第4話『旦那様は訓練がお好き』

 

 カーテイス・ガドル・アルバード。

 彼の一日は早い。


 これは彼の休日の話だが。

 まず5時半に起床。

 6時には朝食をとって、6時半には朝の訓練。それを10時まで行う。10時から領土の見回り。

 10時半には城からの執務をこなし、11時に訓練。12時に休憩と共に昼食。12時半に執務を再開し。13時にもう一度領土の見回り。

 14時に訓練。18時に夕食を取って20時まで訓練。続けざまに執務をこなし、21時に入浴。22時には床に就く。


 ナニコレ。休日なのこれ?激務じゃなくて?訓練ばかりかよ。

 一ヶ月に2回ぐらいしかない休日のスケジュールって聞くけど。なんで執務入っているの?奴隷の一日って奴じゃなくて?

 嫌、奴隷でももっと真面な一日過ごしてるよ?可笑しいでしょ。暗殺者の私でもドン引きよ?


 そんな普通な文句は知ったこっちゃないと言わんばかりに、日傘をさして見守る私の前で標的かつ、旦那様が今まさに剣を振っている最中でございます。

 上半身裸になって剣を振る様は正直言えば、腹立たしくもカッコいいのですが、言いたい。

 ほんとに激務の間違えじゃなくて?結婚したのよね、私達。↑の新婚の日々じゃないから。


「ガドル。少しいいかしら」


 でも私には時間も残されてない訳だし、この激務を利用してやろうと思う。

 タオルと剣を片手に私はガドルに声を掛けた。


「まずお疲れ様ね。ガドル」

「あ、ああ。見ていたのか。……なんだか、恥ずかしいな」


 恥ずかしい?恥ずかしいとは何がかしら?上半身裸の事?

 ムッキムキのボディを綺麗に管理された庭で惜しげもなく晒し出している事かしら?

 大丈夫よ昨晩嫌と言う程に見たから。そもそもソレのセリフじゃない?

 新妻が剣を持っている件はお構いないだと言うの?


「ああ、いや。こうして稽古をしている姿を人に見られるのは中々なくてな」

「まぁ、そうなの?でも戦場では剣を振り回しているのでしょ?」

「……振り回してはいるが、敵はまず死ぬし、味方は戦場では俺の側には絶対に寄らない。稽古中も同じだ」


 え、こわ

 なにをサラリと恐ろしい事を言わなかった?

 否定される覚悟、冗談として言ったのだけど。事実だったとか、私の標的怖くない?


「そ、そうなの?じゃあ、その腕前私に見せていただけないかしら。で」


 そして、今の話を聞いて当たり前に挑戦状を叩きつけられる自分も怖い。

 でも残念ながら、コレが今日二回目の私の暗殺挑戦。その名も真っ向勝負で行こう大作戦。

 我ながら馬鹿じゃない?


「コーラル何をいっている?」


 そうよね。そう来るよね。

 私自身も自分がこの機に何を一定いるか分からなくなっていた。

 一先ず、ガドルに説明をするついでに自身の状況を整理しようと思う。


「だからね。私と、手合わせして欲しいの。真剣で」


 ――終わりだ

 よくよく考える暇も無く、私と言う目的はただそれだけだ。

 ガドルのエピソードで少し怖気付いてしまっていたらしい。それに勝算だってあるにはある。

 でも自身の作戦を思い出し、そうと決まれば、善は急げ。なよなよ悩んでいる暇はない

 私はタオルをガドルに投げ捨てながら剣を握りしめ、ガドルの前へ、構える。


「本気かコーラル?」

「ええ、本気ですとも。大丈夫、お父様に訓練されてきたから大丈夫よ」


 私が投げたタオルで顔を拭きながらガドルが問う。

 無表情であり、そんな事を聞きながらも、彼の声には冗談にも似たどこか茶化す様な声色が聞こえていた。

 きっと私が御遊び感覚で訓練したいなんて言って来たと思っているに決まっている筈。

 なにせ訓練したいなんて言いながら今の私の格好は、地面まで着くフリル満載のドレスだぞ。こんな格好で動ける女は居るはずがない。

 相手はそう思っているに違いない。


 でも気を抜いては為らない。

 極めつけに私はとどめの一言を彼に投げかける。


「だってね、ガドル。新婚初日だって言うのに、剣に貴方を取られたみたいで寂しいんだもの!」

「――!」


 私の言葉を聞いてガドルの頬が一気に赤く染まったのが分かった。

 それ見たことか、馬鹿みたいに戦場で剣士か振って来なかった男だ。女には弱いと思っていたのだ。

 現に今の言葉で彼の心は完全につかんだ。間違いない。


「……そ、そうか。なら手合わせしよう」


 無駄に絵になる形で首にタオルをかけたまま、ガルドが片手で剣を握りしめる。

 対して此方は両手。やはり甘く見られている様だ。

 アレだろう。「あははうふふ」しながら剣で叩き合う様な変に甘い想像しているんだろう?

