四章

弥香と会っている。


ラ・メール店内にて。

覚悟していたけれど、女性客でいっぱいだ。

弥香のようにオシャレに敏感な彼女たち。

運ばれてくる皿を写真に一枚一枚おさめてゆく彼女たち。

SNSにアップするのだろう。

流行という波を乗りこなすことを楽しんでいる。

波にのまれすぎる事の心配はしないのかな。

飽きたらまた次の波に乗り換えるのかな。


彼女たちを見ていたら、そんなことを感じた。


弥香も写真を撮るのかと思えば撮らないらしい。


「歌奈とご飯にくるの久しぶり。

 学生時はいつも一緒にいたのに、あれから何年経つのかな?」

「弥香、ざっと6年は昔だね。

楽しかったよね、変わらずあの時から二人ともバカだったよね」

「笑わさないでよ、もお」

そういうと、弥香は水を吹き出しそうになりながら笑う。



メニューを見ながら決める。

今日の気分は魚だな。

鯛のポワレ、一発で気に入ったから。

弥香は迷っている、3分も迷っている様だった。

けれど、決めたようだ。

鴨フィレのスパイス風味。

それぞれ、白と赤のワインを選ぶ。



そして、会話が始まる。

「歌奈は、最初会ったときはなんかとっつきにくい感じだった」

「そうかな?」

「うん、なんか空気がピリッとしてだれも入れたくないって感じだった」

「どんなよ、よく声かけてきたね」

苦笑いしてしまう。

「だって、気になったのよ。この子このままいくどうなるんだろうって」

私は痛いところを突かれ笑うしかない、そして感謝。

「あー、ありがとう」


弥香は、とてもにっこりと微笑んで続ける。

「でも、意外と面白くて無茶するから見てて飽きないよ、歌奈の事。

どうして、最近大人しいの?」

「え?どんな印象なのよ。

確かにあの頃はアホだったけどさ」


そう、弥香と朝まで飲み明かした事。

勉学などそっちのけでバイトばかりしていて、授業でノートもとらず寝てたこと。

バカなことばっかり思いだす、というよりそれしか記憶がない。



「確かにアホだったし、今はバカだね、どうなるんだろうね、これから」

と、さっそく二人で笑い合う。


料理が運ばれてくる。



何となく呟くように私は喋り始める。

自分にも言い聞かすように。


「弥香、私はあれから樹海に囚われてしまった。

それは深くて暗くて、でもかすかな光が月明かりのように見えているの。

私はこの樹海をずっと手探りで探し求め続けてきた。

進むべき道を」

弥香はたずねる。

「それが、大人しかった理由?」

「思案しなくちゃ怖い、人間には防衛本能が備わっているもの。

いくら私がバカでも森が見えないまま突き進むなんて」


 そして、はっきりと弥香の目をみた。

「最近、進むべき地図が見えてきた気がするの。

自分が進むべき道への」

弥香は何とも言えない表情をした。

「歌奈は、見つけ始めたんだね。そして樹海の姿を」


そして、私の樹海の出口はいつ見つかるのだろうと言いたいのだと私は察した。


「弥香、見つけたのかと聞かれれば多分そう。

けれど、どう進むのかはまだわからないの。

弥香と同じだよ、一緒に進むの。

私と一緒に行こうよ」

弥香の表情が明るくなった。

「ありがとう」


運ばれた料理を食べ始める。


「でも、歌奈もやっと動き出すんだね。

私は歌奈が一気に走りぬける生き方が好きだよ。

面白いの、どんなことを見せてくれるのか期待してる」

「それ、走りぬけて燃え尽きるからな、私。

リカバリーに時間がかかるの。

さすが、よく見てくれてるのね」

「とにかく、私たちは一蓮托生なの、いくよ、弥香。」

「うん。」

と笑っている。



 一見すると、弥香が私を引っ張り細々と世話を焼くような関係でもあるが、また、私も弥香を引っ張り

支えている関係なのだ。

進むときは、走り抜ける時は一緒だ。



料理は、鯛のあっさりした身の中にもあるまったりとした油を感じ取れた。

それに絡み合うレモンの薫るソースがおいしかった。

弥香にしても、頬張る姿が可愛いと思う。

こんな時間が続けばいい。



「そういえば、人の不思議な縁ってどんな話?」

「あぁ、展覧会に来られたご婦人。

ずっと、一つの絵を見つめ続けてるの。

少し話させてもらったんだけど、とにかく、率直で純粋な方だった」

「へー、絵の展覧会に来る人なんだから、文化意識の高い系の人?

私そういう感性って、人それぞれでよくわからないんだよね」

「うん、言わんとしていることは分かるよ。

確かに人それぞれ心に、小宇宙とも呼べる感性と世界をもってる。

それを否定したり、批評することもおかしいって」

「うーん、私が言いたいのは興味がないんだよね、歌奈ほど、人に。

自分に関わる人や、身近な人だけでいいのよ。

だってそれ以上考えるとパンクしそうだし」

「うん。そうだね。

私も、最近はそうなんだけど、その人は少し特別な気がして。

私から、関わって貰いたかったのかもしれない」



 しばらく、間があく、お酒を飲みながら。

「へー、よっぽど、面白いか変わってそう、その人。

歌奈って変わってるもの。

引き付ける人も、受け入れる人も」

「ひょっとして、自分の事忘れてるのかな?」

「もちろん、私も含めて」と笑う。



「どんな話をしたの?」

「うん、個人的な事だから、話していいのかわからないなぁ」


弥香にはっきりと見据えられる。

「ここまできて、良い人ぶらないでよ!そういうとこ面倒くさい」

「うん、そうだね」

私は躊躇いながら話し出す。



「彼女は、夫と死別したのね。

でも、喋り方とかがドラマチックでいて、惹きつけるの。

絶対に引きはなせないぐらいの引力で殴ってくるの、目に見えない現実で」

「既に逃げていいですか?」

弥香が茶化す。



「どういうこと?」


「人があえてぼかす所を彼女は躊躇いもなく言うの、人の裏表、愛する人を追い詰めた目に見えない力を」

「人はとても敏感に自分を守る、けれど、強者がいれば弱者もいる。

その判断をわける基準を彼女は知っていた。躊躇いもなく口にしたの」

「うん、重いね。

何となくだけれど……その基準は人間であることを捨てる事?

