第6話『皇子様はコンプレックスが多い』

 

「いやぁ、すまないね。デートの邪魔をしてしまって」


 お洒落なカフェでの昼食の一コマ。

 アルフィン様が申し訳なさそうに私達に謝罪を向ける。

 眉を「ハ」の字にして、困ったような笑みを浮かべて、本当に表向きは人当たりの良い青年皇子だ。

 この人がガドルの暗殺の直接の依頼人なのは違いないが。


「いえ、皇子が人の邪魔をしてくるのは何時もの事です。慣れています」

「相変わらず、嫌味な奴だなぁ。ガドルは」


 この2人、コレでも幼馴染と言う奴なのだから闇深い。

 私は紅茶を一口飲みながら、皇子を見た。


「それで、殿下。今日はどんな用事で?」

「いや、遊びに来たら君たちの姿を見かけてね」

「俺と妻は、ひき殺されかけたが?」

「いやぁ、いきなり馬が暴れ出してね!」


 にこりと微笑みながら、皇子が言う。

 本当ににこやかだが裏腹、腸煮えくりかえっているだろう。

 何度だって言う。この皇子殿下が私に殺しの依頼をしてきた張本人なのだから。


 現にこの皇子は親友であり国随一の剣士であるガドルの結婚式に顔すら見せなかった訳だし。

 テーブルの下、先程からこの皇子。私にナイフの柄をぐいぐい押し付けて来るのだから。

 つまり、アレなのだ。


 この場で殺れ――と。


 ちらりと顔を確認するが、目が笑っていない。

 間違いない、殺せと合図と言う合図を送っている。


「まぁ、殿下ったら。おっちょこちょいですこと」

「いやぁ、今回はたまたまだよ。たまたま!何時もはこんなんじゃ、ないんだよ?優秀な幼馴染がいたら、つい……ね」


 分かりました皇子。分かっていますから皇子。

 貴方が優秀過ぎて、次期王はガドルが相応しいと言う声を心配し嫉妬し、私の家に依頼を出してきたのは良く存じ上げていますから。

 だから、懐刀を押し渡して今殺せと命じるのは止めていただけますでしょうか。


「きゃー!皇子―!」

「でんかぁ!」


 その黄色い声を上げる貴婦人たちを、どうにかしていただけないでしょうか。

 そんな私の気持ちを気にも留める事無く、皇子は流石にナイフは諦めてくれたのだろう。

 今度は何やら砂糖の袋を押し付けて来た。分かる。毒入りなのだろう、コレ。


 でも皇子。いえ、皇子。見て貰いましょうか。


「ガドル。珈琲のお代わりは如何?」

「ん?ああ、頂くよコーラル」


 承諾を得て、私はガドルのティーカップに珈琲のお代わりを注ぐ。

 このカフェ、ティーポットで出してくれるお店で良かった。

 そして、私は皇子から貰った砂糖をガドルに差し出すのだ。


「はい、砂糖は一杯だったわね」

「ああ、ありがとう。見ていたのか?良く分かったな」

「貴方の事ですもの。隅々まで見ているわ」


 嘘である。調べていたからである。

 それはさて置き、赤くなったガドルが何の疑いも無いし、珈琲に砂糖を入れる。

 ミルクも入れてスプーンで回して、気に留めることも無く彼はその毒入りカップに口を付けた。


「――それで、殿下。今日は街に何の用で?」

「――!?――!?!?」


 あ、その様子だと即効性だったようね。

 でも良く分かったかしら?

 この男に毒なんて聞かない事に。


 それどころかこの男に剣すら効かない事も気付いてほしい。

 少しして皇子は立ち上がった。


「そうだ。三人でちょっと近くの河原に行こう!ガドル、何時ものように剣の訓練を僕にしてくれ!」

「無理です殿下。今日は休日で妻の為の時間ですので」


 あ、この皇子堪えていない。

 そして断るのか。

 皇子の何とも言えない視線が私を突き刺す。

 私の答えは1つしか無かった。


「大丈夫よガドル。私も貴方の訓練見たいわ」


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