 現に側で見ている執事のセバスさんや女中さんたちは、微笑ましそうな顔で私たちを見ている。

 なんて間抜け面だろう。これから惨劇が起きるとも知らずに。


 ニヤリと笑って私は剣を握りしめる。

 私を舐めたらいけない。何度も言うが私は暗殺者一家なのだぞ。

 幼いころから16年間、ずっと剣の稽古に打ち込んでいたわ!むしろ泣きわめいても止めさせてもらえなかったわ!


 私は此処で決める。

 ここでガドルを仕留めて、そして私も死ぬ!


 その結果お父様が失脚か極刑に成るかも知れないけど、よくよく考えたらあの毒親、どうなっても知らないわ。

 家訓教訓だって言って私を追い詰めまくったのが悪いのよ。どんな手を使ってでも標的を殺せと言って来たのはあの男なのだから。


 そもそも、殺気の毒殺は見知らぬ他人を犯人に仕立てようと下から失敗したのよ。間違いない!

 だから今度は巻き込むのは自分の家とする。命じて来たのはあっちだもの、同じ覚悟を背負って貰うんだから!


「じゃあ、ガドル行きますね」

「ああ」


 その決意を胸に私は再度、剣を握りしめる手に力を籠める。

 やはりガドルは気を抜いているのか目に見えて、全く本気を出していない。


「えーい」


 それが命とりだとも知らずに。私はほくそ笑みわざと間抜けな声を出し相手の気をひきながら、一気に足元に力を踏み入れ、地を蹴った。

 私の身体は疾風を纏う。風を切り走ればほんの2メートルばかりの距離は一瞬にして縮み、私は高く跳び上がったまま刀を振り上げガドルを目の前へと迫り、その首を定めた。

 刀を振り下ろす瞬間に目の端にガドルの表情が浮かぶ。変わらず無表情で、けれど何処か僅かに笑みを浮かべた彼。その顔が驚愕に染まり切る瞬間を私は見て見たかったのかもしれない。


 だが残念、それも間に合わないようだ。

 手に持つ剣を振り下ろす。

 まあ、良い。その間抜け面のまま逝くが良い!


「――」

「え」


 信じられない事が起こったので記そう。

 結果から私の刀はガドルの首に届くことは無かった。その前に彼が動き私を止めたのだ。


 金属の音がぶつかり合う――。

 訳でもなくガドルは実に当たり前のように私の一撃を、少し身体を横にずらすだけで避けたのは瞬きの間。

 大きな手が私の刀を掴む手に伸び、掴み上げる。

 それからどういう訳か、私の身体はふわりと宙へ――。

 体制がぐらりと変わり、縦から横へ。今まで見えていたガドルが居なくなって、見えるのは青い空。

 身体に軽い衝撃が走り、宙に浮いている感覚が伝わったところで、私は此方を覗き込む無駄に顔の良い旦那様の顔を再度見る破目となった。


「悪いコーラル。お前には僅かにも本気すら出せないようだ」

「……」


 ガドルの声を聞きながら、一瞬何が起こったのか分からない。

 だが、ガドルの覗き込む顔を見て段々と何があったか、頭が理解していく。


 つまりだが、アレだろう?

 突撃して来た私をガドルが瞬時に避けて、その腕を掴み持ち上げると同時にクルリと私の身体を回転させた。

 私の身体は空中で見事に体制を変え、そのままお姫様抱っこと言う形でガドルの腕の中。――どんな神業。

 でもコレをガドルと言う男が遂行させたのは違いない。


 つまりだが、私の作戦は失敗と言う事?

 それどころか今の動きをしながら、僅かにも本気は出してないって事?


「それにだ、コーラル。そ、その……お前は何時か俺の跡取りを産む身体だ。無茶だけはしないで欲しい」


 ガドルが頬を染めて言う。

 私を抱きしめる手は、ソレはもう優しくて壊れ物でも扱う威力で、きっきが嘘のよう。

 今の言葉、ちょっとセクハラでは?なんて思いながら、私は思う。


「ま、まぁ。ガドルったら。恥ずかしいわ」


 この男に剣で勝つなんて到底無理だわ。


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