ひたすら自己の欲望だけで生きる猛獣みたいな?」

「そうね、でも彼女の旦那さんは優しすぎる側の人」


弥香は頭が良く勘もいい、大体のことを察したのだろう。


「亡くなったの?負けたのかな?それとも……」

「それとも?負けるって?」


弥香は覚悟を決めたように喋る。

「負けるってあえて言うよ、猛獣に負けて死んだの?形は問わない」

私は事実を告げる。

「詳しくは知らない、けれど病死だとは思う」


明らかにほっとする顔をする。


私はその表情を受け続ける。

「この世は強引な嘘つきが支配したり得をする。

一方真面目な情弱が損をする。

でも強者は言う。

優しいから何もできない?真面目が悪いと。

この世はうまく殴り合って、手をつなぎ合うべきだと」


「私は分からないの。

私の父は、そういうゴタゴタの巻き添えにあった、足元をからみとられて動けなかった。

彼女の旦那さんもまたそう」


尚も続ける、

「この混沌を、私たちはどうかいくぐり、どう生きるべきなのかな?」


ハッとしたように、弥香は続ける。

「歌奈、そういえばお父さんの話聞いた事なかったね。

聞いていい?」

私は続ける。

「父は、私達に対して無責任だった。

けれど、他人には義を重んじるようなわけの分からない人。

愛情がなかったわけじゃないことは分かるの。

けど、どうしてなのかな。

私はもっと愛して欲しかったのかもしれない」


「うん」


「父は、家族には冷たかった。

 けれど、人にはお人好しで通っていた。

人に見捨てられるのが怖ったのかな?

