寧に彼に打ち込んでいくのだ。
――。
「や、やあ!」
「……」
「と、とう!」
それほど経っただろう。もう3時間は立っている。
あれから私は必死にガドルに一本入れるべく剣を振り下ろしているのだが、全っ然っ――隙が見当たらない。
隙所か、全く疲れを見せていないのは、絶対に気のせいじゃないだろう。
むしろ私が疲れて来た。驚くべき事なのは、皇子がこの3時間、真剣な表情で私たちを見ていた事だ。お前もなに?超人なの?飽きないの?
私なんて、もう息が上がってぎりぎりなのに。
「コーラル、もういい。疲れて来ただろ?休もう」
そんな私を察してか、ガドルが気を使って来た。
正直私だって、休みたいけど。
依頼者が目の前に居るのだ。休むわけには行かない。
「や、やあ!!」
「……」
そう思いつつ、私はもう必死に剣を振り上げてガドルに向けてコレを振り下ろした。
身体がぐらりと倒れ込んで、ガキンと言う金属の音と水しぶきが飛び散る。
「ガドル!コーラル!」
白々しい皇子の声。
身体に伝わる冷たい水と、硬いガドルの胸板の感触。
「大丈夫かい、コーラル?」
「……」
冷たい川の中、私とガドルは折り重なる様にして倒れ込んでいた。
私の目にずぶ濡れのガドルが映る。
大きな体に白シャツが張り付き、紺色の髪と骨ばった顎から雫が落ちる。
ゴツゴツした手が私の頬を撫で、口付けしてしまいそうなほどに顔が近い。
ここで漸く私はガドルを押し倒す形で、川に倒れ込んだと言う事に気が付いた。
正確に言えば、最後の振り下ろした一撃。
あの時、私の身体は疲れからかグラリと傾いたのだ。ガドルはソレに気が付いたのだろう。私を守る様に受け止めて倒れ込んだ。
それで今に至る訳だが。
「コーラル?だいじょうぶか?」
再び、ガドルの声が耳元でする。
無駄に良い声なのがムカつくのだが、私はふと気が付いた。
透明な蒼い川、其処にガドルを中心にじんわりと赤い液体が広がっているのだ。
良く見れば、ガドルの腕。そこに一本の赤い線が出来ていたのだ。どうやら、倒れた瞬間に私の持っていた剣で怪我をしてしまったらしい。
「!?!?!?」
その様子を見ながら皇子は驚いていた。
どうやら麻痺も即効性だったらしい。聞いてないけど。
それよりもと思う。コレはチャンスじゃないか?
今、ガドルの手に剣はない。後ろを見たら河原に剣が落ちているのが分かる。
さっきの衝撃で彼は剣を手放してしまったらしいのだ。
だから今がチャンス。
――と思ったら、私の手にも剣は無かった。
慌てて辺りを見渡せば、これまた河原に私がさっきまで握っていた剣が落ちている。
私自身も剣を手放してしまった事をたった今気が付いた。
剣は手を伸ばしても到底届かない距離。
でも、今コレは確かなチャンスなのだ。
私は必死になって考える。
考えて思いついたのは、今ここが川の中であると言う事。
もし、このまま押し倒し顔を上げさせなかったら?
「――!」
私は思いっきりガドルを押し倒した。
「コーラル?」
ビクともしなかった。
思いっきり押しているのに、このムキマッチョ微塵も動かない。
押しても押しても意味がなく、不思議そうなガドルの顔が見える。
「……!」
こうなれば仕方が無い。
身体の体重を全部かけて、このまま一緒に倒れ込むしかない。
そう判断したのち、私は一気にガドルに抱き付くのだ。
「ん!」
「――」
油断を誘うべく、彼の唇に噛みつくように思いっきり口付けを押し付けて。
ぐらりと彼の身体が倒れ込み、私の身体は水に沈む。
「やった!」
作戦成功だ。
このまま息の続く限り、押し倒し続ければ良いのだから。
「――ん、コーラル」
「……」
私の身体はいとも簡単に水から起き上がる事になった。
大きな手は私を引きはがし、ソレはもう愛おしそうな視線で此方を見据える。
そのまま頬を撫で、彼は再び私に口付けを――。
「……大胆だな君は――」
「……」
いえ、大胆なのは貴方の方です。
この状況で良く口付け出来たものだ。
どうしようか、コレ。
何とも言えない皇子の視線、熱いガドルの視線。
痛々しい雰囲気の中、私は悩んだ末。
「が、ガドル、受け止めてくれてありがとう!」
もう一度抱き着いて、3度目の口付けをして誤魔化すしかなかった。
後々よく考えたら、この作戦穴だらけだったと気が付いたのは次の日の事だ。
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