49 堕天使ルシィ・クァウエルの眼球
この世界に伝わる『堕天使ルシィ・クァウエル』の伝承文言を私(ベイガン)は思いだしています。
黎明の子とか明けの明星とか言われているものが堕天使ルシィ・クァウエルのことですね。
この私が解放術式を用い、王都上空に浮かべた超古代兵器『邪眼水晶核』
一説によると、それは神との戦いに敗れ冥府へと追放された堕天使ルシィ・クァウエルの眼球と言われているようですねぇ。冥府とは地獄の事ですよぉ。
その『邪眼水晶核』を反体制軍の最終兵器として利用しようした、ネロス総帥の戦略は見事でしたよ。
発掘された遺跡都市カフカより王都グランデリアに移し、一切の犠牲を出さず手に入れたのですからねぇ。
さらに、宿敵ともいえるマシロ・レグナードを謀略にかけ、その精神をへし折り投獄したのです。
あぁマシロが、心折れて捕らわれるさまは見ものでしたねえ。
ええ、元々私はマシロに雇用されていただけなのですが・・・、いつの間にかぁ、こちらの陣営になっておりました。
唯一の失敗が、王国第二騎士団長ミハエル・サンブレイドを暗殺出来なかった事、これにつきますね、ええ。
その、ミハエルの存在が希望となったのか、マシロは脱獄に成功したらしく。
そこから我々陣営の政治的な後ろ盾となる、グォルゲイ・レグナード大法官を討ち取られる始末ですわ。
当初からネロス総帥はミハエルを恐れていたのですよ、私にはミハエルの怖さなど、よくわからないのですが、ええ、まあ得体のしれない何かは感じますよ。
ただ、ネロス以上に、ミハエルを恐れていたのは、・・・実は『邪眼水晶核』の意志ではないか・・・なんの確証もないが、そう感じるのです。
あの、空に浮かぶ水晶、悪魔のような水晶には、確かに意志があるのです。
怒りと憎悪、人にとりつき精神を破滅へと追いやるような。
ネロスは反体制軍を指揮し、私に『邪眼水晶核』の力の解放を命じましたよ。
開放している力は現在5%ほどのものなんですよ。それでも、この王都の空をみにくい紫色に染め、
そうですねぇ・・・
思えばマシロの父グォルゲイにはじまり、ネロスやレヴァント、そしてマシロですら何年も前から『邪眼水晶核』の意志の力、憎悪の力に操られていたのではないか?
そう思える時があるのですよぉ。
私自身も、水晶核の放つ波動に、心を持っていかれそうになる時があるのですから。
―――我が力を、開放せよ、怒りに身を任せよ
ああ、悪魔のような声が、常時、いつもいつも、いつも聞こえるのですよ。
◇
ゲルニカ大聖堂前にて繰り広げられる、マシロ側との騎兵戦。
副官達と戦況を見つめるネロス。
そして蛇人の魔術師ベイガン。
レヴァントは相変わらず木陰に立膝を突き地面を見つめ、つまらなそうに座っている。
マシロ率いる聖堂騎士団との戦い。そこにミハエル配下の第二騎士団が援護に加わり、優勢にすすめていた戦いが一転、押され始めている。
(『邪眼水晶核』の意志が、レヴァントの身体を乗っ取ったら・・・)
そんなおぞましい事は考えたくない。
ベイガンは考えを吹き飛ばすように、頭を左右に振った。
ネロスが呼んでいる。
彼女に、新たな指示が出されるのだろう。
◇
大聖堂前の騎兵戦が続いている。
俺(トロティが化けているマシロ)は飛んできた矢のようなものを、とっさに剣を振って撃ち落とした。
この体に傷をつけたくない。
何日も騎馬の上で戦っている気がする。時々、意識が遠くなりそうになるのを気迫をもって立て直す。
上空の『邪眼水晶核』が光を放ち、轟音と地響きが伝わってくる。推測するに、王都中の建造物を破壊しているのだろう。
一刻も早く、この戦いに決着をつけたいのだが。
ふたたび『邪眼水晶核』が光を放つ、赤く熱を持った光だった。一瞬、周囲が闇に包まれた。闇が晴れると、瘴気に似た黒いモヤが戦場をつつんでいた。
(な、なんだ? このモヤは)
毒などといった兵器ではないようだ。しかし、息苦しい。肺に深く吸い込むと体を内側から破壊しそうだ。
剣を交えていた敵方の第一騎士団の兵たちが、一斉にうめき声をあげ、動きを止めると次々に馬から落ちてゆく。
どういう事かはわからない。状況がのみこめず、味方の騎士たちも混乱している。
(一体何が起こったというのだ)
腰に手をやる。乱戦のなか伝家の聖剣『ル・ソレイル』が光輝いていた。
◇
ゲルニカ大聖堂前の戦場が、黒い瘴気に包まれているのが見える。いやな予感、さらに背筋には冷たいものが張り付いた感じがある。
「おい馬! お前もっと速度をあげろ!」
俺(ミハエル)は、騎馬を怒鳴りつける。(マシロが変装したままの)トロティ以外は誰もついてこれていない、
「ミハエル、騎馬に無理をさせないでください。何か良くないことが起こっているのは間違いなさそうですが」
トロティ(=マシロ)は、冷静になれという感じで俺に声を張り上げる。
(実の父を手にかけ、更にベイガンの罠で殺されかけたというのに落ち着いてやがる。たいした女だぜ)
それでも、冷静になれない自分がいる。この感じ・・・、これは過去に経験したあの時の『傭兵団が壊滅した時の感じ』に似ているのだ。
(なっ、なんだ、あれは!)