それとも、プライドかな?力を誇示したいみたいな。

けれど、よく騙されてて私から見るとそれを見るのも辛かった。

親類さえも、どうして人は簡単に人を平気で利用し裏切れるのかな」

「うん。そういう場合、お金と自己保身が定番だけれど、私はそれだけとは思わない。

よく相続問題ってもめるの。

やっぱり自ら命を絶ったお客様もいて、そのお金に対して醜い争いがあるのは事実。

自分が運営する会社の失敗の為だったりで自ら命を絶つ人もいる。

それ以外のケースにしても、家族側にしても愛があったからそこに憎しみや

裏切りの辛さという葛藤がある。

少なくない案件ではある……」

「けれど、私達側もだんだんならされてく。

事実を掘り返して誰が得をするのかもわからない、麻痺しないと生きていけない」


私はたんたんという。

「そうだね、責めてるつもりじゃないの。

私だって境界線で揺れている人間だと知ってるから」


尚も続ける。

「私も彼女も真面目に囚われてしまいやすい人間なのかもしれない。

目に見えない力を利用することもできるのかもしれない。

または、悪意を返す事をできたかも知れない。

けれど、どうしてもそんな人間の中に光を探してしまうの。

ないのに、そんなものどこにも」

一息つくと私はまた喋りだす。


「でも、父は会社に横領したという疑いをかけられ利用されてたの。

親族が運営する会社よ、妹夫婦が運営している会社。

父はすべて飲み込んでた。

黙ってた、そのうちに失意や怒りをもって病死したの。

けれど、その矜持を組めば、気持ちを考えれば考えるほど、動けなくなるの。

なのに、馬鹿な奴はどんど利用して追い詰めてくるの。

攻撃を返したいの、裁判で応戦し防御はしたの。

でもどうしても同じになれない。

叩き潰すこともできるのに悪意ある嘘に絡めとられてできないの……

ねぇ、どうしてだろう……人は真実より実利を取ろうとする。

私達も良い人でいたい偽善なのかも知れない……

けれど、それさえも捨てたらなんのために生きるのか……わからない……」


弥香はただ黙って聞いている。


「きっと、彼女も同じ気持ちを抱えてるとおもったの」

「歌奈、大丈夫?」


そっと目を覗き込んでくる。


「ありがとう、でも彼女は時間の檻やこの悩みの檻から抜けられたと言ったの。

それが、なんなのか知りたいと思ってしまうの」

「うん、それは経験した人間にしかわからないよ。ごめんね、歌奈」

「ありがとう。聞いてくれて。

料理がおいしくなくなったかもしれない、ごめんね」

「そんな事どうでもいいの。私は歌奈が大事だよ」


すっと、乾いた土に水が吸い込むような気がした。


「私は、歌奈はそんなに不器用な子じゃないと思う。

もっと、自分なりの答えを見つけて行ける子だと思う。

進んでいいんだよ?歌奈。

そろそろ、その心の錘を下ろそうよ」


はっとした。

そうだ、私はもうあの頃の幼い子供ではないんだ。

そんな気がした。

ありがとう、弥香。



その夜、満月を弥香と見上げながら帰った。

少し雲がかかっていたけれど、綺麗だと思った。

こんなに力が抜けたのは、いつ振りだろう。


昂も見ているだろうか?この月を。


伝えたい事があるよ。

「会いに行くよ。ずっと見守っているんだから」


きっと、私はもう力を抜いて生きる時期なのかもしれない。


私には、昂がいて、弥香がいる。

そう感じた。




誰かと話をしていく事で、心が少しずつ解放されるのかな。

少しずつ薄皮を剥くように現実も軽くなってゆくのかもしれない。



今日も、昂に会いに行こう。

今は、ノートとブログの世界でも繋がっていられると感じるから。


今日は、2016年の昂に会いに行こう。

どうして連絡が取れなくなったのかを知りたい。



連絡が取れなくなったのは何月だったのかな、冬だったような気がする。

そう、いつものように他愛もない話だった。

仕事の付き合いで飲みに行ってきたという話、私はただ相槌をうち楽しく話していたと思う。

ずっと会話のラリーが続いていく。


「歌奈、ある社長と飲んだよ。気に入られちゃって強いお酒を何杯もご馳走になった」

「へー、それはいい事だよ、良かったじゃない」


そんな会話から、だんだん話が変わっていく。


私は、この頃には焦っていた。

いつまでも昂と会えないことに。

だから彼を追い詰めたのかもしれない。

少し、焦って欲しかったのかもしれない。


「私、婚活アプリ始めたんだ」

ワラウスタンプ

「へー、で、成果の方はどうなの?」

二ヤツイタスタンプ


「うん、なかなかいい人いるよ、ただ胡散臭いけど」

ワラウスタンプ


「どんな婚活アプリ?俺も見てみたいな、良い女の子いるかな?」

二ヤツイタスタンプ


「いるんじゃない?」

二ヤツイタスタンプ



もちろん本気ではない、試したかったのかもしれない、いろいろなことを。

何かの焦燥感を私はいつも感じていた。

そのモヤモヤの原因を探していた。

何かはわからなけれど、年齢のせいかもしれない。

時間かもしれない。

追い詰められているように感じていた。



彼にしても、本気ではないのも分かっていた。

けれど、私は限界が来ていた。

彼は私に会いたくないか、もしくは会えない事情を抱えていることも察していた。

けれど、その何かが掴めないことにも私はイライラしていたのかもしれない。


「私、愛知に行こうかな? 転職しようかな? 」

「来るなら応援するよ、友達として見守るよ」


友達と言う言葉。

それが、彼からの最後の答えだと思った。

これ以上、愛されない関係に疲れたのかもしれない。



そして、私は送った。

「私は行かない」

きつと、彼にしてもこれが最終的な答えだと思ったのだと思う。

よくある結末、馬鹿みたいな結末だった。

そうして連絡先を消した。


けれど、その言えなかった原因が、ブログの中に隠されているのかも知れない。



2017年11月5日

思いの箱より


『今日は、人生で最悪の事が起こった。


どうして真実が言えないんだろう。

どうしたら、この気持ちを分かってもらえるだろう。


こんなことを書くと信じてもらえないことは分かっている。

いつかの君から途切れ途切れで連絡がくるんだ。

そして君の存在を見つけては、掴めなくなる。


どうしてかはわからない。

ただ、掴めなくなると感じるんだ、君の声が頭に響く。

俺はどこにも動けない。

この謎を解き明かすまでは』



おそらく、11月のこの辺り。

私はノートに返事を書くことにした。


『昂へ、どうしたの?なにがあったの?

ストレスが強いの?


もし、それが真実だとしたら、その謎って何なの?

どうして、動けないの?

なにが響いたの?』

2020年9月18日  23時


答えはない、解き明かしていかなければ。

そう感じている。

この散らばった暗号文から、きっと彼もそう望んでいるはず。

それからの、3か月それらしいことは見つからない。


ただ、海の写真が多くなっている。

彼の息抜きの方法であると知っている。

大きなストレスがあったのだと推察した。



けれど、3年前より彼の

『疾走するまま』が始まっている。


あれ?

確か彼は愛知にいるのではなかったの?

いつから東京にいるの?


