53 勝ったほうの言う事を、負けたほうが聞く
レヴァントは俺(ミハエル)を見るとニコリと笑い、拳をポキポキと鳴らした。
「反体制軍の首領ネロスはこの通り殺った。王国側の女狐司祭長さんと秘書官さんは、立てずに寝そべってるし。・・・この戦いは、私たちの勝ちってことでいいよね?」
俺はレヴァントの頭をポンポンと撫でる。
「そうだ、俺たちの勝ちだ。皆の仇はとったし、お前はみごと王国を潰した・・・てことになるのかな」
(正直いって俺は、なりゆきに任せていただけなのだが・・・最後に立っていたのは俺たちなのだ、勝者は俺達だ)
寝そべったまま<何を言っているのかわからない>といった顔でマシロが、俺達を見ている。
「さて、レヴァント・・・傭兵団の仇も討ったし王国も潰した、そろそろ決着をつけようか? 俺達も」
「長かったね、どんだけ待たせるのよ、・・・でも今回は少しは頑張ってくれたみたいね」
「勝ったほうの言う事を、負けたほうが聞く―――これでいいんだろ? レヴァント、暫定だがお前が王国一の剣士になったご褒美をくれてやる」
「ご褒美って何?」
「お前と、ホントの本気で戦ってやるよ」
犬歯をむいて笑うと、赤茶色だったレヴァントの眼が緑に光る。
「ミハエル、私はチートを使わしてもらうわ・・・」
「魔術強化の力を使いこなすのか? まあ、いいよ。ハンデをくれてやる。
悪くて、怒りっぽくて、ずる賢くて、卑怯・・・、お前の全てをぶつけてみろ」
「色々言ってくれてるけど最後に、しかし可憐な・・・とか付け加えて欲しかったところよ」
レヴァントが言い終えた時、瞬時に五歩の間合いをつめ彼女に密着した。
レヴァントが着ている修道服の襟をつかみ腰をあて重心を崩すと、宙に投げる。
動き出しからここまでに一秒の 五分の一ほどの時間。
「まさかの、投げ技ぁ?」
叫ぶレヴァントを無視し、受け身を取らせず地面に叩きつける。
「ぎゃふ!」
ゴキッ!
そのまま、右肘の関節を両脚できめて、折った。
「油断しすぎだ、レヴァント、本気の俺をなめるな。肘関節を綺麗に折った。・・・後でポーションを飲めばすぐに戻る、心配するな。さあ、立って来い」
「がっ・・・、はぁ・・・」
右手をだらりと下げ、左手で短刀をかまえたやや涙目状態のレヴァントと向き合う。
乾いた風がどこからか入って来ている。
聖堂に降りそそぐ太陽の光が、天窓のステンドグラスを通してレヴァントを照らす。
腰までスリット(切れ込み)の入った修道服からは、白い片足がすらりと見えている。
(ん、レヴァント・・・消えた?)
体勢を低く、正面からレヴァントは斬りこんでくる。
上段。
短刀の斬り下ろしを剣で防ぐと、金属音と火花が散る。
そのまま沈み込み、脚を狙って斬りつけてくる。
斬りつけを、ふたたび剣で薙ぎ払う。
散った火花が舞い降りてくる。
(芸が無い連撃だ・・・)
そう思った時。
ドゴッ!
魔術攻撃が背後から来ていた。
背中に高熱の火球が直撃し、地面に叩きつけられそうになるが耐える。
(短刀による正面からの連撃はフェイントか!)
