三章-2

それとも電車で25分、中心地へ行こうかな。

久々に化粧品や服を選ぶのも良いかもしれない。

とにかく素敵な出来事とか風を感じるか、

偶然の良い物を発見しに行くかを期待して外に行こう。



いつもの地味な私が、モードを変えてオシャレをして出かける事にする。

今日は、白のワンピースを着て軽く紺のカーディガンを羽織る。

髪を軽く巻いて、ハーフアップにする。

メイクは今日はアイラインを跳ね上げないようにする。

そして、いつもよりワントーン明るいルージュをぬる。

品よく見えるように。



私は、果たして品の良い人間だろうか?

相反するものを誰もが抱えている。

きっと、私は良い人として振る舞う位の品性と同じくらい、暴れだしそうな情熱を飼いならしている人間だと思う。


いつまで、この情熱を自分の中で飼いならし餌付けができるだろう。

美しいもので満たし飼いならしごまかしている日常。


そろそろ爆発させていいモノだろうか。

その時期は近い気がする。


私は、本来どんな人間なのだろう……それを決めるのさえも自分だ。

一つ一つの選択の全ては自分が全部請け負うのだ。

ならば、明るい世界へと自分で希求して導いてゆく。


そして、服を変える。

紺から、明るめの瑠璃色のジャケットに。

まるで、蝶の羽のような色。


私は、時の番人の女神と対峙し始めている。



秋の景色がゴトゴトという音と共にどんどん流れすぎてゆく。

窓から落葉樹が色付き街の歩道を埋めている光景が流れていく。

流れる電車が暗闇ですれ違う、それぞれの人生を乗せて。



これから、久しぶりに買い物に行こう。

新しいルージュがほしい。

いつもの地味なベージュピンクばかりでは飽きる。

少しだけ攻めて見るのも良いのかも知れない。


決め手は、艶かな、発色かな。


私は唇が厚いわけじゃないから、流行りの女優系赤めのリップは似合わない。


百貨店に入るとたくさんの店舗が入っている。

海外メーカー、国産メーカー。


私は、店員にロックされたように接客されるのが苦手だ。

彼女たちも成績がかかっているのだろう、それもわかる。

けれど、ずっと監視されている状態は不愉快だ。


けれど、中には親切な店員もいて、似合う色を真剣に見立ててくれていくつも紹介してくれる人もいる。

好みだろうが、出来たら、私は自然な感じで買い物を楽しみたい。


店員が普通のテンションの店を選ぶことにしている。

「いらっしゃいませ」

軽いあいさつの後、彼女は私が選ぶのをほっといてくれるようだ。


ピンク系のいくつかを試しに手の甲に伸ばしてみる。

うん、伸びも発色も良いし、ケースも綺麗だ。

これにしよう、プチプラのものでも百貨店のものでもルージュはあまり減らない。

だから、プチプラより若干高いけれど、目立つポイントメイクは百貨店のものを買って長く使うのが好きだ。


ルージュを何色も重ね付けするメイクのやり方もある。

何層も違う色を重ねているのだろう、それとも艶を、ラメを足してゆくのか。

その心は貪欲に美を求めて演出を求めてゆくのか。


女は色んな手を使い自分を演出する。

綺麗になりたい心、はたまた、捕食者のような心か。


私は、一色使い。

自分に似合う最高の一色を求めている。

それに惹かれる男のみでいい。



そして、ピアスかな。

28歳にもなると、本物かイミテーションかを周りは厳しくチェックし、

その女の価値を図ろうとしているところがある。


カードローンの本物か、相応のイミテーションを買うか。

ここにも人間力と判断力が試される。

正直、私はこういう見栄の張り合いは興味がわかない。

なんなら、イミテーションだけでも良いくらいだ。

綺麗に似合って見えるならば。



売り場へ移動すると、綺麗なダイアの連なったピアスやネックレスが飾られている。

