52 レヴァントは仇を討ち、王国を潰す
「なにがカリスマだっつーの、弱ぇよ」
レヴァントが黒い革ブーツでマシロの頭を踏みつける。
そのマシロを踏みしめた姿勢のままレヴァントは、ミハエルと自らの緑目を合わせニヤリと笑った。
そこからネロスとベイガンの間に立つ。
「騎士さん、降参しなよ。私の部下として使ってあげるから」
左目を閉じ 右の口角をあげミハエルに話しかけてくる。
「かたき討ちなんてやめときな、いつまでも過去にこだわるなんて馬鹿らしいわよ。騎士さんの勝つ可能性はゼロよ」
左目を開き、しかし右の口角はあがったままでレヴァントは話をつづけた。
「もう終わっているのよ、私が終わらせてあげるわ。・・・ご苦労様、ミハエル」
レヴァントは騎士さんではなく、ミハエルと名前で呼んだ。ミハエルは当然そこに気づく。
レヴァントの仕組んだ壮大な計画は、じきに終わると。
「ああ、イマイチわからない点もあるんだが、・・・よろしく頼むぜ。いい感じでヒヤヒヤしたよレヴァント、あとは任せた」
ミハエルは静かに剣をおさめた。
ベイガンが左手をあげる。ミハエルとネロスの間の石畳が割れ、地面から十匹はいるであろう黒蛇が牙を向き姿をあらわした。胴の太さが人間の腕程の黒蛇の大軍が行く手を阻んだ。
「ミハエルよ、俺に近づくことすらできんぞ、マシロ達と毒蛇の餌食になるがいい」
ネロスとベイガンがあざけるように笑った。
しかし、ここでレヴァントが不可思議な行動をとる。
ミハエルは冷静に彼女の行動を見守っている。
レヴァントはネロスとベイガンの間に入ると、ぼそりとつぶやく。
「指導長、貴方は八年前のザンブルグ戦役で、ひとつの傭兵団を壊滅させたのを憶えておいでですか?」
「ああ、憶えている。あれは最強の傭兵団に育つ恐れがあった、全力で潰したぞ」
黒い兜の下のネロスの表情は見えない。
「憶えていてもらえて、良かったです」
レヴァントはニコリと微笑む。
「なぜ、そのようなことを聞くのだ?」
「とても大事なことだからです」
レヴァントは、さらにネロスの傍に歩み寄った。
「貴方の・・・死ぬ理由がそれだから。貴方は私の仇なの」
ドッ!
鈍い音を響かせ、ネロスの漆黒の鎧の隙間にレヴァントの短刀が刺さる。
更にネロスの剣を奪い、横に跳び勢いよくベイガンの首を刎ねた。
地を這う黒蛇が、ベイガンの死により力を失い霧となり、悪臭を放ちながら蒸発してゆく。
ネロスが、マシロが、トロティが、そして宙を舞うベイガンの首が、事態を飲み込めないでいる。
緑眼のレヴァントが、つまり洗脳改造状態にあるレヴァントが、ネロスを刺しベイガンの首を跳ね飛ばしたことを。
誰もが理解できない。
ミハエルだけはある程度の予想はついていたようだが。
「レ、レヴァントォ・・・、貴様・・・のぉ自我はぁ、完全にぃ破壊した、はずぅ」
首だけとなり床に転がったベイガンが叫ぶ。
皆が見つめる中、緑眼のレヴァントは脚を大きく開き、上体をかがめ叫んだ。
「うっ、ごぉっ、ぐ、がががあっががががぁぁぁぁぁぁっーーーーー!」
レヴァントの上体が、前後に激しく波をうつ。
いや、上体だけではなく全身が、蛇がのたうつようにうごめく。
開いた両足の膝を強くつかむように、両手の平が置かれている。
その体が腹の奥底から大きく揺れた。
彼女の腹から、胃、首、顎へと身体をさかのぼってくるものがある。
やがて卵大の大きさで、呪符と聖布に包まれたものを、レヴァントは胃液と共に吐き出した。
「ぐわぁっぽ、ぷわぁっ、ぷわっ、ふぅ・・・」
ゴロリと床をころがるもの。
それは、以前あの夜(魔導列車の戦いの夜)にミハエルが手渡していた『邪眼水晶核の破片』だった。
「ふう、洗脳はね、とっくに自力で解除してたのよ。この水晶核破片の強大な魔力の力でね。
今ようやく破片の持つ魔力と知力は全て吸収した。ベイガンさんの魔術による身体強化の力は上手にもらったわ」
口を拭いながらレヴァントは得意げに言葉を続ける。
「ぷはっ、はぁ、、さすがに、いつまでも腹に飲み込んだままでは危険だった。闇にのまれるところだったよ」
古代言語による術式をとなえ、吐き出した破片を指さすと、破片は粉々に砕け散った。
―――レヴァントはミハエルから貰った『邪眼水晶核の破片』を飲み込むことで、その力を自分のものにした。
ベイガンの施した洗脳改造から自我をのみを守り、強化された魔力と肉体を手にしたらしい。
レヴァントの緑眼は、ほんらいの茶色に戻っている。つまりは茶眼になるも、緑眼になるも自由自在だということか。
ミハエルを除いて、その場にいるものが息をのんだ。
「そん・・・なぁぁ、馬鹿なぁ・・・」
「貴女たちを騙すくらい簡単よ、眼を緑色にしとけばよかったんだから、はい演技力、演技力。さてベイガン・・・もう眠って、おやすみなさい」
レヴァントは、まだ喋りつづけようとするベイガンの頭に歩み寄ると、その眼を指先で静かに閉じた。
王国に迫害を受け一族を皆殺しにされた蛇人族の女ベイガン。彼女の復讐劇は、ここで終わりを迎える。
「うぐぅぅ」
まだ息のあるネロスが、懐からポーションを取り出し使おうとする。
ミハエルは跳ぶと、ネロスの頸動脈を斬った。
鮮血を聖堂にまき散らしネロスは倒れる。
「これで、ジンと皆の敵討ちは終わりだ・・・。レヴァント、二人で墓前に報告しよう」
ミハエルはレヴァントに告げる。
「そうね、ミハエル。その前に・・・」
レヴァントはミハエルを見るとニコリと笑い、拳をポキポキと鳴らした。
「反体制軍の首領ネロスはこの通り殺った。王国側の女狐司祭長さんと秘書官さんは、立てずに寝そべってるし。・・・この戦いは、私たちの勝ちってことでいいよね?」
俺はレヴァントの頭をポンポンと撫でる。
「そうだ、俺たちの勝ちだ。皆の仇はとったし、お前は知略で頂点をとった。ある意味王国を潰した・・・てことになるのかな」
レヴァントはニヤリと笑った。
いよいよ、ミハエルと『どちらが強いか』決着をつけねばならない。
そして、勝ったほうの言う事を、負けたほうが聞くのだ。
◆ ◆
いよいよ、あと二話で最終回となります。
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