「アチチチ! お前、魔術も使えるようになってたんだ、あぐわっ」
下から突き上げるように顎をつかまれた。
レヴァントは短刀を口にくわえている。
首を振りその短刀で、脇腹を横から突きさしてくる。
ギリギリ身を引いてかわし、レヴァントの胸を蹴り上げ突き放した。
俺の背中から
レヴァントは、よろよろと起き上がりながら、短刀を口から左手に持ち直している。何らかの呪文を詠唱している。
多分、発動させたらヤバい魔術を放つ気だ。
(馬鹿が、発動させねえよ)
間合いを詰め、顔面に拳を入れる。
彼女が魔術による身体強化をしていようが、まだまだ素早さでは俺に分があるようだ。
ふらついたところに足払いを駆けて、押し倒す。
馬乗りになり、剣を喉元に突き立てた。
レヴァントの自由な左手は、片膝立ちの右脚で押さえてある。
ドゴゴゴッ。
ふたたび、背中に熱を持った衝撃が来る。
(いつの間に、魔術を発動させていたんだ)
灼熱の火球が再び直撃し
「ぐっがああああああああああ」
姿勢を変えずに、激痛を耐える。大したことはない、肉体の痛みだけなら精神力で何とか耐えられるのだ。
(勝ちたいなら、魂をへし折るような一撃を俺に入れろ)
ふたたび、剣先を喉元で光らせる。
「決着だろ、俺の勝ちだ・・・、じゃじゃ馬が、てこずらせやがって」
レヴァントの緑色の眼を見つめそう言った。
「・・・さすがね、ミハエル。本気を出したあんたも、恰好いいよ」
そう言い、あざとい笑顔をみせる。
(うっ!)
ここまで追い込まれて、なお可愛い顔をしてくるコイツはやっぱり強い。
「恰好いい・・・か?」
「うん、とっても!」
そういうレヴァントの右の口角があがっていた、そのまま口が大きく開かれる。
ドゴォーーーッ!
強烈な勢いを持つ火炎魔術。
口から真っ赤な炎が吐き出された。
直撃。
胸に灼熱の塊を食らうと空中に吹き飛び、背中から地面に叩きつけられる。
地響きのような音がひびいた。
「うがぁっ! そんなんアリかよっ!」
お前は竜か! 火炎魔術を、人間が口から撃つとか聞いたことが無い。
「うがぁっ!ごほっ、ごほぉっ」
肋骨がイカレたんじゃないか?
炎のダメージと背中をうちつけた衝撃が、かなりきつい。
「いてててて」
転がり回り、可能な限り間合いを取る。
立ち上がれ、早く! ・・・ん?
「熱いーーーーーーーーーーーっ! あつあつあつあつ、熱い、口が、口があっ!」
しかし、レヴァントも煙の出る口に手を当て、地面を転がりもがいている。口の中を火傷したらしい。
「はははははっ、馬鹿がぁ。良いアイデアだが、いきなり実戦に投入するんじゃねえよ」
よろよろとレヴァントに近づき、スルリとその左腕を腕とヒザで捉える。
力をくわえて肘の関節を丁寧に折る。
コンッ!
「くっ・・・」
俺はゆっくりと立ち上がる。
両腕を折られても這いずり、短刀を口にくわえなおし、レヴァントも立ち上がった。
「レヴァントお前、少し涙目なのが可愛いぞ、両手を折られたお前に勝ち目は無い」
「らまれえっ(黙れ)」
ちょっとからかってやると、彼女の殺気は三倍ほどに膨れ上がった。
低く。
両手を使えぬまま、地を這う蛇のように突っ込んでくる。
低い姿勢から中段蹴りが放たれてくる。
その蹴った脚を地に軸として立て、顔を狙った後ろ回し蹴りが顔面にくる。
共にスウェイバックでかわす。
(
両脚の大きい動きに修道女のスカートは、かなりはだけている。
(しかし、今の俺に白パンを鑑賞する余裕はない)
反らせた体を起こしたところに、回し蹴りの反動そのまま、胴体ごとぶつかって来る。
喉の位置には、レヴァントの咥えた短刀が突き立てられてくる。
(的確に短刀で殺しにきやがる!)
とっさに重心を落とし、尻もちをつき短刀をかわした。
俺の動きに合わせるようにレヴァントが、重力に身を任せて上から落ちてくる。
馬乗り状態で押さえられた。。
ふたたび首をおろし振り、俺の喉を掻っ切ろうとしてくる。
剣を地面に垂直に突き立て、短刀を受け止める。
ギッ!ギッギッギギギギィ!