熱に浮かされたように、私は感じたままをノートに綴りだそうとノートに書き記していると、勝手にペンを持つ手が動いてゆく。

何かに書かされる感覚。



『このメッセ―ジは時間と時空を移動している。

彼を救いたいのならば、あなたは今心を綺麗に落ち着けなさい。

互いにインスピレーションを届け合うのよ。

それが今後の未来を安全に変える鍵となる』



なんだろう?この現象……

怖いような、けれど何かの答えが分かるのならという感情が均衡している。

何かに書かされている感覚が続ける。


私はさらに書き進める。


『あなたは誰? どうしてこんなにタイムラグが発生しているの? 』


『私は未来の貴方の魂、時間は過去・現在・未来と続いている。

今ならばまだ肉体を持って生きているあなた達を安全に助けられる可能性がある。

未来から過去の自分の魂が滅ぶことを回避させる事が私のミッション。

時の女神様の助けを借りて、今の時代の貴方たちにコンタクトをとっている』



謎が深まる。

けれど、何者かに私はつき動かされていることが感覚としてある。

ずっと追い詰められていた感覚はこれなのかも知れない。

そして、昂とすれ違う理由がこれなのかも知れないとも思う。

その謎の答えが、たった今与えられようとしていることは分かる。




『今、世界は二分している。

少しでも平和を愛という光を求めてよりよくなる未来を願う人々か、または戦いを好み

危険に突っ走り滅びを招く人々か。


神様が作ってくれた時間と時空の中で生き物は生かされている。

肉体は皆同じ時間を生きているけれど、魂はバラバラの次元にいる。

そしてこのバラバラの次元の中で、今後知覚する現実のパラレルがいくつか作られている。


光りと平和を求める人々は、時空間を放射能汚染が少ない次元を切り取った安全な空間を貼り合わせた次元で生かしているの。

未来の地球を核大戦より救う為に前もって神様が時間を編集し、良い心の人間や生き物や

地球環境を守り抜いた次元が今よ』


『核大戦って? 未来で戦争が起こるの? 』


『そう未来は核大戦への道を突っ走っていた。

それを危険視した時間の神様が、1990~2020までの時間を巻き戻し編集している。

本当は、2020に地球では核大戦が起こり、地球は滅ぶほどの被害をうけるはずだった。

それを憂慮して、1990~2020は神々は時間と次元空間と時空の修整期間にした。

時間を分断したり、繋ぎ合わせて放射能や核爆発後の危険から生物を守り生かし地球を守る期間だった。


かの女神さまの仕事は、安全な時空運行。

そして、未来の自分の魂からインスピレーションを受け取っている子はこの地球には大勢いる。

皆の為に役立たせている、メッセージに共感というまたは共時性という形で危険を知らせあい愛を拡げ、安全を保たせる必要がある。

愛こそは神にとってのエネルギーの源だから』



そう書くと、不思議な感覚が今夜は消えたようだ。


謎が謎をよぶ。


見えない檻の迷路がまた大きく口を開いて待っている。

その番人の女神さまが私達を見下ろしている。



とある木曜日に、私は準子さんに連絡を取るべきなのだろうと感じている。

少し、躊躇った。

けれど、思い切って電話をかけてみた。


「お久しぶりです、以前展示会でお話をさせていただいた歌奈です」

落ち着いた声で、返事が返ってきた。

「そろそろ、電話がある頃だと思っていたのよ。

話の続きをしたくなったのね、私もよ」

見透かされている。

彼女とは生きてきた時間の年輪が違うのだ。


「はい、お願いします」

「今度は、あなたのお話をききたいわね。いつお暇かしら?」

「ご都合が合えば、明日の夜にお願いできますか?」

「ええ、良いわね、一緒に食事をしましょうか」

「はい。では、駅前の帰郷というお店で18時30分に予約させて頂いて

良いですか?」

「ええ、お願いするわね、楽しみにしているわ」



翌日の夜。


「帰郷というお店の名前に惹かれたわ。

あなたの年齢に似つかわしくないこんなお店を良く知っているわね」

「はい、一度来たことがあったので。

きっとこの落ち着いた雰囲気と、フラワーアレンジメントを気に入っていただける気がして」


入り口から奥は歩道と周りが細かい砂利に埋められていて、目の前には、竜胆・桔梗・グロリオーサが竹細工の中に背丈の順に品よく収められ活けられている。

彼女は静止して、見つめている。

しばらくして、返事が返る。

「そう、ありがとう。気に入ったわ」

そういうとあの優しい眼差しになった。

詳しい言葉はない、それもまた彼女らしい。

けれど、柔らかな眼差しが答えだろうと思う。



私がここに誘った理由は他にもある。

ここには個室があるからだ。

人目を気にせず話したかった。


奥座敷に通される。

「帰郷というからには、帰る故郷のような存在を目指しているのか、

郷里が懐かしいのね、きっと」

「そうですね、私は郷里の方だと思っていました」

「そうね、まぁそれもいいわね。感じ方は人それぞれよ」

そういうと、また微笑んでいる。




私たちは、メニューを注文した。

お膳の中に、小鉢がたくさん並んでいる。

たくさん並んでいると言うと失礼かもしれない。

格式高く美味しいお店なのだろうから。


今日は料理の味よりは、真実の味を追求したい。

「さぁ、本題に入りましょう。女神さまの気に入る答えを見つけたかしら?」

と準子さんは笑う。

「残念ながら、私はまだもがいています」

「そう、今日はあなたの話が聞きたいわ」

「はい」


準子さんは聞く。

「あなたは、時間の檻に閉じ込められていると言ったわね。

たしか、何かを心の中で引きずり後悔すると、ずっと同じ思考と同じ現実を繰り返してしまうと。

それが、女神の作った檻ではないかと」

「はい」


探るような眼が見つめてくる。

「あなたは何に囚われていて、何について後悔しているの?」

この人には誤魔化しはきかないことは知っている。

「私は、愛されないという考えをずっともっていた。

本当に欲しい愛や理解は、もう手に入らないのだと心の中でずっと諦めていた。

家族と恋に求める愛は違うんです、私にとっては」



しばらくの沈黙の後、

「そう、続けて」

「私は出会っていたんです、本当の自分をさらけ出して受け入れてくれる人に。

けれど、彼に関わろうとするとなぜかうまくいかない。

この謎が今も解けない。でも、彼とは気持ちが繋がっている」




「女神の話は、私のイメージなんです。

けれど、これが、最近事実ではないかと思えて来て。

遠くでずっと彼が私を呼んでいる気がしてしまう。

おかしいですよね……」

と自嘲気味に喋る。

「あなたは冷静な子よ、その恋愛でなにか大きな後悔を残しているの?