某海外有名ブランド。

キラキラしている、やはり本物は光ってるなぁ。


値段をちらっと見る。

どこの誰がこれを買うのか気になってみてみたい気にもなった。


けれど、私はイミテーションか小ぶりのティアーズドロップ型か、少し長い型のピアスが好きだ。

こういうのを、小粋に身につけて嫌味じゃない人になりたいなぁ。

人に見せると言うよりは、自分が自分を好きになる為に。

そして、私のルージュを気に入ってくれる男の為に。



すっかりと日が暮れている。

夕飯を終え食後のコーヒーを入れる。


「あ、弥香に連絡しなくちゃ」

そう呟くと、携帯を取り出した。


先に、弥香から連絡が来ていた。

「近いうちに会いたいな、昨日の人の縁の話を聞かせて?」

12時45分に来ていた。

今は19時45分。

「了解、明後日の夜なら空いてる、どっかで何か食べようよ」

しばらくして、返信が来た。

「OK、じゃあ明後日20時にラ・メールに行こう」

「ラ・メールって?どこ?何?」

「歌奈、ヤバいよ、ラ・メール知らないの?フレンチだよ」

「へー、フレンチか。自分で作れないから興味あるな」

「美味しいよ、あまり高くないし、私が予約しておくね」

「ありがとう」




そうして、再びパソコンの電源を入れる。

彼のところに、本日2度目の訪問だ。


今は思い出箱をよみたい。

『俺は、今東京という街を生きている。

ここに来れば、俺は息ができると思って夢を追って上京した。

何もかもやり直せると思ってた。

あんなにぶつかった親父の言葉が今頃理解できる。


この狭い大都会に自分の居場所を作ることの難しさ、不安定さ。

ミスをしたやつを見て思う、明日は俺かもって。


どんどん心が乾いていく。

それと同時に、勘だけが研ぎ澄まされてゆく。

うまく立ち回る事、こんな狡さだけは身に着く。

俺は、心を見失って何を伝えればいいのだろうか。

愚痴ってすみません』

彼の、過去の悩みと本音が残っていた。



『ねぇ、昂、大丈夫だよ。

未来の昂はなかなか人気者で、伝えたいという熱い心で仕事をこなせているよ』

2020年9月15日 23時45分


私は、思ったことをノートにメモしていく事にした。

頭を整理するため、またはあの時間の続きをしていたくて。

答えはないけれど、それでもいつか彼と話せるだろうか……

彼女として?

大事な友人としてのポジションは……確実だよね?



更に読み進めてゆく。

『今日は、俺の大好きなジョンの曲を聞いた。

やっぱり最高だ。

あの斬新なサウンド、当時は大騒ぎだっただろうな。

いつかジョンの曲が大事な友人に届くだろうか?

俺の番組で流していれば届くと信じている。

俺は、気持ちを代弁してくれる曲に思いを託すことしかできないから』


私にはすぐにピンときた。

どの曲か、そして記憶が鮮やかに蘇る。

彼と当時話したのだ、

「歌奈、僕は本当はビルが好きだよ。

カッコつけてロック好きって周りには言ってる」

「可笑しい、何のために嘘つくの?」

ワラウスタンプ

「何となく、やっぱ定番だし。

それより、ジョンの持つ激しさや才能や正直な生き方に惹かれる」

「昔読んだ本がある。紹介するよ、ちょっと長いけれど」

『好きって思えるものを見つけたら、もう時間を無駄にできない。

ずっとそのことを突き詰めて考えていたい。

誰にも左右されず、自由に素直に生きたい』

「僕は、ずっとこういう人間でありたい」

「うん、素敵だと思う。

けれど、素直に生きることは男の世界では難しいんでしょ?」

「だから、逆に憧れるんだよ。」

僕も自由に生きたい。

もっと自分に何ができるか、可能性を見てみたいし、誰かに見ていてほしい。

ずっと」

「へぇ、認められたいし、自分を生かしたいんだね。

そういえば昂は何がしたいの?