俺の喉の真横で、レヴァントのくわえた短刀が、剣と激しく擦れあって火花を出している。
(あぶねえぞ、こいつ本気で殺す気か)
二人の体の距離は、拳ひとつぶん程。押し合う。
しかし、やがて・・・。
カツーン・・・。
ふと、レヴァントの身体から力が抜け、短刀が地面におちる。
いや、彼女が自身の意思で口をあけ、短刀を落としたと言っていい。
一気にレヴァントの体から、殺気が抜けた。
かすかな微笑みを浮かべ、レヴァントは俺に乗りかかりながら、茶色に変わった瞳で俺の眼を見つめている。
「ああっ、もう打つ手なしかぁ! やっぱ、ミハエルは強い、さすがだわ。ごめんなさい、降参、降参っ・・・する、・・・うっ」
バランスを取りながら立ち上がる。
両腕を上げ降参ポーズを取ろうとして、顔をゆがめる。
ようやく観念したらしい。
「大丈夫か?」
俺も立ち上がりレヴァントの体を支える。
「肘折られてるから両腕は上げられないんだ。・・・ね、ミハエル、私の両腕をあなたの両肩にのっけさせて」
そういうと、レヴァントは両目を閉じる。
そこから、ちいさな顎を少し持ち上げる。
(何だ? こいつ何したいんだ?)
レヴァントの両腕を、肘の部分を俺の両肩に痛くないように乗せてやった。
両耳と頬を赤らめ、小さな声でレヴァントが囁く。
「仲直りしよ、ん・・・、んー、んーっ」
唇をほんの少しだが尖らせている。
「はあっ? 待て、落ち着けレヴァント」
周囲を見まわすと、皆が何とも言えない表情で見つめている。
(ぐっ、面倒くさい奴め、マシロ達が見ているというのに・・・)
もう一度、俺の肩にかかったレヴァントの両腕を痛くないように微調整してやる。
それから、腰に手を添えて俺も目を閉じる。
顔が近づき、唇が触れあう距離に・・・
(・・!!!!)
ガアッ!
俺はレヴァントを突き放す。
彼女の口から、灼熱の炎の弾が撃ち出されていた。
「お前っ、俺の口の中を突き破る気か?」
ギリギリのところでかわす事ができたが・・・、
降参すると見せかけて、それも二回も繰り返すとは。
(あまりに卑怯だろ、なんてやつだ)
しかし。
「あちっ、あちちちっ、熱い! あちあちっ」
カッときている俺の足元で、レヴァントは床に口を押し付けて転がりまわっている。
口から煙を吐いている、馬鹿としか言いようがない。
「あち、あち、あち・・・」
しばらく、転がり続けたレヴァントだが、やがて静かになった。
俺は静かに彼女にまたがると、喉元に剣を突きたてた。
「いい加減にしろ、やはり俺の勝ちだ、死ぬか?」
「あ~あ、また負けかぁ、今度こそ勝てるかと思ったのに」
寝転がったままレヴァントは投げやりな様子でそう言った。
「死ね」
剣先を眉間に突きつける。
ウソ泣きと思えるが、涙を流し首を左右に何度もふりレヴァントは謝る。
「降参! 降参! はい降参しますう。今度こそ本気だから・・・マジごめんなさい」
しばらく睨みつける。
今度こそ観念したようだ。
「わかった、折った腕を元に戻そう。今、ポーションを飲ましてやる」
ポーションを手に取る。その様子をレヴァントは見ていた。
「ね、ミハエル、わたし両腕使えないんだ、あんたに折られたから。ポーション・・・口移しでお願いね」
(あああああぁ? こいつ恥ずかしげもなく、そういう事を・・・)
「お前、今度こそ火を吹くなよ」
「あははは、もう無理、熱くて口の中がズタボロ。・・・今日はもう無理だわ」
(今日は・・・だと? まったく、やれやれ・・・だぜ)
俺は、ポーションを口に含む、そのまま横たわるレヴァントの唇へと近づけ移した。
その時、はるか上空でなにかが閉じたような音が聞こえた。
懐かしい風が吹いた気もした。
空の色が完全に以前とおなじ青に戻り、わずかに残っていた薄い瘴気の気配も消えた。
とりあえず、全ての決着はついたと言っていいだろう。
◆ ◆
いよいよ、次回で最終回となります。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
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