それとも、ご家族で埋められない愛を彼に求めていたの?」


私は続ける、まるで彼女からの呪文にかかったように…

「それが、よくわからないんです。

このすべての謎、心の後悔のパズルのピースが解ける時この檻から抜け出せるでしょうか?」


そして、彼女は言う。

「言っている意味が良くわからないわ」

「よかったら、話を聞かせて頂戴、あなたの生きてきた時間を。

きっとパズルのピースは心残りではないはずよ。

むしろ、あなたを愛して育んでくれた存在の方にある気がするわね。」



「私は、まぁいわゆる資産家の娘でした。

名ばかりで実質はほとんど財産は残っていなかったけれど。

小さいころから、お金にまつわる争いと人間の裏表を見る機会は多かった」

「そう、いかにもあなたらしい環境ね、私も同じようなものよ」



「私が、高校生頃になると、親族が相続問題に絡み、父に資産を横領したという罪を着せ裁判沙汰を起こしました」

「ほどんどがでたらめの言いがかりのような証拠を並べ立て、証拠を捏造していました。

そして、その頃には父は病気が悪化し、汚名が晴れる事はなく亡くなりました。」

「私は、この時諦めてしまったのかもしれません。

何がと言われればよくわからない。

強いて言えば自分から信じるという心の色がすっと引いて灰色の世界が広がった気がした」

「そうね」

「大学に入り、自分でお金を稼ぐようになりました。

お金は働けば結構簡単にたまりました。

 こんなお金に、自分の欲望のために私たち家族を崩壊させた親族を心底嫌い見下しました」

「その時は、怒りという感情が私の中に残っていた、生きていくんだという生命力も」

「そう」

「いつからあなたの色彩はなくなっていったの?」

「世界は私を残して愛を運んでくれないと知った時から」



私は、準子さんからの答えを探すように視線をはっきりと合わせ喋る、

「けれど、今その愛というカケラを拾い集めることが出来ているんです。

偶然の出来事だった、神はいるのでしょうか。

今私を灰色にした世界から、色彩をなくした世界からだんだん色を取り戻しているんです。

ずっと前に知り合っていた彼へと続く手掛かりがどんどん集まってくる」



それを受け、しばらく準子さんは考え込んでいる様だった。

そして、おもむろにこう喋った。

「そう、そのカケラを追っていきなさい。

なにがあっても拾い集めるのよ」

「あなただけの色彩を取り戻し、歌うのよ。

歌には詩と言う意味があるの。

その滑らかな感性を使って歌い示すのよ。

そして、いつか周りと分かち合うの。

じゃないと、あなたは後悔する、きっと。

どんな結果にしろ、受け止めるの。全てを」



少し沈黙して、

「それが、おそらくあなたが探している、時の女神が仕掛けた檻の鍵なのよ。」

私は、ハッとした。

「そうですね。ありがとうございます。

こうして、準子さんに出会えた事もまた、私の色彩の一つです」

「あなたは、まだ若いわ。本当よ。

まだまだ追いかけなさい、色々なものを。

時間を無駄にしてはいけないわ」

「はい、ありがとうございます。」


心が温かく感じる。

人から貰う信じるという熱意が心に染み渡ってくる。



そして、準子さんの心を探す質問を繰り出す。

「私は、準子さんに聞いてみたいことがあるんです。

以前、仰っていた檻を抜けられたという話、準子さんの考えを聞いてみたい」

「そうね、あなたにとって今日の本題かしら」

彼女は全て見通していたようにクスリと笑った。


そういうと、料理を食べる箸を休めて、彼女を待った。


「私は、そうね。

自分の過去を肯定的にとらえられるようになったときね。

私が私を許せたときかしら」

「許す……

許しって訪れるものですか?

ある時、自分が決めるのですか?」

「そうね、きっかけが訪れて気づきがあって、心ゆく迄葛藤してある日

ふと許せるものなのよ。私の場合はそうだった」

「そういう意味では、あなたが今言っていた事と同じかもしれない。

神はいるのでしょうかと…言ったわね」

「言いました」



少しの間があったが、準子さんは続ける。

「偶然の出来事なのよ。

あなたの言葉を借りるならば、時の女神が自分を許すためのタイミングとチャンスを与えてくれたという事かしら。」



偶然の出来事、なんだか気になった。

やはり時の女神は存在する。

そう感じた。



「今思えば…自己嫌悪に陥っていた時と変わってゆく主人を目の当たりにして悩んでいた時期、主人が亡くなった後、後悔と許しの全てが繋がっていた気がするわ」


私は彼女の心をみたくて、尋ねる。

「詳しく聞いても?」

「ええ」


そういうと、柔らかく微笑んでくれた。

「知らず知らずのうちに、主人を追い詰めていた話をしたわね?」

「はい。」

「あの時ほど、自分の事を愚かに感じたことはなかったと。」

「はい」

「でも、そこに愛があるから悩み苦しむのよ。

主人にも私にも互いに愛があった、だからこそ悩むのよ。そこに気づけた事が大きいわ」


そして、一息ついて考えているとこう言う。


「無視でも、苦悩でもないの。

むしろ愛があるからこそ、自分を見つめなおして、自分の駆られる不安をぶつけるのではなく、彼の苦悩をそのまま見守る決心をしたの。

きっと、私に今できる事はこれだけだと思ったの。

彼が、そう望んだから」

「それは、内心辛いものよ」


私は、はっとした。

ぶつかるのではなく、そのまま見守る?

そんな、深い愛の形もあるのかと。


「それが良かったのかしら?

彼は少しずつ少しずつ私に心を開いてくれるようになった」

「人は、基本的に本当にしんどい時は人の苦悩や感情までは背負えないわ。

重荷になるとき、それは愛ではないのよ。

ただ、私が家事、子育て以外に彼の社会的立場を支える事は出来ない。

だって働いたことがないし、彼と代わってあげることもできない」

「それなら、私にできる事は彼のそばにいて、居心地の良い空間を作ることに徹する事のみだと思った」



私は、今までどしていただろう…

自分の幼さが気になった。


「はい。私もいつかそうできたら、そうしたいと思うんです」

そう答えると、準子さんは微笑んでくれた。


「そんな時に、彼と出かけるようにしたの。

月に一回だけはどんなに忙しくても。

私もストレスがたまらないように、これはとても大事な事よ。

だって、彼のストレスを少しでも軽くしてあげたいじゃない?