角をまがり、ゲルニカ大聖堂前の光景を目にしたとき、事態を理解出来なかった。騎馬が脚を止めてしまう。 トロティは言葉を失っているのか、何も言えずに騎馬ごと立ちすくんでいる。
配下の第二騎士団と聖堂騎士団が、死霊兵(=鎧を着た死体の兵、暗黒の力で強化されている)に壊滅寸前までに追い込まれている。
「これは、死霊兵・・・だ、存在は知識として知ってはいるが、まさか・・・なぜここに」
トロティがぼそりとつぶやく。
訳の分からないまま、敵味方いりみだれる中へ踏み込んでいった。
死霊兵は危険度ランクでA~Bに相当する。その死霊兵が百騎ちかくいる。
いったん引かないと駄目だ。そのために敵を切り崩す必要がある。
掴みかかって来る敵を、蹴り飛ばし、胸に剣を刺す。
しかし、胸を貫かれても、死霊兵は痛みを感じることなく立ち上がり再び襲いかかって来る。
「サンヤ! ルカ! どこにいるっ!」
力の限り叫び配下の名を呼んだ。背中を流れる冷たい汗を感じながら、黒いモヤのなかで副官達の姿を探しつづけた。
乾いた風が、さらに体を冷やしていく。
ドス黒い紫色の空、天から指す光がみえる。
地に立ち、血まみれの姿で剣をふるう美しい女性の姿が目に留まる。マシロの姿に化けているトロティだった。
「トロティ秘書官、無事だったか」
「この姿のまま、死ねるかよ」
敵の攻撃をさばき続けているので顔を見ることが出来ない。
(マシロに化けている)トロティと背中合わせで剣をかまえ、迫って来る死霊兵をはじき返し続ける。
「おいっトロティ秘書官、何なんだよ、この死霊兵たちは!」
「ネロス配下の第一騎士団が化けやがったんだ、『邪眼水晶核』の働きかもしれん。もしくは、元から第一騎士団は死霊兵だったのかもしれない、とにかくわからん!」
腰にしがみついてくる死霊兵を蹴り飛ばし、斬りつけてくる剣をかわす。横なぎに斬りつけてくる攻撃をもろに剣で受けると、折れてしまった。
「トロティ、剣を借りるぞ!」
予備の剣は背中にあったが、トロティの腰にあった剣を強引に借りる。剣が呼んでいる気がしたのだ。
「おいおいっミハエル、それは家伝の聖剣だ、折らないでくれよっ」
その言葉が耳に入ると同時に目の前の聖堂騎士団員が一人、剣で胸を突き通される。
顔に鮮血がかかる。
(くそっ、もう撤退すらも出来ないぞ、このまま全滅か。いや、勝機をさがせ・・・)
冷静さを保とうとしたとき、視線の先、十歩ほど先に天を仰いで横たわるサンヤの姿を確認した。
誰かをかばったのだろうか、胴体には四本の剣が突き立っている。
「おい、サンヤッ、サンヤッ」
絶叫した。
襲いかかって来る死霊兵と瘴気で、サンヤに近づくことも出来ない。
◆ ◆ ◆
あと五話で最終回です。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
今回のエピソードを気に入っていただけましたら ♡や ☆☆☆で応援していただければとても嬉しいです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます