第16話

 明莉の作ってくれたお弁当を一人寂しく食べる。


 前までは一人で食べるのが当たり前だったし、別に寂しくもなかったんだけどなあ。

 樋山さんや森さん、水瀬さんと食べるのが俺の当たり前になっていたみたいだ。


「間宮くん!」


「え?」


 後ろに肩で息をする樋山さんが立っていた。


「一緒にご飯食べよ?」


 樋山さんが笑顔でお弁当を見せる。


「うん」


 俺は顔がにやけるのを我慢して頷いた。


「しずちゃーん、速すぎっ」


「まみやー、私たちも一緒いい?」


 後から森さんと水瀬さんもお弁当を持ってやって来る。


「もちろん」


 四人で机を合わせて食べる。

 いつものように。


 良かった。

 俺は安堵のため息を吐いた。


「ていうかー、間宮っち彼女いるんなら言えよー」


 森さんが箸を俺に向けて笑顔で言う。


「あの制服、白女でしょ?めっちゃ可愛いじゃん」


 水瀬さんも笑いながら言う。


 樋山さんは笑ってない。

 ただ下を見ていた。スカートをシワができるほど強く握りしめて。


「いや、明莉……あの子は彼女じゃないよ」


「ほ、本当!?」


 樋山さんが立ち上がって俺に迫り聞いてくる。


「う、うん」


 あまりの勢いにびっくりしてしまった。


「嘘!?まだ、付き合ってなかったんだ」


 森さんが大きな声を上げる。


「……首の皮一枚繋がった……いや、でもあれはもう付き合う寸前てか、付き合ってやれよ……はっ、ダメダメ、私は雫の味方……見限られちゃえ……いや、間宮は優しいから望み薄いかあ……なら、間宮が見限っちゃえ……いや、間宮も満更じゃなさそうだったというか、自然体だったというか……」


「……え、水瀬さん、どうしたの?」


 なんか、小声でブツブツと唱えてる。

 目がギンギンに開かれていて怖い。


「あ、そ、そっか、“まだ”、か」


 樋山さんがまた悲しそうな顔をして座り込んだ。


 もう、カオス過ぎる!!


 ていうか、勘違いしてるから!


 “まだ”ってなに!?


「みんな、あの子は、俺の――」


「雫さん!」


 俺が大事なことを言おうとしてたのに、大きな声で遮られてしまった。


 誰……ていうか、なんかデジャブ。


 教室の前の出入口に視線を向けると、やはりいた。

 一年生に人気のイケメン先輩。


「はあ?流石にしつこすぎない?」


「雫が優しいからって調子に乗ってるんじゃない?」


 三度目の登場に森さんと水瀬さんが少し怒っている。


「雫さん、今日はここで大丈夫です。時間をください」


「え、ええ?」


 樋山さんが戸惑って声が出せない中、先輩はずかずかと教室に入ってくる。


「ちょっと、迷惑なんですけどー」


「雫も迷惑なんじゃないですかー?」


 森さんと水瀬さんがトゲを含む言葉で先輩を追い返そうとするけど、先輩は止まらずに樋山さんの前で止まる。


「あ、あの、私、先輩とは……」


「それでも大丈夫です、今は」


 “今は”?

 変な言い方に疑問を抱く。


 告白しに来たんじゃないのか?

 今、樋山さんは先輩を拒絶した。それなのに、“大丈夫”?

 告白とは別に何かを言いに来たとか?


 先輩は相変わらず優しい笑顔をしていた。


 まじまじと見ていたら、先輩と目があった。


「今日は告白しに来たわけではありません」


 静かになった教室に先輩の声が透き通る。


 教室にいる全員、いや廊下に集まっているギャラリー全員が疑問を抱く。


 何しに来たんだ?


「雫さん、あなたに彼は釣り合いません。今すぐ関係を絶つべきです」


「……え?」


 先輩は俺を指差して告げた。


 釣り合うって、そもそも付き合ってないんだけど……


「な、何言っているんですか?」


 困惑する樋山さんが聞く。


「彼には既に交際相手がいるそうですね。彼は、それなのにも関わらず、あなたをたぶらかそうとしている最低な男です。それに、何より顔が平凡。あなたと釣り合う筈がない。あなたのような美しい人は僕と付き合うべきです。あぁ、すみません。告白みたいになってしまいましたね」


 詳しく説明した先輩が最後には笑顔で締めくくった。


 教室が静かになる。


 誰も声を出せないでいた。

 俺も思考が止まっていた。


 まさか、先輩の中身がこれだったとは。


「は、はあ?ちょっと何言ってんですか、先輩?あなたが間宮の何を……というか、それを言って雫があなたに――」


「遥香、ちょっと黙ってて」


 水瀬さんが先輩に抗議するのを、樋山さんが有無を言わせずに止めさせる。


 水瀬さんが、森さんが、樋山さんを見る人が気づく。

 樋山さんの雰囲気がいつもと変化したことに。

 みんな、それに驚く。


 でも、俺は驚かなかった。


 知っていたから。


「ひ、樋山さん!お、落ち着いて。今は人がいっぱいいるから。それに、俺は別に気にしてないから」


 だから、俺は止めようと樋山さんに話しかける。


 樋山さんの表情は怒りに染まっていた。鋭い瞳で先輩を捉えている。

 先輩はあまりの圧に動けずにいた。


「間宮くん、もういいよ」


 樋山さんが俺に笑顔を向ける。


「よくない!“辛い”って言ってたじゃん!俺のことなんていいから――」


「間宮くんがいるから辛くない。それに、美晴と遥香もきっと離れない。だから、もういいよ。それに、友達をあんなふうに言われて黙ってるほど私は優しくない」


 ダメだ。止まらない。

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