私も彼と一緒にいられるでしょ?」


そういうと、いたずらっぽく笑う。


「そして、そんなときに彼とある美術館に行ったの。

もうわかるわね?平山郁夫の絵がたくさん展示されていた」


柔らかな微笑み、回想しているのかな、幸せそうな表情。

私はそう感じた。

「彼は、絵が好きだったの。

良く絵には作者の心が入っていると言っていたわ。

その心を込めたメッセージを紐解いてゆくことが好きだったのね。

いかにも彼らしいでしょ?」

「はい」

私もつられて微笑んだ。


「あの、例の絵もありましたか?」

「ええ、もちろん」

「彼は、言ったのよ、

準子、これは心の休日だよって。

私にはその時はよくわからなかった。

けれど、彼には休日に見えていたのね」

少し寂しげな表情へと変わる。



「けれど、もちろん、幸せなことばかりじゃなかったわ。

彼はその後、病んでゆくのだから」


少しのため息と、間がある。

表情に憂いを帯びる。



「その言葉の本当の意味を深く知るのは、彼が亡くなった後よ。

後に、彼の残した日記から深く知ることになるわ」


「主人は癌だったわ。

最初は胃癌ね、最初の手術で悪いと所は取り除いたの。

けれど、何度も再発しては転移を繰り返すの」

「当時は神様を恨んだわ。

こんなにも真面目で正直な人になんて理不尽な真似をするのと」



しばらくの間があく。


「でも、よく考えれば当たり前のことなのよ。

ストレスが原因の一因なのだから。

仕事を辞めて、治療に専念して欲しかった。

けれど、彼の仕事への執念ともいえる強い想いと、私たちの生活が彼に、また目に見えない力や

重圧として襲いかかっていたのね」

「病気は何人も抗いがたいものですね」

「そう、あらかじめ定められた寿命と言えばそれまでだけれど……

自分で決めた選択と言えど、家族としては他になにかできなかったかといつも思ってしまうの。

テレビだったり本屋で、癌特集だったりが目に付いたりするともう駄目ね」


悲しそうに微笑む。


「ごめんさない、話の趣旨は何だったかしら……」

「確か、ご主人の日記の中に絵についての休日の意味を見たと。

もしくは、そこに後悔と許しの理由がつまっているか……でしょうか。」

「そうね、そうだった。」

「彼は覚悟していたのね、もう自分の時間が長くないことを。

だから、生きている証を私の記憶にとどめようとしてくれたのね、確かに私を愛したという証を」


私は続きを待った。


長い沈黙があった。

そして、彼女は語り始める。


「日記にはこう記してあった。

そう、あの絵を見に行った日付よ」



『準子、私はおそらくあと3か月だろう。

君に伝えておきたい。

私がこの世から去ったとしても、君は、君の魂は自由だ。

死と言う罪悪感という後悔から君を先に開放し許しておく。

私の我儘を通しとことを、受け入れてくれた君には感謝しかない』



「そしてこう続くの」


『私は、君に大きな失望を与えた時期がある。

君も私も限界まで追い詰められ苦しい時期だった。

あの後の、君の献身ぶりに私はとても感謝している。

君はいつでも私の決断を優先してくれた。


私は、今日見た絵の中に君を見た。


あの絵の照らす夕日は君のようだと感じた。

そして、あの海に浮かぶヨットは私の人生そのもの。

君という照らしてくれる存在に見守られていたから、また、私の魂も自由だった。


最期は、君に見守られながら逝きたい。

そう思った』



とうとう、準子さんは、涙を流していた。

人の涙はこんなにも美しかっただろうか…


彼女とご主人の見えない絆がそこにはあった。

私はというと、胸が詰まってしまい、これ以上食べることが出来なくなった。



素敵な絆だ、幸せは誰に決められるものではない。

自分が死ぬときに、自分で判断するものなのかもしれない。

この話が聞けた準子さんに感謝し、素敵なご縁を作ってくれた女神さまに感謝しよう。



私も、行きたい。

春めく世界へと希求する…

いつか訪れると信じて進もう。





弥香と会っている。


弥香は煙草を吸って、腕組みしている。

私はチラッと彼女をみた。


そして、切り込む。

「最近、彼とどうなの?」

自嘲気味の彼女が言う。

「どっちの?」

ここで、怯むわけには訳にはいかない。

「どっちもよ」

彼女はいう。

「もう最悪」


この、モウサイアクに全てが集約されているのだろう。

そして、弥香は問う。

「どうして男は自分は浮気するのに、女が浮気をすると許さないの?」



私は思いつくままに言う。


「それは、所有欲でしょ。

自分の物だと思っているのに、いきなりの裏切りは首元にナイフを突きつけられたくらいの衝撃かもね?

どっちみちそんな男私なら捨てる」

私は冗談めかして言った。


珍しく弥香が本気で怒った。

「簡単に言わないで!」

分かりながら、私は続ける。

「そんな男つなぎとめて何の生産性があるの?

その男が、弥香の事を大事にしない理由はなに?」


弥香は痛いところを突かれてイライラしながら返してくる。


「歌奈は所詮他人事だから、そんな事が言えるんだよね?

自分はどうなのよ。」


私は、たんたんと返す。

「私は、弥香の為に言ってるの!」


弥香がさらに大きな声で返す。


「歌奈は、分かってくれると思ってた。

いつもそう、いつもするっと通り過ぎる。

大事なところで私を置いていくの!」


私もだんだんイライラして来る、どうしてだろう。


「弥香、落ち着きなよ。

私はあんたを見捨てた事なんか一度もない」


弥香は噛みつけてくる。

「見捨てる?何様のつもりなのよ!」


私は、ヒステリーが苦手だ。

しばらく、押し黙った。

「何様とか関係ないよ、対等でしょ?

