第5話『幸福な時間?』
「よくよく考えたら、俺とお前は新婚だ。休みも一日しか無い。もっとお前に気を使うべきだった。今日は俺の時間は全てお前にやろう」
ガドルにそんな事を言われたのは、先程の訓練のひと騒ぎの後。
彼に念入りに怪我が無いか自室で調べられた後の事だ。ひと騒ぎなんて私が勝手思っているだけかもしれないが。
彼は私に掠り傷一つない事を確かめると、まるで皇子か何かのように手の甲に口付けを落としながら約束した。
何時もの激務は休みにすると。代わりにその時間を全部私に捧げる。今日だけは一緒の時間を過ごそう。
いや、貴方の休日なのでそれはお好きにですし、激務を取り除かせる事が出来たのは嬉しいのですが、そもそも私達新婚なので当たり前なのでは?
もしかしてさっきのひと騒動、私の寂しさからの行動だって思われた。それは思い上がりも甚だしいわ!私はアンタになんて寂しいなんて思った事は無いんだから!勘違いしないでよね!
――なんて言葉をぐっと押し込み、私は無理矢理に笑みを作った。
「嬉しいわ、ガドル!」
彼の太い首元に抱き付いて、頬にキス。
傍から見たらそれはもうラブラブの新婚さんであるのは違いないだろう。
この無防備の身体にナイフを突きつけてやりたい!
と、まぁ。
そんなこんなで私はガドルとの一日を手に入れる事が出来た。
一緒に街に降りてデート。馬車に揺られながら街に行く。
流石にお洒落をしない訳にも行かず、簡単なドレスで着飾る。
緋色の瞳が映えるような色合いのフリル控えめなワンピースに近いドレス。
黒い髪を高く結い上げて、ひとつに纏め上げ、町に行くためにはコレぐらいで十二分だろう。
反対にガドルは、何時もの騎士団長の紺の団服。
腰には剣を差して、ビシッとしていてカッコいいんだけど。
聞きたい。偵察に行くわけでは無いのよね?
「ガドル?今日はオフなのよね?制服じゃなくても良いんじゃないかしら?」
「ああ、面倒なので私服も何時もこれなんだ。おかしいか?」
「いえ、カッコいいわ」
可笑しい。
面倒だから私服も制服ってどう言う神経しているか。
きっとクローゼットには同じ服がズラリと並んでいるんだろう。容易に想像できる。
これは本人の趣味だから私が指摘する事でもないし、今日死ぬ予定の人なのだからどうでも良いけど。
そんな話をしている間に街に着いた。
先ほどから顔を赤くさせているガドルは私から逃げるように先に馬車から降りてしまう。
外から手を差し伸べられたのは、程なくしてからの事。
私も外に出ようとした時に、顔を逸らしながらガドルが私に手を差し伸べてくれていた。
「貴女も今日は一段と綺麗だ……」
――。
イケメンに言われるものじゃない。
此処は断る訳にも行かず、熱い頬を感じながら私はガドルの手を取った。
手袋に毒針でも仕込んでおくべきだったと後から気が付く。
さて、町に着いた私たちは早速だがデートを始めた。
腕を組んで、街の中を歩く。
気になる店が有れば、立ち止まり。美味しそうなパンのお店では試食を貰い楽しんだ。
私たちを見る度に、改めてと言うか、当たり前に町民は結婚の祝いの言葉をくれる。
昨日は家族婚でしか無かったから、こう素直に祝いの言葉を贈られるとくすぐったい物が有って嬉しい。
コレが偽りの結婚で無かったらどれほど良いモノだったろうか。
「ご結婚おめでとうございます。花嫁様きれいですね」
「ありがとう。小さなお嬢さん」
私は小さな女の子からお祝いの言葉とお花を貰って感激してしまった。
私の家の領地はこれまた皆暗くて黒魔術に嵌まっているか、裏の怖い人たちばかりが集まっているから。
こう素直な可愛い仔にお祝いされるのは、やはり嬉しいもの。いや、我が家の領土の人たちも祝いはしてくれるけど、魔術とブツで。
さて、ここでふと気が付く。
先ほどから側に居るはずのガドルが居ない。もしかして、私迷子になった?