夢を追えない理由って何なの?」

「おい! って……、まぁいいか。

今更か。

僕は、ラジオパーソナリティーになりたいんだよ。

夢の障壁は歌奈と同じ理由、経済問題」

「あぁ、金欠病ってさ、血液と一緒だよね。

ないと死んじゃうんだから!」

ワラウスタンプ。

「ラジオか、私も好きだよ、入院した時に聞いてたんだ。

流行りの曲や刺激がいっぱいで退屈しないよね。

きっと昂に向くよ、楽しいから。」

「歌奈がラジオ聞いてたなんて驚きだよ、本ばっかりだとおもってた。

体は?」

「元気だよ、ありがとう」


「さっきのジョンの話なんだけどね、

やっぱり月並みだけど好きって気持ちが原動力なんだよね。

自分の中の好きを見つけてしまったら、もうほかに時間やエネルギーを注ぐ

ものが、他に目に見えなくて、純粋な好きだけが続くんじゃないかな。

それが仕事や好きな相手だとしても」

「そうなんだよ、僕が伝えたい事はそれ!」

ウンウンスタンプ

「それに、僕たちは出会ってしまったんだよ。

だから、大事に追いたいって思うんだよ」


涙がとめどなく溢れてきた。

彼の言えなかった気持ちに気づいたから。

この、見ていてほしいって私の事だよね?

『昂、今みているよ、どれだけ昂が頑張ったか。

今夢を掴んで叶えて、何を伝えているかを。

ジョン、昔話したね。

あの気持ちを私もまだ忘れていないよ。

まだ、書いているよ』

2020年9月16日 1時30分


そして、音楽を聴く。

ジョン・レノン スタンドバイミー


「歌奈、聞いてほしい曲がある。

スタンドバイミーって曲だよ。

歌奈がどんな感想を持つか、どんな詩を書いてくれるか楽しみにいているよ」


このスタンド・バイ・ミー、当時、私はジョン・レノンが作った曲だと思っていた。

調べていくと、ベン・E・キングのカヴァー曲だと知った。


疑問があった。

どうして、オリジナルのベンではなくジョンのヴァージョンが好きなのかなと。

ファンとして、ジョンの持つ声や歌い方や雰囲気なのかも知れない。

内緒だが、私はオリジナルの、ベンの歌い方の方が好きだった。

良く聞こえるし優しくまっすぐ届いたから。


答えは、プロモーションビデオを見たときに分かった。

自由なジョンとヨーコの魂がそこには記録されていた。

白い衣装で決めた二人がいきなり出てくる。

髭を蓄えたジョンが歌っている。

海ではしゃいだりポーズを決めたり、一見無邪気に遊んでいるように見える。

側にいてくれ…

側にいてくれ…

きっと、昂はこの映像に未来の夢を託して重ねてみていたのかもしれない。

けれど当時の私は、昂の忘れられない彼女への愛の詰まった話だと思っていた。

だから、片思いに疲れてしまって返事を返せなかった。

涙が、止まらない。


どうして、私は、頑固に彼がまだ前の彼女を愛し続けていると思っていたのだろう?

ここに気づくことが出来ていれば、未来は違っていたのかな?

でも、どうして?

どうして?どうして?

疑問が尽きない。

2020年9月16日 2時

『昂へ、どうして昂の気持ちに気づけなかったのかな。

約束の詩を書こうと思う。

6年も待たせてしまってごめんさない。

焦燥 憧れ 恋焦がれる 情熱 純真 純愛

時間を超えて あなたと私の気持ちが魂がとけあう

こんなにしあわせな気持ちがあるなんて

きっと遠回りしなければわからなかった

これからは側にいる、

命が続くまで

魂が肉体がひとつに重なるから

やっと私が私に、あなたがあなたに

追いつきぴたりと合わさるから

これからの命をあなたのために

そして育む命の為につかいたい

そして新しい虹の世界を開きたい

あなたとともに』

そう書くと、ノートを閉じた。

今は、休もう。

優しい夢を見たい。

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