ゆっくり話そうよ、深呼吸してよ。」



「私、コンビニに行ってくる、何か欲しいものある?」

「ごめん、アイスがほしい。」

拗ねたような弥香に笑いたくなったが、ここで甘えさせてはいけない。

「わかった、それまでに機嫌なおしておいてよね!」




コンビニまでの道を歩く。

イチョウの葉が歩道に沢山散らばっている。

黄色のパッチワークが敷き詰めらているみたいに感じる。

秋のむせ返る匂いがあたりに漂っている。

銀杏の葉の絨毯の上を踏みしめてゆく。



店内をウロウロする。

新作のお菓子を物色する。

定番のチップ系はいるな、珍しい味もいいけれど塩もいいよねと思う。

私は甘いものはたまにでいい、けれど、弥香は甘いものが好きだ。


適当に雑誌コーナーに行く。

ファッション雑誌、情報誌、政治系の雑誌、そして成人雑誌も置いている。


表紙をまじまじと見てしまう。

女性が、悩ましい表情とポーズをわざとつくって誘っているようだ。

裸を見られて大量消費されても、一時の夢を与えられたら満足よ……

つて気分なのかな?

一方で、そんなわけないよね?と思う。

まぁ、いっか。

きっと、そこには深い深い理由や気持ちが絡みつくだろう。

そんなこと考える余裕は私にも弥香にもない。



そして、さっさとアイスコーナーへ行く。

レモンもいいなぁ、いやいや、シャーベット系かな?

チョコミントも好きだなぁ。


歌奈は、絶対チョコ系。

しかもベリーが絡んでいたら好みなはず。

いや、マンゴーヨーグルトも好きだったよね。


結局、チョコベリーアイスとチョコミントアイスと無糖紅茶を買う事にした。



暮れていく夕日を背に受け弥香のマンションへ戻る。

機嫌が直っていますように。

帰ると弥香が迎えてくれた。

「ありがとう。」

それだけ、弥香らしい。

「このアイス好み?」と聞く。

「うん。」


そういうと、子供っぽくアイスを頬張りだす。

弥香は呟く。

「美味しい、このすっぱくてあまい刺激が好き。」

私も呟く。

「私はこのミントの刺激が好き。」

「全然好みが違う。」

と結局2人で笑いだす。


機嫌は直ったようだ、良かった、甘いものの威力は絶大だ。


私は、思わず言っていた。

「弥香、どんなアイスが好きなのかはわかるのに。

こうしない?

アイスで男を分類するの」

ちょっとした冗談の思い付きだった。

「バカじゃないの? なにその笑えるアイディア」


もともとが、こういうノリで学生時代から来たのだ。

「例えば、彼氏はどんな性格でどんな外見してて、どんな風に弥香を抱くの?

それをアイスで表現してよ」


「ほんとバカなことばっか思いつくよね、歌奈は。

やっと本当の歌奈が戻ってきた」

笑いながら、弥香が言う。

そっと心で思う。

「ただいま、弥香。」



「あいつはね、塩バニラよ!」

「笑える、何その渋いのか普通なのか、甘いのか辛いのかわからない奴!」

「ちょっとー!、すこーしくらいは良いとこあるんだから!」

「良いとこって?」

「たまに優しい、連絡を良くくれるの。」

「うん、それって普通じゃない? 塩バニラはどんななのよ?」


私はあまり塩バニラという商品に馴染みがない、味の見当がつかない。


「外見はどこにでもいる、普通」

「本当にバニラだね」と笑う。

「まだ! 塩忘れてる! 普通のバニラとは違うんだから!」


なんだ、未練が凄いな。

どこかで冷静に感じている自分もいる。


「バニラでもあっさりとかと特濃とかいろいろあるよね」

「どんな?」

「うーん、どっちかと言えばあっさり。」

「うん」

「それでいて、後味はしつこいの。」

「それの何がいいの?」

つい本音を口にしていた。


「ほんと何がいいんだろうね……アイスとしては美味しくないよね、多分」

「うん」

「じゃあ、逆にそのアイスの何がいいの?」

「やっぱり定番、あとは、冒険の少ない感じに安心を得る感じかな……」

「ふーん、食パンマンみたいな感じだね。」

「また、バカみたいなこというー」

と拗ねた顔をする。


「まぁ、そんな感じはするよね。」

「ヒーロー願望? それとも救い出してくれる希望?」

「そうかもしれない。」


私には、バニラの独身というセーフネットに弥香が甘えているのではないかと感じた。

心は、すでにバニラにはないなと思った。


「じゃあ、その食パンマン様はどうやって弥香を抱くの?」

「あははは、食パンマン様はほんっっとに普通だと思う。」

「ますます、何がそんなに良いの?」


「ふーん、まぁ手錠よりはマシだな。

弥香は両極端に揺れ動いてるね。

バニラとチョコの間で。」

「あははは、歌奈が言い出したのに、冷静に言わないでよ。

わかる、どっちも一長一短。」


「だったら、マーブル探しなよ、ね?」


「笑える。でも、できない」


弥香にきっぱりと返される。

内心、えっ?と思う。



「歌奈は分かってない、どちらかに振り切れてるから離れられないのよ。

中間のマーブルはマーブルでしかないわ」


言わんとすることは、分かる。

けれど、弥香には向かない。

彼女にそんな生き方ができるだろうか?


あえて、私は弥香を導いてゆく。

「うーん、そうなの?私はマーブルがいいよ?」


「それは、歌奈が夢を見ているから。

実際に、私は生きていて男を求めてるの」

弥香は、私に強烈なパンチを浴びせかけてきた。


「へー、開き直るんだ!」

嫌味に敏感に反応した私が嫌味で返す。


「当たり前だよ、歌奈。

なんでそんなわけのわからない男を待ってられるのか、私には分からない。」

今度は私がカッときた。

「ふーん、で、そんなにチョコはあんたを昇天させてくれるんだ!」


再び険悪な空気が流れる。


「そうよ!私はすでにドロドロに絡み取られて身動きが取れない!