そう思い、お花を手に何処に行ったのかと当たりを見渡していると、少し離れた所に彼の姿を見つけた。
軍服と言うのは見つけやすくて良い。そこだけが利点だ。
ガドルは少し離れた場所で、剣を片手に見張りをしていた。
鋭い眼光で、あたりに何も無いか警戒に警戒し見渡して、その姿は流石騎士団長と言ったところ。
でもガドル?何度も言うけど、今日はオフなのよね?デート中なのよね、私達。
「ガドル?」
「あ、ああ、すまない」
声を掛ければ、声だけは返してくれる。
でも彼の警戒は解かれそうにない。
思わず、まじまじと見つめていたら、そんな視線に気が付いたのだろう。ガドルが言った。
「……貴女を狙う刺客が居ないか、不安でね。俺は良く狙われるから巻き込まれないか心配なんだ」
「ガドル……」
ごめんなさい。それ、私よ。
と、いう訳にも行かず。ガドルの側に寄りそう。
「ありがとうガドル。その気持ちだけで十分よ。でも今日は折角のデートなんだし楽しみましょう?」
出来る限りの上目遣い。
彼の腕にそっと触れてお願いしてみる。
少しの間、ガドルは照れたように顔を手で隠してそっぽを向いた。
「そ、そうだな。すまないコーラル。今日は折角の君との時間なんだ。もっと楽しむべきだった。今からは貴方だけを見て、楽しむ事にしよう」
私の手を握って、指先に口付け。
イケメンにされることじゃないわね。
熱い頬を感じながら、私は再度ガドルの腕に腕を絡ませる。
思ったんだけど、ガドル。ちょっとチョロくない?
女の子に弱いとか、そういう感じなのかしら。
だって、私そんなに美人でも何でもないんだけど?
むしろ真っ黒な漆黒の髪で嫌厭されていたし。性格も冷静過ぎて可愛くないてよく言われるし。
髪と瞳の色のせいで魔女あつかいはざら。隈も酷いし。それが普通だったのに。
こんなにもデレデレされたら、ちょっと扱いに困ると言うか、私も照れてしまう。
やっぱり20歳まで独身を貫いて、相手も居なかったって聞くしウブな人なのか?
それだと騙しているみたいで、少し気が引けるけど。其れもまた仕方が無い事なのか?
「コーラル。聞いているか?」
「え!?あ、なあに、ガドル」
考え事をしていると、ガドルが話しかけてくれたことに気が付かなかった。
何かと聞き返すと、ガドルは道を挟んだ向かいの小さなカフェを指差している。
「休憩でもと思ったんだが。あそこの店は上手いと有名だ」
「え、ええ。嬉しい。御誘いに乗るわ」
何かと思えば休憩か。
流石にこの人ごみで仕事は出来ないが、仕方が無い今の時間だけは普通に夫婦の時間として楽しもうじゃないか。
そう思って、カフェへと身体を向けた時だった。
私達が道を渡ろうとした、その瞬間まるで私たちをひき殺そうとした勢いで、馬車が奔って来たのは。
「コーラル!」
ガドルの腕が私を引き、その腕に閉じ込める。
その御蔭、砂煙を浴びるだけで、お互いに傷一つ追う事もなく済んだ。
私を守る様にそのまま後ろに下がるガドル。
水色の眼が真っすぐに馬車を睨む。その視線からは怒りと困惑が初めて感じ取れた。
確かに今のはかなり危なかったとはいえ、此処までされることなのか、ずっと腕の中にいると照れてしまう。
違う。そうじゃない。
今の問題は、たった今私達ひき殺そうとした人物の正体を探る事だ。
あの馬車、私も巻き込まれたが完全に今のはガドル狙いだったぞ。それは気が付く。
なんだ?私の同業者か?私の獲物を狙う輩か。どんな奴だ。変な言い訳をするなら、ここで私が殺してやらないでもない。
「いや、すまない!手元が狂ったようだ!」
だがその考えはあっさりと打ち砕かれた。
馬車からするのは若い男の声。
それも私も、そしてガドルも良く知っている声。
馬車の扉が開いて、中から人が降りて来る。
白と金のナポレオンコートに身を包んだ、金色のショートヘアー。
緑色の優しげな瞳。周りの女性陣の黄色い歓声。
「怪我はなかったかい。ガドル、――それから、アルバード夫人」
気軽に私達に声を掛けるその彼は。
ロバート・アルフィン・ローランド。
この国の第一皇子であり。私の依頼人その人である。
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