50 天の軍勢 ミハエルの起こした奇跡

「サンヤーーーーッ」


俺(ミハエル)は絶叫する。

襲いかかって来る死霊兵と瘴気で、サンヤに近づくことも出来ない。

目の前で配下が一人一人と、斬られ、突きさされ倒れていく。返り血で視界が赤く塞がってゆく。


その返り血がドス黒い瘴気となり肺にはいると、意識を奪われそうになる。

剣の交わる音、人が地に倒れる音、死霊兵のうめき声。


「おい、ミハエル、正気を保て! 離脱・・する・・・隙を探す・・し・・か・・えよ」

「何? なんて言ってんだ?」

背中合わせのトロティが声をかけてくるが、よく聞き取れない。


似ている、いや同じだ。傭兵団が壊滅したあの時と。


重い。

腹に剣が突き刺さる感触がある。


暗い。

意識が薄れていく。


闇に突き刺さる剣の音が響く。


身動きが取れないなかで、何もできないまま闇にのまれていく。


(これじゃあ、あの時と同じ、同じじゃねえか・・・、誰一人守れないまま・・・)


闇にのまれていく。

さらに繰り返し衝撃を感じる、・・・また刺されたのか。


―――このままでいいのか?


誰かが呼ぶ声がする。

これは? あの少年時代の俺の声か。

違う。


―――弱きもの


闇のなか、ちかづいてくる存在を感じる。

誰だ、お前は。


―――弱きもの、その存在を人間という


声がはっきりと聞こえる。


―――人間、我が剣を天にかかげよ、ルシィ・クァウエルの、忌々いまいましい堕天使あくまの意志を打ち砕くのだ


闇の中で輝く人型のものが見えた。

光は増してゆく。


堕天使あくま

打ち砕く?

さっきから、お前は誰だ、何の権限で俺に命令する。

いつの時代も、神も悪魔も勝手なものだ。


いや、人間もそうなのだが。


無数の、黒い羽根が降ってきた。

それに混じるように、白い羽根も。


周囲が、真っ白い光に包まれてゆく。

何も見えない。


腕が体が、勝手に動いた。

天へ、聖剣『ル・ソレイル』をかざしていた。


意識をしっかりと保て。

俺は、もう誰も死なせはしないんだ。





ここからトロティに変化している<マシロ・レグナードの視点>で戦場が語られる。


血みどろの白兵戦と化した、ゲルニカ大聖堂前。

視界の先では、私に化けているトロティがミハエルと背中合わせになり、死霊兵を引きつけるように戦っている。


聖堂騎士団も第二騎士団も壊滅にちかい。

総勢二百名ちかくいた騎士たちも五十名ほどになり、不死の死霊兵と化した第一騎士団の百名に追い込まれている。


味方に治癒の光を下ろす時間も、神聖祈祷により不死を払う結界をはる時間もなかった。


すべてが間に合わない。


馬から引きずり降ろされ、地面の衝撃を全身に受ける。転がり地を這い、突きつけられてくる剣をかわしてゆく。

立ち上がり、剣を振るう。ふるい続ける。配下の死体を踏み越えながら、囲みこんでくる敵をかわしてゆく。


瘴気と血の匂いが渦巻く。

息が切れてくる。紫色の空が見えた。剣を振るう。敵の体当たりを食らう。地面の石畳が目の前に近づく。立ち上がり剣を振るう。剣を振るう、剣を振るう。

何も見えなくなってくる。


光。

私は光の中にいる。

ふたたび視界に、ミハエルと共に戦う自分の姿が見えた。

その自分マシロの姿はトロティが変化したものなのだが。


戦う二人は美しいものに見えた、讃美歌が聞こえた気もした。

ここは血みどろの戦場であるのに。

ミハエルと共に剣をふるい戦う自分の姿が、スローモーションになる。


何が起こった?


視界の半分が真っ黒になる、地面が頬に触れている。

私は倒れているのだ。

背中から数本の剣で刺され、切られていたことに気づく。

腰を上げようとするが、身体が動かない。

前面からも刺される。


痛みはない、私はまだ戦えるのだ。死ぬわけにはいかない。

私はまだ・・・戦えるのだ。

剣を、振るうのだ。


再び光。

戦場が、王都全体が白い光に包まれてゆく。

死か?

潰れた声帯で叫んだ。

私は、死ぬわけにはいかないのだ。


幻覚か?

白い光が、瘴気を死霊兵をかなたへと消し去ってゆく。


幻聴?