チョコがとけてきて私に絡みついてくる、そして、舐めとられるの!

そして何もかも、何もかも注がれ吸い取られるのよ!」


私は興奮と冷静が頭に渦巻く。

けれど、思わず出た言葉、

「フーン、じゃあそのチョコとどこまでもどこまでもお手々繋いで墜ちなよ!」


ここまでいって、ハッとした、弥香が泣き出しそうだから。

目に一杯涙をためて手を握り絞めている。

彼女の顔を見て言い過ぎたかも知れないと悟った。

けれど、私の怒りも簡単にはおさまりそうもない。


ここで泣いて逃げる女なら、最低だなとどこかで思っている。

だって弥香のやっていることは、不倫なのだから。

誰かを互いに傷つけあうのだから。

人は脆く激しく生きているのだから。

それを超えてでも、激しく尚も求めてしまうのだろうか。


私は、弥香の覚悟が見たい。


「分かってるわよ!分かってるわよ………」

目に一杯の涙をためて、ふり絞るように立っている。



なにより、私はこの手錠男に猛烈に腹が立った!

いっそのこと一生女を抱けないようにしてやりたい。


「不倫なんて、女にリスクが高すぎる。

男は、無責任に女に手を出しすぎる。


その後の、女と子供を一生守る覚悟があるのかどうかも私は厳しく見る。

それくらいの覚悟がないのなら簡単に女を抱くな。

あんたも簡単に抱かれるな。


複数の女で支える必要がある程の男であるのかも一つ。

そして、その男に不必要な女のイザコザをいなせるのかも。

それくらいの男なら、統率力で抑えてみろよ!っつのよ。


それをクリアできるのなら、墜ちれば?

どんどん抱かれなよ!」



気づけば、私は弥香とも、手錠男ともしれない存在に怒鳴り散らしていた。


あっけにとられた弥香がみつめて、恐る恐る聞いてくる。

「歌奈、どうしたの?」


私は悔しくて吐き出した。

「あんたがバカすぎるから、猛烈にムカついたの。

だから、あんたの気持ちを代弁してやったんだよ!」


弥香は目をパチクリしている。


「はー、すっきりした!」

「弥香、まだ私にチョコの話聞いてほしい?」


弥香はおずおずと言う、

「彼はそれができる男なの!

きっと将来そうなる、だから私は不安なの…」


もう笑うしかない、そうきたか……

もう勝手にしろ。


「弥香、たんにここからは好奇心だから。

あんたが進む道は獣道なの、茨の道なの!

あんたの人生はあんたが最終的に責任取るんだよ。


しょうがないから、私は見守ってあげる。

たとえ、どんな結果になっても側にいてあげる。

でも、これだけは約束して。

どんな結果になっても、負けたり死んだりしたら絶対に許さない!」



弥香はまだ迷っている、けれどおずおずと頷く…



そうして、さっきの気づいた返事を投げ返す。

「とにかく、バニラと別れなよ!あんたの本心はチョコを選んでる。」


弥香は揺れている。

「本当は、気づいてるんでしょ?」


一瞬、彼女は怯んだ。


「セーフネットのバニラに失礼だよ!、そして、バニラも最低だよ!」

とにかく切れそうな最低なものから順に切りなよ。

あんたも切られなよ。

さっぱり別れて連絡先消しなよ。」



弥香は頷く。

私は知っている。

彼女はこういう時は、すでに心を決めているとき。

だから、後押ししてあげた。

あとで互いに死ぬほど後悔するのに、贖えない罪になるかもしれないのに。


今は、弥香の魂を開放し救う事が先だ。

どうなるかわからないのなら動きなよ、弥香。

もう動いてるのなら、とことん結末が出るまで。



「それが出来たら、連絡してきて、私帰るから。」

そういうと、私は弥香の部屋を後にした。


家に帰ると、まず料理を作ることにした。


猛烈に包丁を使いたい。

玉ねぎの微塵切りをする。

次に、人参の微塵切り。

ピーマンの微塵切り。

とにかく目に付く野菜を切ってゆく。


この大量の微塵切りどうするの?

そう思った。


ハンバーグを作ることにした、そして反対側ではミートソースを。

野菜を炒めて、ミンチに塩コショウを振りかけ混ぜ合わせる。

そして丸めて焼く。

そのもう一方のコンロのフライパンで野菜を焼く、ミンチを入れ炒めて、

ローリエ、トマトホール、コンソメ、ソースをいろいろ混ぜて煮込んでゆく。

明日は、ミートパイでも焼こう。


焼きあがったハンバーグに、ケチャップと赤ワインとソースを加えて煮込めたソースをかける。

付け合わせの野菜を添えて食べる。

「うん、結構満足だな。」

そういえば、昂がハンバーグ好きって言ってたな。

いつか、隣で一緒に食べる日が来るのだろうか。

そうなればいいなと思う。




食後に、珈琲を飲みながらネットを見る。

何か気になるニュースを検索する事にする。


今日も相変わらず経済は動き政治も動く。

なんだか私にはそういう世界はよくわからない。

それは、私の仕事がお金を動かす範囲が少ない予算で限られた世界だからだろう。

けれど経済に鈍いとしても、今の情勢が多くの打撃を市民の生活に与えていることは分かる。

それは私の生活にも波及して来るだろう。

いづれ実感として消費税が上がることで返ってくるのだろうか。

その時間はどんどん短くなっているように感じる。



昂に今宵も会いに行く前に考えた。


時の番人の女神がいたとして、どうして私達の間を長く分断していたのだろう?

きっと私達2人は会おうと思えば会えたはずなのに……

きっとそこに、なにか大きな理由が隠されているような気がしてならない。



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