教会の鐘が打ち鳴らされる音がきこえる。


視界のすみに、上空、天より舞い降りる者の姿が見える。

地上にひとり剣をつきあげ立つはミハエル・サンブレイド。


(ミハエル・・・)


殺伐とした狂気に満ちた気持ちが、穏やかな静謐せいひつなものになってゆく。


ミハエルの剣が指す天上のかなた、私の目には天使長ミクゥア・ファーエルと背後に従う七百七十七騎の天使の軍勢が見えた。


気づいた時には、自らも光の中に立っていた。

身体が勝手に動き、私は腕を胸の前で組み、荘厳な祈りを捧げていた。


更に世界は光り輝いてゆく。




心地よい風が吹いている。

空が高い。

気が付いた時には、俺(ミハエル)はマシロの膝枕で寝ていた。

トロティが、サンヤが、他にもたくさんの騎士団の配下が、俺を覗き込んでいる。


「気が付きましたね」

「お・・・マシロか。ついに、お前も死んだのか」

マシロはくすくすと笑う、やはり天使のような笑顔だ。


「それともマシロにそっくりな天使か? いやあ地獄行きじゃなくて良かったよ」

この雰囲気はおそらく天国だろうと思える、どう考えても地獄ではない。


「何、馬鹿なことを言っているのですか・・・ミハエル、貴方は王国を救ったのですよ」

「はあぁ?」

何言っているのか意味が分からない。


「しっかりしてください師団長。ここはグランデリア王国の王都、大聖堂前の広場です」

サンヤがニコニコと笑い、俺に言う。


マシロとトロティも入れ替わりを止め、元の姿に戻っているようだ。

空の色も鮮やかな青色に戻っており『邪眼水晶核』の気配はない。


「ミハエル、今日の功績に免じて今だけマシロのひざ枕状態を許してやろう(怒)」

「ははは、秘書官殿も無事だったか、良かったよ」


(・・・なぜか、トロティ秘書官から怒りの圧を感じるぞ)



トロティ秘書官の説明によると、血みどろの戦いの中、とつぜん俺が発狂状態に陥ったらしい。

そこから、いわゆる『奇跡』が起こったという。


血みどろの戦乱の場で、剣を天高くかかげた俺に雷が落ちたという。


ちなみにそのかかげられた剣は、ホークウィンド家の伝家の聖剣『ル・ソレイル』だと。

であるから、今回の王国を救った奇跡には実家ホークウインド家も貢献しているとトロティ秘書官は言う。


そこから俺は、誰もが意味を理解出来ぬ古代の言語を口走ると、剣を縦と横の十字に薙ぎはらった。

縦に振った剣の光は『邪眼水晶核』を捉え、強烈な爆音と共に地平のかなたへ弾き飛ばした。

そして横に振った剣風は、すべての死霊兵をとらえ邪気を吹き飛ばし地に倒したという。


さらに、マシロ(本物)に近づくと古代言語を語り掛け、彼女の胸を指先で触れるとそのまま気を失ったらしい。


奇跡はそこで終わらず、今度はマシロに神がおりた状態となった。その姿はまさに聖女の覚醒だったらしい。


ミハエルに続き、誰も聞いたことのない美しくも神聖な祈りを捧げると、その場に居合わせた全ての人間が光の粒子に包まれた。軽傷の者は全快し、重症を負ったものは、傷の程度が浅くなった。

そして本当の奇跡はここからだった。


傷付き倒れた死者は蘇生し、第一騎士団の者達も死霊兵から元の人の姿に戻ったという。



信じられないが、目の前の現実を見る限りは本当の話のようだ。


(マシロ、お前の想いが王国を救ったんだ)

 俺は、小さな声でつぶやいた。



立ち上がり、もういちど自前の剣を天高くかかげてみる。

聖剣はとっくにトロティに没収されていたから。


「せいっ! せいっ!」

気合を入れて叫んでみる。

しかし、何も起こらなかった。


「何を、馬鹿なことやってるんですか」

マシロが呆れた顔をする。


「奇跡ってやつは、よほどの条件がそろわないと起こせないのだろう」

トロティ秘書官がぼそりとつぶやく。

俺は恥ずかしくなって、素振りを何回かしてみせた。



「ミハエルさん!」

声がする方をみると、魔法ポーションをリュックに詰め込んだファーブニルが駈けつけて来た。回復し切れていない負傷者も、もう大丈夫だろう。


さて、最後の仕事が残っている。

ネロスを仕留めて、レヴァントを奪回せねば。



◆ ◆


 あと四話で最終回です。

 ここまで読んでいただきありがとうございます。

 気に入っていただけましたら ♡や ☆☆☆で応援していただければとても嬉しいです。


 感想などをいただければ更に嬉しいです。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る